ワールドカップ前哨戦

クラブマドリードによる前人未到のチャンピオンズリーグ三連覇。そのとんでもない記録に世間は興奮したものだが、その興奮が覚めやらぬまま、4年に1度のサッカーの祭典、ワールドカップの時期に突入した。


各国では、サッカーファンたちがここまで4年間の準備を経て完成した自国のチームが結果を残すのを今か今かと楽しみにしている。そんな中、素直に楽しみにするなどと言えない国が1ヶ国だけあった。それは日本だ。

国民にとっては急な発表ではあった。以前から選手と監督の仲が悪いことは噂になっていたが、それで監督が解任されることになるとは全く思っていなかった。

驚いたし、誰が監督になるのかが気になった。結局監督になったのは技術委員長を務めていた西田監督。協会の会長曰く、


「勝つ可能性を1%でも上げたいから」


だそうだ。内部の関係の悪さやいかに戦術がハマらなかったかを懇切丁寧に説明すれば、あるいは実際に体験していれば、国民も納得しただろうが、これではあまり納得できない。

ヘイルはヘイルで全く問題がなかったのに、どうしてなのだろうかと言って憚らない。挙げ句の果てに協会の裏のスポンサーの存在を指摘して、


「金とビジネスによってひっくり返った。」


などと取材に対して答えていた。ムカついて秀徹はSNS上に、


「彼と選手の間には明らかな溝が作り出されており、戦術も全く日本に合っていなかった。理由はそれでしかない。」


と書き込んでやったが、結果はもう覆らない。こうして西田が監督に就任した。


前向きに捉えれば、心機一転して一からチームを作り直せるチャンスだとも言えるが、悪く捉えれば、4年間のチーム構想を全てぶち壊したことになる。

ワールドカップは6月14日から始まる。そして現在は6月1日。あと二週間しかない。ここから二試合の最終調整試合の後にワールドカップがあるわけだが、日本にとっては最初で最後の調整となる。1試合1試合でより集中せねばならない。



代表には、いわゆるヘイルチルドレンと呼ばれるようなヘイルが気に入った選手たちは積極的に使わず、経験値のある選手たちを多く起用した。代表から外れることもあった本多や香取、大隅や酒田なども主力として良い背番号を渡されている。秀徹は11番。ストライカーである。

西田から告げられたチームの方針は縦に速いサッカーから一転したポゼッションサッカーであった。


「正直、今から新たなサッカーを作り出すことは時間がなさ過ぎて出来ない。だから、日本らしいサッカーをしよう。ここの君たちの働きに全てがかかっているよ。」



サッカーは概ね、選手個々の力の足し算×戦術の強度の数値が勝敗を分ける。ヘイルがやっていたら、本多のような強い選手だろうと粛清していただろうから、個々の力も戦術もだめだった。

西田には戦術を詰めるほど時間はないが、適切な選手を選んで使う技術は備わっている。


日本から出てきた秀徹という圧倒的な戦力は、日本を強化するとともに、国民からの過度な期待を呼び寄せることになった。サッカーを普通に見ている一般的な人は、サッカーは所詮、強い選手を集めれば勝てるものだと思っている。

今の監督交代という危機的な状況をあまり正確に認識していない。だからこそ変に盛り上がってプレッシャーをかけることになる。とは言っても選手たちも「期待しないでくれ」と言うことも出来ないし…。期待と現実がどんどん乖離していく中で徐々に選手たちは追い込まれていった。



最終調整の相手として選ばれたのはオーストラリアとコートジボワールである。というのも、日本がワールドカップのグループステージで戦う相手は、コロンビア、セネガル、ポーランドだ。

コロンビアはさておき、セネガルはコートジボワールと似ているからコートジボワールが選ばれ、ポーランドとオーストラリアは似てはいないが大柄な選手が多いということでお手軽なオーストラリアが選ばれた。

どちらもワールドカップ予選で敗退した国であり、勝たねばならない相手だ。



6月5日に、まずオーストラリア戦が行われる。オーストラリアのFWのクローズと秀徹は久々の対面となる。クローズも、まさかこの2年で秀徹がこんな大物になるとは想像していなかったから、チャンピオンズリーグを見た時も実感があまり沸かなかった。だが、彼がいずれスーパースターになるのは確かだと感じていたクローズだ。驚きはしなかった。


日本はオーストラリアに4-3-3の一般的なタイプのフォーメーションで臨む。秀徹は右サイドのウイングを担当する。人材不足故の抜擢である。

本多はOMFに、香取はLWGにそれぞれ入り、試合に臨む。だが、試合内容は芳しくなかった。


ポゼッションサッカーをするならば、当然ながらパスを通すMFがいなくてはならない。だが、秀徹と本多だけはお互い同じチームにいたのもあって息があったプレーをしていたが、他はあまり連携しきれなかった。

というのも、秀徹はレッズでの経験から、さっさとボールを持ってスピードある攻撃をしてしまう。これは癖だ。本多も前を向いて、ドリブルやスルーパスなどを入れたがる。

本来ならば歓迎すべきプレーかも知れないが、他の選手が全くついていけていない。特に秀徹のプレーはテキパキし過ぎている。しかし、CMFの柴田が主導するポゼッションは遅すぎて攻撃に全く繋がらない。

後ろに逃げることも想定してボールを持つから、いざ敵が来るとすぐにバックパスをするので前へと進まないのだ。確かにバックパスは安全だが、バックパスを1回すればそれ以前の2〜3回のパスが無駄になる。奪取されるよりマシと言う人もいるが、何の考えもなくバックパスするぐらいならば、リスクを覚悟の上でアクションを起こした方が賢明だ。



前半21分に、日本の苦手なセットプレーからオーストラリアに先制されるも、28分に秀徹が意地のドリブルで三人を右サイドから抜き切ってミドルシュート。同点にさせた。

だが、その後それ以上得点は決まらず、結果は1-1。ワールドカップに行くチームに相応しい結果とは言えなかった。


次戦のコートジボワール戦も日本代表は苦戦を強いられた。セネガル戦を想定しての試合で、特にアフリカ特有のフィジカルに物を言わせるようなスピードに慣れることが目標だった。

秀徹は普段からこういった選手たちとやっているし、何より秀徹の方が大抵の選手よりも速いので良いのだが、特に日本のDFは慣れていない。国内組は余計に。


慣れていない相手に戸惑い、日本は2失点を喫した。そこまでは良くないことになるが、一応収穫もあった。

この試合は秀徹は色々な選手を相手に戦っているし、テストマッチも多くは要らないだろうということで途中出場となった。ちなみに出場しないとやたら批判を浴びるので、出場はマストである。

途中出場の際、秀徹はOMFに入り、左に香取、右に本多、中央に大隅という体制が築かれた。

このフォーメーションがレッズでの左右に上手いカットイン出来る選手がいて、秀徹が中央に入っている状態とよく似ている。無論、日本代表の二人はマニャやサリーほど速くないし、突破力も違うが、攻撃の際に擬似的に同じような連携を生みだすことは可能だ。CFの大隅もフェルノーネ同様にポストプレーが出来る。


本多も香取もサイドをガツガツ突破しに行くような選手ではないため、攻撃パターンはレッズの時に比べて少なくはなるが、中央に寄って攻撃するならば、彼らが元々OMFなのもあってレッズの時よりも強いかも知れない。


「これだ!この布陣で行こう!」


西田は彼らによって1点目が入れられると、咄嗟に近くに居たコーチたちにそう伝えた。

この布陣にはまだ良いところがある。秀徹がOMFに入ることで、CMFの柴田のパスターゲットに直接なれるので非常にポゼッションが安定する。秀徹は滅多なことがなければバックパスはしないし、ボールキープ力や推進力も高い。

また、この日本代表の最大の強みである秀徹がウイングをやるよりも自由に動ける。というのも、大隅は先述のようにポストプレーヤーであり、秀徹のサポート役が出来る。もちろん、ウイングの時でも出来るのだが、OMFのポジションはより大隅に近く、パスを渡しやすいのだ。


後半18分に秀徹が出場してから、チームの動きは目に見えて良くなり、2ゴールを最終的にチームで決めきり、何とか2-2の引き分けへと持ち込んだ。



オーストラリア戦もコートジボワール戦も、ワールドカップに出場して活躍できるチームのクオリティとはとても言えないものだった。ただ、糸口は掴めた。あとは残り少ない練習でそれを形にして挑むだけだ。

蒼き侍の挑戦が今始まる。



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

市場価値:2億1000万€

今シーズンの成績:43試合、35ゴール、20アシスト

総合成績:106試合、80ゴール、43アシスト

代表成績:8試合、6ゴール、2アシスト

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