vsクラブミラノ

セリエA第1節、世界屈指の観客収容数を誇るミランの本拠地・ヨンシーロは満員御礼である。ミランにとってホーム戦となる初戦は、クラブミラノである。クラブミラノはミランとミラノダービーと呼ばれる熱いダービーマッチをこれまでも繰り広げており、お互いに古豪である。

今年の彼らのチームで警戒すべきなのは、キーパーのカンダノビッチ、CBのミランド、MFのジョアノ・マリアやバレガ、FWのイカレディだろうか。LSB(レフトサイドバック)には長戸という日本代表のDFもいる。日本人対決ということで、日本のテレビなども放映権を取得しているらしい。


ミランのフォーメーションは4-3-3。秀徹はいきなりスターティングメンバーに入り、LWGを担当することになった。


ここで、少しセリエAの勢力図についてざっくり話しておく。

まず最強なのはユヴェ・トリノだ。白と黒のユニフォームがお馴染みのチームで、世界的GKであるブットンはクラブのバンディエラ (長年チームに在籍する象徴的な選手)である。他にもOMFやSTとして活躍し去年はセリエAの得点ランキング2位に立った、2代目メーシュの異名を取る10番のディブラ、CBのキエッティーニなどが強い。守備が特に堅固なチームだ。

そして、それを追うのがナポリFCだ。昔、マラドゥーが活躍したことでも有名なチームだが、最近はメルテレスやインテーネなどのアタッカーを揃え、ユヴェを抜かんとしている。

さらに、ローマFCも忘れてはならない。こちらもバンディエラであるトッチを中心としたチームで、今季はCFのジャコ、RWGのサリー、LWGのシャーレビィ (レンタルの買い取り)などを獲得する積極的な動きを見せた。チームの力も上がっているはずだ。

そして、この三チームをミランやクラブミラノらは追っている状況になる。

特にやはりユヴェは抜きん出て強く、2011年度からセリエAを連覇し続けている。ここらで何とか止めたいものだが、シーズンを通してユヴェは強い。あれだけコンディションを保ちながらシーズンを戦い切るのもまた世界的強豪ならではである。

ミランのシーズンの目標はCL出場権獲得圏内である3位以内だ。つまりこのユヴェ、ローマ、ナポリの内の一つは蹴落とさねばならない。そんなことを念頭に、秀徹に課せられた今シーズンの目標はリーグで18ゴール決めることだ。適応の難しいセリエAで初年度の十代の選手がそれを達成するのははっきり言って困難なことだ。



さて、シーズン初戦がキックオフする。クラブミラノは3-6-1の3バックで試合に臨んでいる。今季に中盤の補強を押し進めたので、その中盤力を存分に使う狙いがある布陣に見える。ちなみにこの3バックというのは、一見すると守備が手薄になっているように見えるが、実質的にはMFに入る2のサイドハーフがウイングバックという形でサイドバックのような働きをするので、実のところ4バックよりも守備的である。

今日は左のサイドハーフに長戸が入り、中盤にはマリアやバレガが入っている。1トップは空中戦に強いイカレディが務める。


立ち上がり、まずはミランのペースになる。今までOMFを置き続けてきたが、それをあえて置かないこの布陣ではサイド攻撃をし、行き詰まっても中盤に戻してタメを作り、再びスペースが出来たらサイドにボールを入れるというようなサイクル戦を展開できる。

これによってよりサイドから有効なサイドアタックが行える。

さらに、左サイドでは秀徹が大暴れしていた。シザースなどを有効活用したドリブルは効果的であり、また相手のチームでサイドに常時いるのはサイドハーフの一人のみであるため、サイドでは好き勝手出来てしまう。これには観客も歓声をあげた。

ただし、逆に中央は守り固められている。一旦はクロスを選択するが、彼の正確なクロスでも相手のCBに弾かれてしまう。クロスを受ける選手はCFのバッキとRWGのサソだけである。バッキは身長が181cmあるものの、決して空中戦に強いと言えるレベルではない。サソはもっと低い。


(…、このサイドアタックをする戦術…、考えは良いんだけど選択肢が限られるな。いくらサイドアタックが成功したって、ゴールがあるのは中央。そこまでどうこじ開けるかが難しい。)


というのが今実際に中央を固められているのを見た彼の意見だ。普通ならクロスを選択して高いCFがバコスコとゴールを決める戦術を取ったりするかもしれないが、ミランにはそんなCFはいない。かと言ってOMFも置かずに中盤の高い位置に出過ぎない3MF制にしているから、高いMFをクロスターゲットにすることも出来ない。となると、自力でこじ開けるしかなくなる。

ただ、いくら秀徹と言えども、3人も4人も敵がいる状態でドリブルしても突破成功率は30%を下回る程度になってしまう。そこからシュートのことを考えると尚更成功率は落ちる。


(難しい…。ほんとに守りが固いもんな。)


次の攻撃チャンスではサソが右サイドでボールを持ったので、秀徹が中央に絞ってOMFのような役割を果たそうとする。そうすれば攻撃の幅も広がるだろう。しかし、サソはボールを一向に寄越さず、カットインにこだわって最終的に下手なシュートを打って攻撃を終わらせることになった。

彼はかなりのエゴイストだ。秀徹はパスが有効と考えれば迷わずパスを選択するし、相手を引きつけたり裏を狙ったりする戦術眼も持ち合わせる。しかし、サソは足元でボールを受けることしか考えていない。まだテクニックがあるだけ良いのだが、中央へとアウトサイドを使ってカットインするか、それでなければ縦へと突破して右足でクロスを上げるかしかしていないお陰で最近は攻撃パターンを読まれつつある。とにかく、得点源としてはあまり期待できなさそうだし、彼との連携もいまいち難しそうだ。


そうとなれば、秀徹は自力でペナルティエリアまで突っ込んでエリア内のバッキなどと連携してゴールを奪うことにし、前半27分、ドリブルを開始した。

相手をスルスルとかわしていくが、二人を抜いたところで相手に足を出されてバランスを崩して倒れ込む。出された足はボールではなく秀徹の足に先にあたっていたため、ファウルの判定になりフリーキックとなった。


本来のフリーキッカーはサソのはずであったが、先程のこともあって秀徹は自分で蹴ろうとした。別にフリーキッカーとして前年度から蹴っているわけではないのだが、父と練習していたため、フリーキックにも自信はあった。しかし、決めごとは決めごとであり、納得できないサソは秀徹に詰め寄る。

が、秀徹は臆することなく彼を突っぱねてフリーキックの準備を始める。これで決定的に彼ら二人の仲は悪くなったが、これも秀徹の闘志の表れと見たファンはますます熱狂する。秀徹は普段は温厚だが、意外にもサッカー中は多少気性が荒くなったり闘志を剥き出しにすることもあるのだ。


ペナルティエリアから5mほどの比較的近い位置からのフリーキック。公式戦初となるが、全く緊張はない。

シュートで秀徹が得意とするのは、威力の高いインステップ (足の甲)による縦回転のドライブシュートと呼ばれるシュートだが、今回はインフロント (足の親指周辺)によるカーブシュートを使ってみる。これが最も安定していてコントロールしやすいからだ。


苦々しい顔をする監督やサソに背を向け、秀徹は笛を合図にボールを柔らかく蹴る。ボールはふわりと弧を描いてゴールへと飛んでいき、キーパーの捉えきれない縁の方へと吸い込まれていく。


「ゴーーール!」


ヨンシーロにゴールという言葉が響く。シュトゥットガルトにいた時のそれとは比べ物にならないほどの歓声と熱気が秀徹のゴールを祝福した。


(これがビッグクラブか…。)


秀徹は納得する。皆がビッグクラブに行きたがる理由はこれだったのかと。

サソもこの完璧なフリーキックに何も言えない。外したならば嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが…。ただ、その嫌味一つ言えない状況が彼をより苛つかせた。


(あの野郎…、二度とボールを渡してやるものか。)


サソは心にそう誓ったのだった。



一点をもぎ取ったのはミランだが、中央を固めてパス回しして相手を崩すという本領を発揮し始めたクラブミラノに、苦戦を強いられることになった。特に新規獲得したバレガによるドリブルとスルーパスは1トップのイカレディを活き活きとさせる。この二人はアルゼンチン人であり、連携も素晴らしい。

ただ、やはり秀徹が気になったのは戦術と人選のミスマッチである。イカレディは本来クロスからのヘディングであったり、裏抜けしてからのワンタッチでのシュートで点を取るようなフォワードだ。ドリブルで持ち込んでシュートするような選手ではない。

だが、クラブミラノは中盤で回す時間は多くともクロスを上げるようなサイドアタックはしておらず、さらにカウンター狙いというわけでもないからイカレディを抜け出させる前に相手にディフェンスを固められてしまう。

ミランもパス回しに圧倒されながらも、攻撃の芽は摘み取っていたためシュートも打たれていない。

敵チームのことなのだから別に良いのだが、最近少し戦術オタクになりかけている秀徹からすると、それは気になることだ。


そこから特に目立った動きのない試合となり、ポゼッション率はクラブミラノが68%を記録するような結果となった。ただ、それだけ持ったにもかかわらず、クラブミラノのシュート本数は6本と、11本のミランのシュート本数にすら劣っており、中盤でパス回しするのは良かったが、そこから一歩踏み出せないような試合展開であった。


逆に強いてミラン側の進展を言うなれば、CMFとして途中出場した本多の動きが中々良かったということだろうか。彼はOMFなどの攻撃的なポジションで主にドリブルやパス、ミドルシュートなどを駆使して戦ういわゆるナンバー10の動きをする選手だが、以前ボランチ (中盤の底の守備的なポジション)を任されていたこともあって守備もできる。

彼はCMFとして、攻守に渡って働けていた。同胞である秀徹との息の合った連携プレーもあり、彼が入ってから、秀徹も確実に攻撃のバリュエーションが増えたと感じていた。



とりあえず、この試合で1ゴールあげられた。妥協点だ。

しかし、内容は良くなかったし、サイドで突破した後どうするかという問いに対する答えはまだ見つからない。彼が思っていたよりセリエAに適応するのは難しそうだった。




高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ→ミランfc(Loan) 

市場価値:5000万€

今シーズンの成績:1試合、1ゴール、0アシスト

総合成績:31試合、21ゴール、13アシスト

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る