vsミュンヘン

イギリスも中々暑くなってきた8月。秀徹はドイツへと向かった。シュトゥットガルトFCはドイツ一部のブンデスリーガ所属のチーム。ブンデスリーガはプレミア・リーグに比べれば、レベルは低く、プレミアよりも日本人でもプレーしている選手は多い。

実際に、これから向かうシュトゥットガルトFCでは今年の7月までは日本代表のサイドバック、酒田功徳を保有しており、レギュラーとして定着していた。日本人にとっても少しばかり馴染みのあるフィールドなのだ。


さて、現地に着いた秀徹は急いでシュトゥットガルトのクラブハウスへと赴く。そこには、新任監督のハルニガーが待ち構えていた。


「やあ、君がシュウト君だね。クラブのスカウトマンから君の優秀さは聞いているよ。」


だが、その言葉とは裏腹に、その内心は秀徹を軽視しているようだった。察するに、秀徹の獲得はクラブのスカウトマンや上層部の決断だったが、トライアウト時にその場にいなかったハルニガーはその決断に不満があるといったところだろう。

実際に心の中では、


(ちっ、勝手に100万€もかけて使えないジャップを手に入れやがって…、体もちいせえし…、何考えてやがる。)


ぐらいなことを思っていた。秀徹の立場もあまり良くないだろうと見込まれる。ただ、契約内容には出場機会の確保の条項もしっかり盛り込まれているので、まあ大丈夫だとは思うが…。


その日からクラブの練習に参加した秀徹は、練習場を見回す。このクラブでまず注目したいのはティム・リルナーだ。彼は背が高くスピードのあるウインガーで、得点力がある。また、ミッドフィルダーのディビィも実力ある選手で、彼はミッドフィルダーながら得点力がずば抜けている。今シーズン期待の選手である。また、オーストラリアのFW(フォワード)ロビー・クローズも今季から仲間入りしている。



このシュトゥットガルトFCでは、監督の意向なのかあまり戦術的なことをみっちり教え込むことはなく、比較的その辺はルーズだ。午前の個別練習から午後の全体練習に移る流れで、全体練習も紅白戦やセットプレーの練習が主となる。クローズと仲良くなった秀徹はその日の午後行われた紅白戦にて魅せることとなった。



紅白戦では、やはりレッズと同じようにBチーム扱い。4-4-2のフォーメーションの2トップの一角に置かれた。秀徹はあまりロビー・クローズに関する知識は持ち合わせていなかったが、彼の動きなどから察するに、彼はフォワードながらドリブルやパスなどを通じてチャンスメークするプレースタイルの持ち主のようで、このBチームでの秀徹はとにかく点を取ることが至上命題となりそうだ。


紅白戦が開始して、Aチームから攻撃が始まる。だが、そのプレー強度に秀徹は少し拍子抜けした。


(あれ、スピードもテクニックもレッズに遥かに劣ってる…。)


レッズでは戦術性が重視され、特にAチームの攻撃のスイッチが入った時のスピードはえげつなかった。それに比べ、後ろに戻したり寄り道したりしているこのチームの攻撃には脅威を感じなかった。

なのでこれならいけると思い、いつものように秀徹はゲーゲンプレスを実行するためにアグレッシブにプレスをかけに行く。特に足も速くてスタミナも豊富、タクティカルな守りはまだ苦手だが、父との練習で鍛えられている秀徹はレッズの中でもゲーゲンプレスさせたらNo.1だった。ここでもかなり効果をあげていっている。


実際、相手は素早いプレスに焦り、ボール回しが雑になっていく。皆で詰めれば相手陣内でボール奪取が出来そうだった。だが、味方は誰一人プレスを積極的にかけようとしない。厳しい現実がそこにはあった。その内、キーパーまで戻されてそこからクリア。秀徹の努力は水泡と化した。


しかし、攻撃面では秀徹は着実に実を結ばせた。今度は3分後、やっとボールを奪ったBチームの貴重なボールを受け取り、センターラインほどから攻撃を仕掛けた。スピードに乗った秀徹にまず中盤の選手が3人で数的有利状態を作りながらプレスをかけてきた。本来ならば味方が上がるのを待って仕掛けるだろう。

秀徹は違った。右足から3回シザースをかけ、相手が足を出してきたところで左足アウトサイドで外側へと切り返し、一人目をかわしたところから一気に右足で10mほど大きく前へと蹴り出した。チャンスとばかりにボールを取ろうとプレスをかけるが、かわされていない他の中盤の選手も、秀徹が速すぎて彼に追いつくことが出来ない。


いつの間にか、三人を一気にかわしきってペナルティエリア内。ディフェンスは二人しか残っていない。それに対して、攻撃陣は秀徹と走ってきたクローズがエリア内に侵入している。秀徹はシュートを打つフリをして、右で待機するクローズにパス。このほぼ単独での突破に、彼を見下していたハルニガー監督も何も言えなかった。彼の技術力はブンデスリーガに所属するようなプロチームでも圧倒的だったのだ。



そこから二週間ほどこのチームで練習し、ついに本番がやってきた。あの活躍以降も、コンスタントに活躍し、紅白戦では10試合で8ゴール4アシストを記録。これは二番手となる10試合6ゴール2アシストを記録したディビィを大きく突き放す記録となった。

ただ、チームのパワーバランスの調整の意味もあるのだろうが、依然としてAチーム入りとはならず、Bチームで練習を重ねた。


初戦の相手はいきなり大一番と言えるミュンヘンFC。世界的ビッグクラブで、欧州…いや、世界一のクラブを決めると言っても過言ではないチャンピオンズリーグでも優勝経験が何度もある。勝てば大金星だろう。

秀徹の背番号は18番。今日はベンチスタートだ。シュトゥットガルトFCは4-4-2のフォーメーション、ミュンヘンFCは4-3-3のフォーメーションで戦う。


ミュンヘンFCを現在率いるのはグアディオ監督だ。彼は、ボールを支配するポゼッションサッカーをこよなく愛しており、それを指揮することにおいて右に出る者はない。

彼が指揮する4-3-3のメンバーで気になるのは、ワールドカップにおいて最優秀GKにも選ばれドイツの優勝に多大な貢献をしたノイヤーや、今年から加入した中盤の潰し屋ビザル、器用にST(セカンドトップ)やOMFをこなすミラー、世界的なウインガーの二人、右のロッパン、左のリベラ、そして現ブンデスリーガ最強CFであるレヴァンダなどだろうか。

このチームはDF、MF、FWのどこを見ても全く隙がなく、世界でも五指に入る強豪。最近はリーグでも下位に低迷するシュトゥットガルトに対しては勝利することが絶対条件と考えているだろう。


試合が開始すると、やはり戦術的な詰めが甘いシュトゥットガルトはミュンヘンにボールを回され続ける。さらに、個の力にも歴然たる差があり、ところどころで個人技を発揮されて防戦一方となっている。特に、ロッパン、リベラの二人によるスピードあるサイドアタックは素晴らしく、仮に彼らからボールを奪ってもすぐにビザルが厳しく寄せに来てボールを奪い返してしまう。シュトゥットガルトは最早センターラインを越えて相手陣地でプレーすることすらままならなかった。


前半15分、ロッパンのカットインからの左足の強力なミドルシュートで一点が奪われ、18分にはミラーによるスルーパスに反応したレヴァンダが裏抜けして二点目を物にし、その後も立て続けにレヴァンダ、ミラーが得点し、前半だけでシュトゥットガルトは4点も失点を重ねる結果となった。



ハーフタイム。シュトゥットガルトのドレッシングルーム (更衣室またはロッカールーム)では、重苦しい雰囲気が蔓延していた。こっちのシュートは0本。あっちのシュートは21本。そのスタッツだけでも絶望的だ。

初戦のしかもホーム戦でこの有り様は、ファンとしても許せない状況。監督のフラストレーションも溜まっていくが、この状況を打開するほどの策を持った監督というわけでもない。そこで、秀徹は監督にこう切り出した。


「あの、僕を出して下さい。僕なら試合の流れを変えれます。」


それを聞いて監督は苦々しい表情を浮かべ、拒否しようとする。生意気だとでも思ったのだろうか。しかし、


(これで、もしダメならば理由付けてコイツをベンチやベンチ外に確実に追いやれるな。)


と考え直し、あえてここは採用することにした。



トップ起用されていたリルナーに代えて秀徹が初出場する。スタジアムで秀徹の名前が響くと、今日一の歓声が上がる。秀徹がトライアウトで活躍したこと、入団したこと、紅白戦でも優秀な成績を上げていることは機関紙や新聞などで事細かに報じられており、実は人気や期待値が高い。


秀徹は後半戦が始まると、素早いプレスを意識し、単独で敵陣でのボール奪取に取り組んだ。ポゼッションサッカーはボールを回して着実に良い形に持っていってチャンスを作る。その回す段階で止めることが出来れば相手のチャンスを潰しつつ、こちらのチャンスを創出できる。クラップ監督も秀徹に対して、まず相手がポゼッションサッカーをして来たらアグレッシブにプレスをかけるべきだと言っていた。今こそ実践の時だと彼は考えた。


今まで全く前線からのプレスなどなく、身を引いてばかりだったシュトゥットガルトからプレスをかけられたミュンヘンのディフェンスや中盤は、一瞬困惑した。そして、同時にその寄せの速さに危機感を感じた。なので、より安全でスピーディーにパスを回すようになったのだが、それこそ秀徹の狙いであった。

ゆっくりパスを回せる状態ならば、良い形を各々が考えて作り出せるだろうが、スピーディーに展開すると、それがやりにくくなる。秀徹が入ってから、急速にミュンヘンの攻撃チャンスは減り、自陣でボールを回すことが多くなった。


そして、ついに後半28分、左サイドで秀徹に強くプレスをかけられたサイドバックがボールをロスト。秀徹の反撃が開始した。

ボールを奪った瞬間、ボールを小突いて前へと蹴り出し、左サイドを爆走した。

サイドバックがいないミュンヘン勢の左サイドはがら空きで、一気にペナルティエリアに侵入する。攻められることがなくて完全に危機感が欠乏していたミュンヘンの守備陣が戻るのは遅く、秀徹に立ちふさがったのはたったの二人。秀徹はいけると確信した。


左サイドからじりじりと距離を詰めた秀徹はまず、上半身を使って右へと行くようなフェイントをかける。これに騙された相手DFはそちらへと重心を移動させてしまい、秀徹の左への切り返しについていけなかった。

そして、もう一人のDFがシュートコースをふさぎに来る。目の前にはDFですぐ自分の左にはゴールライン。攻撃側からすると割と絶望的な状況だ。普通だったら投げ槍にシュートを打ってコーナーキックを狙ったりするのだろうが、秀徹は違う。左足を踏み込んで左に行くと見せかけて、左足に気を取られた敵の視界の隅に右足を置いて移動幅の広いダブルタッチ (インサイドか足裏でボールを真横に移動させてから逆の足で触って縦へ進める技)を繰り出した。

完璧な予備動作、タイミングで繰り出されたダブルタッチを相手DFは阻止できない。見事に秀徹はキーパーの前に躍り出て、右のサイドネットにボールを送り込んだ。

いくらノイヤーといえども、ここまで近付かれてシュートを打たれたらノーチャンスだ。こうしてまたしても彼の独力で得点が入ってしまった。


そこからは秀徹も警戒され、中々チャンスを作れずにいたが、それでも積極的な守備は試合の運びに大きく貢献し、ミュンヘンのポゼッションサッカーを大きく妨げた。後半アディショナルタイムでPKを献上してしまい、レヴァンダに決められたので試合は5-1での敗北となったが、後半のスタッツだけ見れば、ほぼ互角の戦いを繰り広げた。

シュトゥットガルトのファンとしては、戦い全体を見れば心底失望させられる結果となったが、秀徹の活躍はそんな中でも祝福すべきものだった。

あの一試合で、6回中5回のドリブル突破に3回のシュート、4回のタックル成功に30本のパス成功。同僚たちのスタッツと比べても圧倒的だった。


後日、新聞などでも結果が書かれ、採点記事ではハットトリックを決めたレヴァンダが最高点10点、平均点6点の採点で9.0の採点がされ、MVPとなった。

一方、5.0や酷いと4.5などの軒並み低評価がつけられたシュトゥットガルトの選手たちであったが、途中出場の秀徹にはミュンヘンFCの選手を含めて2位タイの8.0の評価がされた。記事では、前線でコンスタントにプレスをかけ続け、相手をペナルティエリア内で2人抜いて得点を決める卓越したプレーを見せたと書かれ、評価はうなぎのぼりであった。


このことから市場での評価額はほぼ0€だったものが、若いのもあって一気に300万€(約3億9000万円)に上昇。ミュンヘンFC相手に互角に戦った男として一躍世界で注目される存在となった。


試合後、活躍を見たクラップ監督から、称賛と激励の連絡も来た。彼曰く、勝負はこれからだそうだ。秀徹もそう思っている。最初の試合で敗北を喫したのは痛いが、それでもリーグは34節まである。まだ取り返せる。


高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ→シュトゥットガルトFC(Loan) 

市場価値:300万€

今シーズンの成績:1試合、1ゴール、0アシスト

総合成績:1試合、1ゴール、0アシスト

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