アジアカップ出場

アジアカップの初戦はトルクメニスタンという国との一戦になる。正直、名前も聞いたことのないような国で、サッカーが強いという噂も聞かない。日本ならば、楽勝だろうと誰もが思った。


相手が5-4-1と守備的なフォーメーションを取る中、日本は4-5-1のフォーメーションで臨んだ。が、そのスターティングイレブンに秀徹は含まれておらず、上島、堂山をサイドに置き、中央には大隅と北野というオーストリアのリーグに所属する選手を置いている。

北野はいい選手だが、秀徹に勝るほどではない。今回の秀徹が外れた理由はコンディション調整という理由らしいが、彼が底なしのスタミナを持っているのは周知の事実だ。プレミアの第20節の前に一週間半以上オフがあったのも考慮すれば、それがベンチに座らなければいけない正当な理由とは思えない。


(さてはコイツは俺じゃなくて自分の指揮力で勝たせようとか思ってやがるな…。)


これを知らされた時、秀徹はそう睨んだ。彼無しで戦うのはリスキーだが、もしそれが成功すれば自身の評価は高まる。そんな煩悩に満ちたことを考えているのだろう。



キックオフし、ボールを持った日本から攻撃を開始した。ちなみに、久木もスタメン入りしておらず、両サイドに残念なドリブラーしかいない。

確かに上島のドリブルは上手いのだが縦よりも、逃げる手段として横へもドリブルしてしまう。横へ横へとドリブルしていけば味方のポジションを奪うことになるし、進めない。

大隅や北野らは中央突破を指示されているので、上島がドリブルで中央へ寄せてきてもサイドへ走り込むことも出来ない。戦術が一切噛み合わないカオスなサッカーとなった。



5バックを相手に中央突破をしようと試みるのは非常に難しい。相手は2CMFと3CBが中央で待機している。この5人を中央へと寄せてくる大隅、北野、上島で突破するのは困難なことだ。こういう時は、省スペースで動き回りながら攻撃するのが有効打となるのだが、上島の球離れが悪すぎてそれも出来ない。

シュートはおろか、ペナルティエリアまで侵入出来ないような展開に、スタジアムからもブーイングが飛ぶ。その他の試合の平均観客数が5000人程度なのに対して、秀徹がいて人気な日本が対戦するこの試合は2万人以上が見に来ている。彼らもそれなりの期待を持って見に来たのに秀徹も出ないし、こんなサッカーを見させられるし…。ガッカリなのだろう。


ちなみに、トルクメニスタンの攻撃というのもこれまた酷く、攻撃に割ける人数が少なく、まともな攻撃にならない。なので、どちらも何の見せ場も作れない泥仕合が延々と続いた。


後半に0-0で突入した日本は選手交代枠を使わぬまま、試合を進めた。もう一つ、森谷監督の残念なところを言うなれば、選手交代に踏み切るのが遅すぎる。これでは選手交代する意味がないだろうという残り時間にやっと選手交代枠を使い切るなんて、日常茶飯事だ。

結局この日もこんなに悪い状況だったのに、後半19分まで指示すら飛ばさなかった。後半19分になる頃、秀徹にアップするよう要求した。


「え、はい?」


秀徹は困惑する。彼の欠場理由はコンディション不良。なのに出場するのであれば、やはり確実に秀徹なしで勝ってみたい的な下らない思いがあったに違いない。


(なんという愚かな監督だよ…。)


秀徹は心の中で悪態をつきながら、共にアップするようにと言われた久木とボールを触った。

後半22分、満を持して秀徹と久木がそれぞれ左と右のサイドに配置され、試合は一気に動いた。


ここまでやはり日本は0得点。支配率は65%を超えているというのに、これはありえない。ただちに秀徹は選手たちに自身の作戦を伝えた。


この5バックという相手の厄介な布陣を打倒するには、いくつかの方法があるわけだが、まずは横のつながりを意識して攻め込むことが重要だ。下手に中央突破だけを求めるのは敵の思うつぼである。

先程言ったように中央には5人がおり、CBだけでも3人いる。そこを抜けるのは困難なので、中央で敵を引きつけつつ、横に枚数をかけて横から中央への攻撃や、中央から3CBと2SBの間を狙うプレーが欠かせない。


中央を狙うなら省スペースでプレーをと言ったが、中央を狙うわけではないなら広くスペースを使った方がいい。秀徹と久木はそれぞれ両サイドへワイドに展開し、ボールを持った。

秀徹は久木のボールタッチや視野の広さに驚かされた。彼はファーストタッチで、相手に迫られながらも股を抜いて右サイドを疾走。そう足は速くないが、タッチは繊細で素晴らしい。

ペナルティエリアまで差し掛かると、カットインを狙う。相手にはまずシザースをして抜くための糸口を探す。


トルクメニスタンの選手たちはテクニックなどはあまり高くないし、強い選手とあまり対戦することもないからか、状況判断も遅い。だが、何をすべきかきちんと的確に理解しており、ここでは久木を中へ切り込ませてはならないと把握している。

なので、久木が彼らから見て右へと行くのにはしっかり警戒しており、なかなか久木も仕掛けられない。


そこで久木はエラシコを繰り出す。エラシコはかける足側に行くと見せかけて違う方向に行きたい時に大変有効であり、今使うにはうってつけである。相手も右に行かせてはならないという思いが強すぎて、エラシコをした時にすぐに重心を動かし、さらに足まで出してしまった。

あとは冷静な久木に縦への突破を許し、久木は大隅へと右足でのクロス。その速い展開に相手ディフェンスもついていけず、大隅はフリーの状態でヘディングシュート。1点がまたたく間に決まった。



トルクメニスタンは、戦力差のある日本を相手にここまで良く戦い抜いた。逆に、日本は戦力差があるのにここまで一切点が入る予感すらしなかった。本当にひどいものだ。


キックオフしてトルクメニスタンボールで試合は再開。トルクメニスタンは全力で日本から1点を掠め取ろうと必死だ。

日本もキャプテンだった長谷川が抜けて、中盤でのディフェンスの安定感はかなり落ちたが、CBには今までよりも強力な冨岡が君臨している。トルクメニスタンもいいところまでは持ち込めたが、彼によって阻まれた。


さて、5バックはいくつか打開策があると言った。一つは先程言ったとおりだ。では、他はというと、個の力で無理やりこじ開けるという方法もある。

5バックはディフェンスが密集する。一見するとかなり突破しにくいが、人というのは集団で何かをする時には一人一人の責任感が軽薄になりがちだ。さらに、群れると一人一人は動きづらくなる。

1vs1でオフェンスとディフェンスが対峙したときには、ディフェンスは抜かれた時に自分の責任となるので、責任感が高まり、個としての守備力は向上する。逆に密集したとき、スペースは狭くなるものの、上手く掻い潜れば簡単に突破できる。


冨岡から秀徹へとボールが渡ると、相手は一斉に身構える。アジア最強の男が動き出すのだ。

相手は当然ながら警戒する。秀徹は左サイドから切り込んでいった。秀徹は細かいタッチで相手を出し抜いていく。彼は相手がドリブルされたくないと思っている方向を見抜き、瞬時にその方向へドリブルできる。

トルクメニスタンの選手ではほぼ相手にならなかった。


秀徹は4人を簡単に抜き去って、対角を狙ったカーブシュートを放った。キーパーはこれに反応しきれずゴール。

森谷がやむなく投入した二人が結果を残すことになってしまった。



森谷はこの結果を自身で擁護しようとしたものの、流石に無理筋だ。彼の指揮で勝てたのではなく、秀徹と久木が優れた戦術眼を持っていたから勝てたのだ。とにかく、中々前途多難なアジアカップの開幕戦になった。



ウズベキスタン、オマーンにはそれぞれ3-0、2-1で勝利。日本は当然ながら決勝トーナメントに進出した。

森谷もあの一戦で懲りたのか、秀徹は確実にスタメンに入れるようになったし、久木もちょくちょく出場させるようになった。が、相変わらず無戦術かつ上島や堂山に動きの改善を求めるわけでもなく、彼らを起用しなくなるわけでもない。

秀徹にはいまいち何を考えているのかよくわからなかった。上島や堂山はあまり守備をしない。ウイング起用ならまだしも、サイドMF起用なので、彼らが守備をすることも考慮してフォーメーションを組んでいる。つまり、しないとどこかでチームとしてのミスが起こりかねないということだ。


そうすると、秀徹がわざわざ馬鹿なボールの取られ方をしてトボトボと呑気に歩いている上島を横目に、ボールを取りに行かねばならなくなる。それで彼は「しめた、中央が空いたぞ!」とばかりに中央でイキってドリブルし始めるのだ。本当に厄介である。


今年のアジアカップはカタールが異常に強い。バルサシティのレジェンドであるカタールでプレーしているCMFのティビがカタールの優勝を予言したほどだ。秀徹も中東特有のサッカーに悩まされるかもしれない。


(気を引き締めないと…。)


意外にも長そうなアジア王者への道。秀徹はため息を毎試合吐いていた。



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

市場価値:2億6000万€

今シーズンの成績:27試合、32ゴール、6アシスト

総合成績:133試合、112ゴール、49アシスト

代表成績:16試合、13ゴール、5アシスト

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