vsドルト

7位という屈辱的な結果に終わった昨年の雪辱を果たすかのごとく、首位につけるミュンヘンFCを追撃する今季のドルトFC。この一戦は落とせない。

対してシュトゥットガルトFCとしても前回の通り、ぜひ勝ちたい一戦であった。


ドルトFCはトップ下を置く形の4-3-3 (MFの3を2-1または1-2と配置してOMFのポジションを作る形)を採用し、トップ下には香取が入った。LWGのルイス、CFのオーバンとの連携による崩しは強力だ。

対して、ドルトの強力な守備陣を警戒して、ボールキープやパスに優れる秀徹とクローズを2トップに配置し、サイドハーフにリルナーとルーマニア代表のマキスを採用した。さらにCMF(セントラルミッドフィルダー)には攻撃な選手であるディビィを採用しており、かなり攻撃的な布陣となった。これなら前線でのパス回しも上手く行くだろう。



さて、試合が開始されホームチームであるシュトゥットガルトからのキックオフとなった。ドルトFCの監督のトゥハルは守備陣に対して、シュトゥットガルトがパス回しから崩すだろうと考えて、試合前にこう指示した。


「いいか、パス回しされたら厄介だが、ペナルティエリア内に侵入されなければいいだけの話だ。ペナルティエリア外から決めれるような選手はいないだろうからな。だからある程度泳がせても良い。

ただ、ペナルティエリア内にもし侵入された場合、それがリルナーまたはシュウトだった場合は確実に潰せ。奴らの得点力やドリブルのテクニックは確かだからな。」


そして、この作戦は見事に的中した。いくらパスが回せたとしても、チャンスが作り出せなければ全く意味はない。秀徹は積極的に前を向こうとしているのだが、ペナルティエリアに近づこうとすればするほどマークやパスコースカットが激しくなる。故に味方はそれよりも無難なパスコースを選んでしまい、結果的に何にもならないパス回しが続いている。


(まずい…、皆ビビってこっちにパスを出さない。しかも、パスを回せてるからってディフェンス陣も結構上がってきてる。このままじゃカウンターでピンチを招いてしまう。)


秀徹は試合全体を俯瞰してそう考え、自力でとりあえずセットプレー (スローインやゴールキックやコーナーキックなどのこと)に持っていこうと決める。セットプレーを挟めば味方DFも自陣に戻る時間が確保出来るからだ。これはかなり効果的な作戦で、目のつけどころはクラップの影響もあって非常に良くなっている。


かなり高い位置で張っていた秀徹は一旦下がって足元でボールを受けようとしたのだが、彼にボールが渡るまでに味方がパスコースをついに塞がれ切ってしまって取られてしまう。すると、素早いドルトFCのカウンターが始まった。

まず、ボールを奪った中盤の底 (守備的な位置にいるMF)の選手からコート中央にいた香取にボールが渡り、香取がこのカウンターの舵を取る。香取は生粋のチャンスメーカーだ。グラウンダーパスが得意で、ドリブル突破はあまり上手くないが、相手の隙を突いたりワンタッチで相手をずらしたりかわしたりするのが得意だ。ロング以外ならばシュートも上手い。

そんな彼はここでカウンターを終わらせようと詰めて足を出して来たシュトゥットガルトのDFをワンタッチでかわし、ドリブルを開始する。ドルトのFWの3人はそれぞれ右、中央、左を走っており、守りを意識していたシュトゥットガルトの選手は少なかったが故に十分な人数でそれらをマークしきることができない。

そして、アタッキングサード (コートを三分割したときに攻撃側から見て相手のペナルティエリアなどがある場所)に到達すると、左サイドを走るルイスにボールが渡る。ルイスは“ガラスの天才”と呼ばれる怪我の多いプレイヤーだ。ただ、稼働時のプレーでは他を圧倒しており、ドリブルもパスもシュートも何をやらせても完璧だ。


彼が左サイドでボールを持つと特に警戒したディフェンス陣が二人がかりで止めにかかった。が、それこそが香取が3つパスの選択肢がある中で彼を選んだ理由であった。ドルトの全プレイヤーの内で最も警戒されているのがルイスだ。だから相手も人数をかけて抑えに来ると読んでいたのだ。

ルイスは、香取のその狙いも察知しており敵を引きつけてからもう一度香取に渡す。すると、フィニッシャーであるオーバンに対するマークは手薄になっており、ペナルティエリア内にオーバンが走り込めるスペースが生まれている。香取はそこに絶妙なスルーパスを送り込んだ。

オーバンはサッカー界随一の足の速さでそれを受け取ろうと走り込む。シュトゥットガルトのDFもそれに気付いて何とかしようとはするのだが、オーバンの走りには勝てない。最終的にはボールに追いついたオーバンにそのまま流し込まれ、ゴールがこじ開けられてしまった。



この前半4分に決められたゴールは完全に試合の趨勢を決める一撃となった。一点のビハインドがあるシュトゥットガルトはとっととゴールを決めたいところだが、ここでドルトはカウンターではなくボールをポゼッションすることを狙い始めた。

守備時にはあまり相手にボールを回す隙を与えず、ボールを刈り取りに行く。これにビビったシュトゥットガルトの中盤は後ろへとパスを戻す。そして前線選手によるハイプレスがDFに押し寄せる。足元に自信がないDF陣はそれから逃げるようにロングパスを出し、カットされる。そういった一貫した組織的な戦術に裏打ちされたサッカーをドルトは展開し始めていた。


こうして、ほぼ後ろからはロングボールしか供給されない状態となった秀徹は、身長も低いためボールを中々持てない。さらに前半21分にはルイスによるカットインからのシュートで追加点も取られてしまった。

そこからもやはり状況は変わらなかったが、ようやくロングボールを背の比較的高いリルナーが物にし、ボールはクローズを経由して秀徹に届く。

かなりスペースがあってこれなら何でも好きに出来そうだった。秀徹はゴールから25mほどの位置から思い切り振りかぶってシュートを打った。超ロングシュートだ。

ボールの下の方を蹴り、バック回転がかかったそのシュートは一直線にゴールの左上へと目がけて飛んでいき、そのままキーパーも取れずにスーパーゴールが決まった。

ドルトの監督・トゥハルも、彼がここまでキック力と精度を兼ね備えた選手だとは知らなかっただろうし、ロングシュートを一度も今まで打ってこなかったから当然と言えば当然である。


これには観客は熱狂した。今季6ゴール目。流石の一言を贈りたくなるゴールであり、彼はボールを持つ度に“違い”を見せつけてくれるまさに彼らにとっては魔法使いなのだ。いつもはドリブルでピッチに魔法をかけるが、今回は魔法のようなロングシュートを打ってみせた。


「シュウト!シュウト!」


会場には彼の名前がこだまする。それと同時に、相手DFのフルメンスは秀徹に警戒の目線を向ける。まさかあそこまで強烈で正確無比なシュートを打てるとは予測していなかったが、彼がやっていることは3度の世界最優秀選手賞に輝いた最強の現役選手、クリストファー・ローガンに近い。ドリブルも上手く視野も広くて何より豪快なシュートも打てる。


(ローガンを相手している気分で潰さなくては。)


秀徹はそこからフルメンスの強烈なプレッシャーにさらされることになった。



リスタートしてからしばらくは、シュトゥットガルトがペースを掴むことになった。ドルトの選手もゴールランキングでも上位に入り、ここまでのドリブル成功数は45回と、リーグでもぶっちぎりのトップを独走する秀徹を警戒はしていたのだが、まさかここまで色々な手を持っている選手だとは知らなかったのだ。故に秀徹にはフルメンスのマンマークと、秀徹のいるゾーンごとに近い選手が一人の合計二人のマークがついた。秀徹にとっては動きづらくなるが、シュトゥットガルトの他の選手にとっては追い風になっている。

最初の時のようにパスが順調に回り、攻撃のチャンスも作れるようになってきた。秀徹を見るのに必死でドルトのディフェンス陣もシュトゥットガルトの攻撃を潰しきれない。


そして、ついに前半43分にチャンスが訪れた。上手く相手を突破したリルナーがペナルティエリアに侵入し、中にグラウンダーのクロスを入れたのだ。走り込んで来る秀徹を狙って。

前半が終わってハーフタイムを挟めば、またゲームの雰囲気が変わってしまうかもしれない。ここで2-2の同点となれば随分試合が楽になる。観客の誰もがそう考えていた。

ゴールまでの距離は10mもない。彼のキック精度からしたらシュートをすればほぼ確実に決まる。この数秒後にゴールが決まると思って、観客は皆立ち上がった。ところが、振りかぶろうとした秀徹に対して強烈なタックルがかけられた。秀徹の視界が歪むほどだった。

ファウルギリギリの行為であり、審判によってはカードも出るだろう。が、あくまで正当なタックルと今回は認められ、秀徹の足の先に当たったボールは虚しそうにキーパーの正面へと転がり込んだ。


「あぁー!!」


観客は思わずそうため息のような声を上げて、秀徹にブーイングさえした。確かにフルメンスのタックルは危ないプレーだったが、秀徹はあまりにもそれに簡単に吹き飛ばされたのだ。もしフィジカルの強い選手だったならば、こうはならなかったはずだ。


肩に痛みを感じながら、秀徹はフルメンスを見た。よく考えたら、サッカーとは170cmしかない自分に190cmを超える彼のような選手が情け容赦なくタックルするような競技なのだ。怖い競技だし、覚悟が必要だ。今までそんな経験をしていなかったから湧かなかった恐怖という感情が芽生える。

それに、決められなかった時の観客の残念そうで冷ややかな視線と歓声。それが頭の中でフラッシュバックした。今までは褒められるようなプレーばかりだったので気付かなかったが、観客も怖い。まさにアメとムチだ。


試合はそのまま何もなくハーフタイムに突入。後半も秀徹はドリブルを2回成功させた以外は何も特筆することがなく、オーバンによる追加点を含めた3-1で試合は終了した。ホーム戦での手痛い敗北だった。


決して秀徹にとって悪い試合ではなかった。ボールを持つ度に一つ何かを成せたし、得点も決められた。強豪相手でもやはりやっていけると確信したし、彼の市場価値もこの一戦で1500万€(約19億5000万円)まで上がり、日本人の市場価値一位である香取の1700万€(約22億1000万円)に追いつく目処が立ってきた。

しかし、今回覚えた恐怖心は後々に大きく響く感情となった。



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ→シュトゥットガルトFC(Loan) 

市場価値:1500万€

今シーズンの成績:8試合、6ゴール、2アシスト

総合成績:8試合、6ゴール、2アシスト

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