チャンピオンズリーグ決勝戦 vsクラブマドリード

プレミア・リーグでは順調にあの後も勝利を重ね、リヴァプールレッズは前半の中盤でやや崩れたものの、持ち直して最終的に2位フィニッシュを果たした。当然ながらチャンピオンズリーグの出場権を獲得し、順位的にはマンチェスターブルーズの後塵を拝したものの、来年に期待できるような結果となった。


得点ランキングではサリーが32得点という記録を残して1位に輝いた。これまでのプレミア・リーグにおけるシーズン最高得点はクリストファー・ローガンが記録した31得点であり、10年ぶりに記録が更新されることになった。


「サリーやったな!」


仲の良い秀徹やマニャ、フェルノーネが祝う。


「ありがとう…。俺、お前たちが連携してくれなかったら絶対獲れなかったと思う。ほんとにありがとう。」


彼はそれに感極まって泣いてしまっていた。


「まだチャンピオンズリーグがあるから泣くならその後だぞ!」


秀徹はそうやって宥めるが、サリーはそれでも泣き続ける。彼なりに母国からの期待とプレッシャーに悩んでいたのだ。それにようやく目に見えるような結果を出して応えることができたのは喜ばしい。


秀徹は30試合で23ゴール14アシストを記録。得点ランキングでも3位、アシストランキングでも3位となり、プレミア・リーグ新人選手賞とプレミア・リーグベストイレブンに選出された。

色々あったがかなり充実したシーズンだった。



〜〜〜〜〜



2018年5月26日。チャンピオンズリーグ決勝当日である。

全世界のサッカーファンがこのチャンピオンズリーグ決勝戦を見守る。この試合の視聴者数は2億人を超える。


決戦の地はウクライナのキエフ。中立開催地だ。しかし、このようにスペインやイングランドから遠く離れたこの地にもこの決戦に臨む二つのチームのファンは万を超す大軍で訪れている。

決勝戦に臨むのは絶対王者・クラブマドリードと赤き挑戦者・リヴァプールレッズである。

クラブマドリードはここまで二回連続でこのチャンピオンズリーグを制してきた。32チームが参加するこの大会で二回連続で優勝する確率は単純に考えても900分の1以下の確率。とんでもないことだ。もし三連覇すればそれは前人未到の大記録になる。期待がかかっている。

それでもリヴァプールレッズも負けられない。クラップという名将に率いられたこのチームはCBのデーク、秀徹、サニャ、サリーなどスターを揃えている。レッズ史上最強と名高いメンバーだ。



フォーメーションは両者以下のようなものとなった。


レッズ4-3-3


GK

ロレス:彼のケアレスミスが出るか出ないかが賭けの対象になるほどケアレスミスをよくする。今日も大金が動かされている…かも。ただ、決して悪いGKではない。


CB

デーク:今季の活躍で世界に名を轟かせたCB。レッズの堅い守備を牽引する鉄人。対人守備、カバー、空中戦、ロングフィード。全てワールドクラス。


CB

メティプ:高い身体能力を活かしてデークの相棒として定着。手堅いディフェンスが得意。顔がどことなくアレキサンダーに似ている。


RSB

アレキサンダー:守備面の脆弱性を克服し、得意のクロスでアシストを量産している。今季10アシスト。


LSB

ロバート:スピードと上手さを兼ね備える素晴らしいLSB。若いのにプレーも落ち着いている。アシストやサイドチェンジの才能が抜群。


CMF

ミレナー:賢さと強いフィジカルを活かしたディフェンスが持ち味。スタミナが化物級。アシストも素晴らしい。ショートパスやスルーパスはチーム1上手い。


CMF

ヘンドレーソン:ミレナーを少し攻撃的にしたような選手。二列目から飛び出す。頼れるキャプテンでスタミナが豊富。


OMF

秀徹:チームの新エース。異常なほどのスピードと世界一のテクニックでプレミア・リーグのDFだろうが軽々と抜き去る。チャンスメークもさることながら、決定力も異次元。


RWG

サリー:今季のプレミア・リーグ得点王。32得点という化物級の記録を出した。ただ速いだけでなく、上手くて決定力もある。どんなチームも欲しがるようなFW。


LWG

マニャ:高い戦術理解度から繰り出される前線からの守備や、足の速い選手が多いこのチームの中でも最も速いとされる足の速さを武器に、攻撃を牽引する。


CF

フェルノーネ:いわゆる偽トップの役割を正確にこなせる。ゴールを決めるだけでなく、ポストプレーや囮役を文句一つ言わずに行う献身的な選手。



マドリード4-3-3


GK

ナベス:コスタリカというサッカー弱小国をほぼ彼一人の力でワールドカップベスト8にまで押し上げるという並外れた結果を出したGK。反射神経が他のキーパーとは桁違い。


CB

セルジオ・ランス:ダーティーなプレーが目立つプレイヤーだが、そのディフェンス能力は折り紙付き。この10年で最高のCBであり、スピードやテクニックなど全てを高いレベルで備える。後述するマルセルが空けた広大なエリアをカバーする化物じみた危機管理能力を有する。また、得点能力も高くDFなのに年間2桁ゴールを決めたりする。キャプテン。


CB

バラス:デカくて速いCB。さらに上手い。ランスとは真逆でほぼファウルを取られないプレーを心がけているが、若いながらも実力は高い。CB激戦区のフランス代表でも不動のレギュラーを獲得することからもその実力が窺える。


RSB

カルバル:守備能力の高いRSB。不要なファウルも多いが、守備に定評がある。攻撃面でもオーバーラップからクロスを供給するなどの貢献をしており、今年のチャンピオンズリーグ準々決勝ではローガンのオーバーヘッドをアシストした。


LSB

マルセル:超攻撃的なサイドバック。間違いなく世界のサイドバックの中で最も足元の技術が高い。ドリブルやパスの技術はMFと比べても世界最高峰に入れるほどで、攻撃時はローガンの外側をまるでFWかのように駆けて行く。守備も苦手ではないが、上手いわけではなくたまに諦める。あとアフロでかわいい。


DMF

カゼミル:ランスとともにマルセルが攻撃時に空けた広大なスペースを守る役割を負う中盤の潰し屋。フィジカルが強く、ここ一番で豪快なミドルシュートを放ってチームを救うことも。派手なマドリードのメンバーの中ではカルバルとともに地味め。縁の下の力持ち。


CMF

モドルリッチ:世界最優秀選手の候補にも入る実力派MF。小柄ながらも守備での貢献もあり、相手から様々な形でボールを奪う。ドリブルやパスも巧みで、中盤の支配者となる。


CMF

クロイス:長短のパスを世界最高精度で放てるパスの使い手。どんな場合でも彼にパスを出させれば狙ったところにぴたっと届ける。ドリブルも多彩であり、ミドルシュートも強烈。


RWG

ベレル:超快速ウイング。マドリード史上最高額で移籍し、その能力を存分に活かしている。ドリブル、パス、シュートをハイレベルで行える選手で、ベンズマンとローガンとともにBBCと呼ばれるFWの一角。世界最高レベルのFW。


CF

ベンズマン:元々はドリブラー。足元の技術を活かしてアシストやポストプレーをすることができ、ローガンへのアシストはチーム内最多。自身も多くゴールを決めており、その献身性と高い実力から重宝されている。


LWG

ローガン:世界最強の選手。5度の世界最優秀選手賞を獲得しており、秀徹の憧れ。スピードがあるドリブラーでテクニックに優れ、長身故にフィジカルも強い。また、特筆すべきはその得点能力であり、どんな場面からでも得点に繋げれる。今季もすでに44ゴールを決めている。チャンピオンズリーグでは15得点を決めている今のところの得点王。



〜〜〜〜〜



ドレッシングルームを出て、ローガンと握手をかわして入場の準備をする秀徹。その額にはすでに汗が滲んでいる。

昨日は中々寝られなかった。チャンピオンズリーグの決勝戦は誰にとっても憧れの舞台だ。何しろ世界最高のクラブを決定する場なのだから。

強心臓で知られている秀徹もこればかりは緊張する。絶対にミスが許されない舞台であり、全世界が注目している。


秀徹はこんな緊張感ある場所で二回もプレーしてきたのかと隣に整列するマドリードの選手たちを見てしみじみと思った。大舞台に強い男として知られるローガンは、凛々しい表情を崩さずにいる。


「リラックスするんだぞ。」


サリーは秀徹の背中を軽くさするが、緊張は解けない。それほど重い舞台だ。

テレビを通じて亜美も祈るように見守る。どうか秀徹が活躍できますように、と。彼の母も同様だった。


「リトル本多も見たがってますねぇ!ほなテレビつけましょか!」


本多もメキシコからはしゃぎながら応援している。秀徹に関わってきた全ての人たちがみていた。



数分後、笛が鳴ってゲームは開始した。クラブマドリードボールで試合は始まる。

秀徹はクラブマドリードとの試合は初めてだが、緊張しつつもしっかりとハイプレスをかけていく。マドリードの基本方針は個の力による圧倒的なサッカーをすることだ。

監督のジドンはこれという戦術を決めずに、選手に自由にサッカーさせている。言い換えれば、監督が細かく決めずとも勝手にサッカーを構築できるような選手ばかりが集まっているということだ。


秀徹もボールを取りに行くが、やはりボールさばきがプレミア・リーグのビッグ6と比べても圧倒的に上手い。前線にいるFWの3人やCMFの2人からハイプレスでボールを奪うことは無理そうだ。


だが、DFによるパスカットからボールを奪ったレッズはここからペースを掴んでいった。まずは秀徹にボールを渡し、サリーへと繋ぐとサリーはマルセルを豪快なドリブルで抜き去り、ゴールへと向かっていく。

秀徹も中で待っていたが、ペナルティエリア内でランスに刈り取られてしまった。でもチャンスはまだまだ続く。


前半5分、マニャのパスを受けたフェルノーネがもう一度サニャにボールを返し、そこにカルバルがディフェンスしにやって来る。マニャは裏からオーバーラップしてきたロバートにスルーパスを送って外からの攻撃を進めた。

相手はクロスに強いCBを揃えているため、簡単にはそこをこじ開けられそうにないが、様々な形でチャンスを創出できているのは良いことだ。


この試合では秀徹から一列降りたフェルノーネを経由してマニャやサリーに渡し、中で二人のうちのサイド攻撃をしていない方か飛び出してきた秀徹がラストパスを受けてシュートするというパターンが非常によく機能した。

オフサイドで取り消しになったものの、秀徹が飛び出してサリーからのスルーパスを受け取った場面は完璧な出だしだった。相手のCBの二人も彼の飛び出しの技術には度肝を抜かれていた。



しかしながら、前半25分に悲劇が起こる。浮き玉に反応したランスとサリーが接触プレーを起こすが、それで二人で倒れた際にサリーの腕をランスが脇で挟み込む形となってしまい、サリーは肩を傷めることとなった。


「サリー!大丈夫か!」


秀徹たちもサリーに駆け寄るが、サリーの肩は明らかに外れてしまっていた。サリーは無理をして立ち上がり、プレーを続行させようとしたが、どう見ても痩せ我慢をしている。

仕方なく主審も試合を再開させたが、サリーは肩を気にして試合に集中できていない。試合再開後わずか3分でサリーは目に涙を溜めながら退場することを選択した。


「あとは頼むぞ、シュウト…。」


サリーは小声で秀徹にささやく。今季40ゴールを決めるチームの大黒柱のサリーはこうしてピッチをさることになった。



サリーの代わりにワイデルダムが投入され、RWGに秀徹、CMFにワイデルダムが入った。しかし、サリーがいなくなったことで状況は急変。防戦一方であったクラブマドリードの攻撃に一気に火がついた。


クラブマドリードはCMFの選手は比較的下がり目で攻撃参加し、FWとサイドバックが攻撃を主導する。今日もLSBのマルセルが得意のドリブルで切り込んできた。

対応するのはアレキサンダー。マルセルにとにかく縦へと抜かれないように意識した。

サイドバックの攻撃は縦へと進んでクロスをあげるのが普通だ。中にはベンズマンやローガンといった空中戦に強い選手が集まっているので危険だから気を付けねばならない。アレキサンダーも慎重に構えていた。


マルセルは左足でシザース。アレキサンダーはそれを左へと行こうとしているものだと勘違いして、足を出してしまった。すかさずマルセルは内側へとドリブルしていく。

マルセルはそこからヘンドレーソンをひょいっとかわすと、アレキサンダーがいないサイドに展開したローガンにパスを出す。


ローガンはメティプと対面し、右足で一回シザースすると、すぐに左足で縦へと前進。

メティプも対応しようとするがその速さに及ばず、最後はベンズマンへと左足でクロスが供給され、ベンズマンがシュートを放った。

ただ、幸いにも何とかそれを察知したデークがスライディングしてベンズマンが蹴るのと同時にボールを足に当て、GKのロレスは回転しながら弱々しく飛んできたボールをキャッチするだけで済んだ。


そこまでは良かったのだが、問題は次のプレーだった。ロレスはボールをガッチリとキャッチしてからアンダースローでボールを味方にパスしようとした。

何ということはない普通のプレーなのだが、そこへベンズマンが足を出した。彼も触れたらいいな程度の思いで出したのだろうが、アンダースローした直後にその足にボールは当たってしまい、跳ね返ってボールはゴールの中へ。


「あ、しまった!!」


ロレスがそう叫んで頭を抱えた頃にはもう全て手遅れであった。前を向いて味方に指示を飛ばしていたデークも何事かと思って振り返るとゴールにボールが転がっている。

まさかこの大会でそんなことがあっていいのか、デークの心中にはそんな思いが溢れ、膝から崩れ落ちる。チームの中で誰よりも真剣にゴールを守ってきた彼には衝撃的すぎる出来事だった。



まだ試合の流れで入れられていた1点であったならば、他の受け止め方も出来ただろうし、切り替え方もあっただろう。しかし…、そのような決められ方をすると大幅に士気が落ちる。そこからもマドリードに攻められ続けた。

前半41分、再びマルセルがボールを持ち、ローガンと連携して左サイドを上がっていく。中にはベンズマンと奥にベレル。ベンズマンがニアへと走り込む動きをしたので、デークはそれに釣られてしまい、ベレルの後ろへとマルセルからクロスが入った。

ミティプもそれに合わせて動いたが、ベレルから少し離れたところへと落ちそうだったため、そうキツく取りに行かなかった。が、ベレルは言わずと知れたアクロバティックスターである。


後ろ向きに来たボールをオーバーヘッドして左足で蹴り、ふわっとボールは浮いてゴールへ。ロレスも飛び込むが手が届かず、2点目が決まってしまった。

この大舞台でこのようなゴラッソ (スーパーゴールのこと)を決めるのは容易なことではない。それをやってのけるのがマドリードクオリティである。


前半はそのまま終了。ハーフタイムに突入した。ドレッシングルームでは、クラップ監督による激励が待っていた。


「いいか、まず君たちはレッズの歴史を背負っていると自覚してプレーしろ。過去5回、レッズはチャンピオンズリーグで優勝してきた。君たちもその一員にならねばならないぞ!」


選手たちは改めて気を引き締める。試合開始後と同じように緊張感を帯びた顔つきになっていく。さらにクラップは続けた。


「だが、僕から言いたいのはそれだけではない。そういったものを背負った上で、君たちには思い切り楽しんでほしい。この舞台で戦うことなんて人生でそう何回もあることじゃない。

僕は来年もその次も君たちをここに連れて来るつもりだが、そうならないかもしれないし、そもそも君たちもこのチームからいなくなるかもしれない。だから緊張もすれば良いが、楽しめ!」


ここにいる選手たちの根源にあるものはサッカーが好きだと思う気持ちだ。サッカーが好きだからこそそれを極めて、仕事にしたいと思えるのだ。

秀徹もこの試合ではその気持ちを忘れていた。この緊張感や苦しい試合展開のせいだ。しかし、この場所に相応しいサッカーをするためには、少なくとも苦々しい顔でプレーするのを止めねばならない。


隣にいたマニャと秀徹は笑い合う。ついにレッズの反撃の狼煙が上がった。



後半開始時から秀徹、フェルノーネ、マニャは積極的に攻撃を仕掛けた。お互いにポジションを入れ替え、出せる力の全てを出してマドリードからまず1点を奪うために動いた。


後半8分、フェルノーネがペナルティエリアのすぐそばでゴールに背を向けてパスを受ける。そこへ左へ秀徹が、右へマニャがそれぞれ走り出した。相手もどちらをマークすればいいかわからない。

フェルノーネは右足で軸足裏を通すヒールパスを出し、ボールはマニャへ。ここまでありえないほどのセーブを連発してきたナベスだったが、マニャの冷静なループシュートは止めきれず、レッズはやっとの思いで1点を返した。


「おー!!」


レッズサポーターはレッズらしい三人からの崩しに歓喜の声を上げる。さらにマニャがサリーの土下座パフォーマンスをしたことにも興奮している。


「や、やったわ!!」


何事かと思って部屋に入ってきた家族にも気づかず、亜美もテレビの目の前で狂喜乱舞した。また、クラップ監督もガッツポーズしていた。これでレッズが再び流れを掴むことになる。



秀徹はゲームのリスタート時から果敢に前線からボールを狩りに行った。マドリードの最大の弱点は絶対的な強さから来る慢心である。圧倒的なゲーム運びをしていても、油断して点を取られることがしばしばあるのだ。そして、その油断につけこんで一気に襲いかかれば大量に失点することもある。


秀徹はドリブル突破を仕掛けてきたマルセルからボールを奪い取り、右サイドから中央へと独力でドリブルしていった。


まずボールを秀徹から見て右側から奪い返しに来たマルセルを、左足のドローオープン (ある方向にあるボールを足で自分の元へと引き寄せてから、それと違う方向にインサイドで流す基礎技、ただし意外にプロでも騙される)でかわして内側へと展開してランスと1vs1になる。

秀徹はそこでシュートフェイントをする。秀徹のそれは相手が誰であろうとも騙されるほど完成度が高く、ランスも完全にシュートを打たれると思って身をせり出して膝を少し曲げ、体を捻ってしまう。

しめしめとばかりに秀徹はフェイントの直後にシャペウ。爪先でふわっと浮かせたボールはランスの真上を通過してランスの背後へ。

ランスの体を回り込んだ秀徹がボレーシュートを放ち、シュートは右上隅に突き刺さった。


そのドリブルのキレやスピード、テクニックを見ていたクラブマドリードのペレフ会長は思わずため息をつく。それと同時にこの選手こそマドリードの将来を託すに相応しいのではないかと思った。

チームを9年間引っ張ってきたローガンも今年で33歳。あと数年で彼も第一線で戦うのが難しくなってくるだろう。そこで彼はローガンの後釜を探していた。

プレーにも結果にも華がある選手でなくては、クラブマドリードでエースは担当できない。が、そんな選手は簡単に出てこない。今までもずっと探していたのだ。ベレルもローガンを超える存在として獲得したのに、結果的にローガンが偉大すぎて大差をつけられた二番手に甘んじている。


「あのタカハシとかいう選手をすぐに補強リストに加えろ。彼はうちが必ず引き抜くぞ。何としてもメーシュの後釜にはさせない。」


試合中の出来事であったが、ペレフはそう決めたのだった。



試合が白紙状態に戻された後半10分。マドリードファンからはため息が漏れる。確かに守備が甘かったとランスも素直に受け入れ、もう二度と同じ過ちは犯さないと心に誓う。

ここからはお互いの意地と意地がぶつかり合う白熱の試合展開となった。


ランスは秀徹を危ないと判断し、徹底的に潰しに行った。彼は勝つためならばラフプレーを行うことも、カードを貰うことも躊躇わない。フィジカル的に劣る秀徹にとっては逆境であった。

また、マニャはバラスに徹底的にマークされ、彼の持ち味のスピードや身体能力を活かすことも難しくなる。バラスとランスに加えてカゼミルも二人を見ながらフェルノーネを控えめにマークする。

この三人の連係プレーは世界でも屈指のディフェンス能力を誇る。とても小手先の技術では崩せない。

だからこそ、この戦いでクラップ監督はそれに対して数的有利が保てるフェルノーネ、マニャ、サリー、秀徹による四人攻撃を採用したのだが、戦術は不幸にも実行されぬまま終わった。


逆に攻めのマドリードもいっそう激しさを増していった。積極的にローガンがドリブルを仕掛けていく。途中交代で出たイスクというドリブラーも中央突破を狙う。

そして後半26分、ボールを落ち着かせたローガンがゴールから25mほど離れた位置から、インステップ (足の甲)による強烈なロングシュートを放った。普通ならば右足で打てばシュートは反時計回りの回転をしながら左方向へとカーブする。

しかし、この球は全く回転しない、すなわち無回転のまま右方向へとブレながらゴールへも向かう。球は超高速で迫り、さらに軌道を少しずつ変化させる。いくら25m離れているとはいえ、ゴール前のDFが邪魔になって見えなかったのもあってロレスは一切動けずにローガンのゴールを見送ることになった。


1ゴール目は実に下らないゴールであったが、それ以降は誰が見ても文句なしのゴール。このローガンのシュートも素晴らしいゴールであった。

ローガンはお決まりのゴールセレブレーションとして、思い切りジャンプして半回転し、その最高到達点で手を振り上げて着地とともに振り下ろす“あれ”を行った。スタジアムは今日一番の盛り上がりを見せた。


デークもそれを悔しそうに見つめる。今日入ったどの点も自分では止めようがなかった点だ。悔しい。

だが、秀徹はまだ諦めていなかった。まだ試合は20分残っている。逆転できるし、1点取れば引き分けに持ち込める。

そう思った矢先のこと、後半28分にベレルのロングシュートでロレスがポロリ。勢いの強いボールだったとはいえ、真正面に来たボールを止められないロレスには大ブーイングが飛んだ。


もうだめかもしれない。レッズの選手たちをため息をつく。秀徹はあまりそう思ってないが、味方の顔を見て諦めムードなのに気付く。確かに15分で2点を返すのは難しい。マドリードとしても、あとは逃げ切れば良いのだから守備的な試合の臨み方をするだろう。

ここでクラップの楽しめという言葉を思い出す。あとこの場でやれていないことは秀徹が楽しむということだ。伝統を背負ったつもりでプレーしたし、やれることは全部やった。もういいだろう。

気負うのは止めにしてここから秀徹はこの大舞台で楽しむことを意識した。



そこからのレッズ対マドリードの試合は明らかに何かが吹っ切れた秀徹の独壇場となった。秀徹は何人に囲まれようとも全くボールロストをしない。まるで10年以上前にロドリジーニョという選手がマドリードをもてあそぶようにしてチームを圧勝させた試合のように、秀徹は笑顔を見せながらプレーを続けた。

ある意味伝説的な試合となった。あとの20分の試合のうち彼は3分もボールを持ち続け、5回のドリブル成功と、のべ25人以上をかわすという偉業をチャンピオンズリーグ決勝で行った。

普段はやらないようなへんてこな技も見られたが、それでもほぼ成功させ、最後の力を振り絞るようにしてマニャへの1アシストも達成した。それだけボールを持ち続けても観客はむしろ笑顔でそれを見ていた。

厳しいレッズサポーターもブーイングする気にはなれなかった。見ていて楽しかったし、気負ってらしくないプレーをするレッズを見るのも嫌だったからだ。


最終結果は4-3でレッズの惜敗となった。後半45分に決まっていたゴールがもう少し早く決まっていれば試合はまだわからなかっただろう。



試合後、ユニフォーム交換が行われ、ローガンと秀徹はユニフォームを交換し、彼らの優勝を祝福した。負けても仕方ないほどのクオリティを持ったチームだったし、前人未到の三連覇を達成したのだ。それを見届けれて嬉しい。


「やあ、タカハシ君。ぜひマドリードに来てほしいぐらいの活躍だったよ。」


そう言って声をかけてきたのはジドン監督とペレフ会長だ。最後の方のパフォーマンスを含め、秀徹は今日素晴らしい活躍をしていた。称賛されて当然だろう。

お世辞だと思って、


「ありがとうございます。今度行きますね!」


と冗談っぽく答えたのだが、ペレフ会長に、


「だが、我々は本気でそう思っているよ。前向きな検討を願う。」


と耳元で小声で囁かれた。秀徹にとってその言葉は、耳からこびりついて離れなくなってしまうほど衝撃的だった。



「お疲れ様。よく戦ったね。僕も初めてのチャンピオンズリーグだ。お互い緊張しただろうし、躊躇いもあっただろう。

アクシデントもあったし、その中でよくやったと思う。素晴らしかった。」


クラップは戦後に惜しみない賛辞を選手たちに贈った。シーズン前はリーグでは4位、チャンピオンズリーグではベスト16止まりだろうと予測されていたチームがここまでのし上がったのだ。優勝できずとも祝福されるべきだ。


「来年こそ優勝するぞ!プレミア・リーグ、チャンピオンズリーグの二冠を勝ち取るんだ!再びこの決勝戦に来れるようにいっそう努力しよう!」


キャプテンのヘンドレーソンはそう言って立ち上がる。だが秀徹はそれに上手く反応できずにいた。あの言葉が耳で何度も反復されるからだ。



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

市場価値:2億1000万€

今シーズンの成績:43試合、35ゴール、20アシスト

総合成績:106試合、80ゴール、43アシスト

代表成績:6試合、4ゴール、1アシスト

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