リヴァプール・レッズへ!

「リヴァプール・レッズに日本人が初加入!」


秀徹のレッズ入団を受けて、サッカーのとあるサイトにはデカデカと、そう題された記事が載った。しかし、高橋秀徹という見慣れない名前を見て、多くの人は、だとしたらなぜ今まで国内で活躍していなかったのかと疑問に思う。

そもそも、リヴァプール・レッズは、海外の若い選手を青田買いまでして若手の育成に力を注いでいるようなチームではない。そんなチームがそれなりの金額を出して入団させたというのはどういうことなのか。千文字ほどのニュースの内容では疑問は膨れていくばかりだ。

リヴァプール・レッズはイングランドにある一部リーグであるプレミア・リーグでビッグ6と呼ばれる強豪チームの一つだ。世界でもクラブランキングで常にTOP20に入るほど強力で、今年からドルトFCを退団した名将・クラップを監督に招聘した。



秀徹はそんなチームに入団出来ることを母に知らせ、6/1よりクラブへと入団した。到着したイングランドの都市、リヴァプールは人口50万人ほどの観光都市であり、サッカーのチームは二つある。リヴァプール・レッズとエヴァートン・ブルーズだ。この2チームの対決はマージーサイドダービーと呼ばれ、世界でも注目されている。

チームの本拠地、アン・スタジアムに隣接するクラブハウスに足を運ぶと、そこにはクラップ監督が待ち受けていた。


「やあ、秀徹。あれからどうだい?」


「こんにちは、クラップ監督。あの後日本にいる母に連絡したらとても喜んでくれました。」


他愛のない会話の後、クラップは本題を切り出した。


「僕はトップチームでも十分やれると思うのだが、そうは問屋が卸さないというべきか、クラブは出場機会が確保できるクラブにレンタル移籍すべきと考えていてね。それでも良いかい?」


秀徹は元々シュトゥットガルトFCでプレーするつもりだったのだ。最初からレッズでプレー出来なくても不満はない。


「大丈夫です。その可能性も考えて契約してますから。」


すると、申し訳なさそうにクラップは秀徹に礼を言い、どこが良いかを検討し始めた。


「恐らく、行くとしたら8月から来年の6月までになると思うのだが、どこが良いだろうか。

最初に厳しいことを言っておくが、基本的には残念ながら君はあまり知名度もないし、逆オファーをかけることになると思う。だが、オファーを受けたチームも君の能力を信用してそのオファーを受けるのではなく、その君を推しているレッズというチームを信用してオファーを受ける。つまり…、ある程度契約に出場機会の確保は盛り込むつもりだが、どれだけ試合に出られるかは君次第になる。」


「はい。なるほど。つまり、あまり高望みはするなということですね。」


「うむ…、確実に出場機会を得られるチームが良いと思う。となると…、どこかの二部リーグなどが良いが…。」


クラップは言葉を選びながら移籍先のチームを絞る。しかし、その場で移籍先の目星はついたものの、秀徹としても少し考える時間がほしいので、決定には至らなかった。



そして、オフシーズンが明けた7月。秀徹もしばらくはオフを貰っていて、リヴァプールの観光などを楽しみ、いよいよ練習が開始された。


「僕が今日から指揮を採るユラゲン・クラップだ。皆よろしく。」


非常に温厚そうなクラップに一同、頬を緩める。まず、ウォーミングアップから練習は始まった。

このチームのエースナンバーを背負うブラジル代表のコウケーニョは、二人組を組めと言われて真っ先に秀徹に向かってきた。


「おい、お前!」


もちろん、彼は有名な選手であり秀徹もよく知っている。だが、腕から覗くタトゥーは厳つく、秀徹は内心ではビクついていた。何か新人イビりでもされるのではないかとさえ考えた。


「は、はい。」


身構えながらそう返事をしたが、意外にもコウケーニョは笑顔で秀徹の肩に手を回して話しかけてきた。 


「お前日本人なんだろ?すげーな16歳でここに入るなんてよ!俺も記事でお前のこと知ったけどよ、調べても全然お前についての情報が出てこなくてよ!それで、何かお前のサッカー見たくなってさ。どう?俺と組まない?」


意外にもきさくなコウケーニョに秀徹も思わず、笑顔になる。


「僕もぜひレッズに入ったら、コウケーニョさんとプレーしたかったんです!」


「おー本当か!?」


そして、秀徹とコウケーニョはまたたく間に意気投合し、ともに練習を開始した。

コウケーニョはOMF(オフェンシブミッドフィルダー)と、LWGを本職とする生粋のドリブラーで、前年度はリーグ戦に35試合出場し、5ゴール5アシストを記録している。まあ、あまりゴールへの絡みは多くないが、ドリブル突破やチャンスメークの点でチームに絶大な影響を与えており、世界一のリーグたるプレミア・リーグのベストイレブンやチーム内MVPも獲得している。名実ともにこのチームのエースだ。


軽いウォーミングアップを終えると、次はボールタッチに移る。コウケーニョは流石にリフティングやドリブルは上手く、コーン間のドリブルも誰よりもスムーズにこなしている。そのテクニックには、秀徹も思わず見惚れるほどだった。


最後に秀徹の番がやってきた。全員の視線が一気に彼に集まる。今年移籍してきた大型 CF(センターフォワード)ベンテクや技巧派MFのフェルネーノなど優れた選手や、何人か下部組織から上がってきた新入りもこの練習には参加しているが、彼らは何となくお互いの実力を知っている。だが、秀徹だけは本当に全員が無知。故の注目の的だった。


「ふぅー。」


その視線を感じた秀徹は一度深呼吸をし、静かにドリブルを開始させた。


「おい何だよ、あのドリブル…。」


同じくブラジル出身のフェルネーノに、コウケーニョは思わずそう漏らす。足のタッチはきめ細かく、それでいてスピードは全く落ちない。さらに途中でエラシコ(アウトサイドでボールを外側へと蹴り出し、そこからインサイドまたはつま先でボールを急いで内側へと戻す。右足でやれば、右側へドリブルするかと思ったら左に行くというようなフェイントがかけられる。)や、ダブルタッチ、さらにエッジターンまでこなしていく。

普通ならばただドリブルするよりも、反動があったり予備動作があって遅くなるからやらないが、秀徹はそれをほぼスピードも落とさずにやってのけたのだ。


「アイツ…、ひょっとしたらネイワールレベルのドリブラーになるんじゃないか…?」


ここでコウケーニョはブラジル代表の同僚であるネイワールを引き合いに出す。彼は若くしてブラジルで活躍し、世界でもトップクラスのチーム、バルサシティに移籍した選手で世界で三指に入るほどのドリブラーだ。今の秀徹の動きはそれによく似ていた。


「それはまだわからないけど…、彼はトップレベルの選手になるだろうなあ。」


フェルネーノはそう回答した。

秀徹を一目置いたコウケーニョはその後も秀徹とともに練習する。彼はパスも精度が良く、かなり洗練されているのを感じる。コウケーニョですら、自身の立場が危うくなるかもしれないと思うほどに秀徹の才能は素晴らしいものだったのだ。


午前中のドリブルやシュートなどのペア練習を終え、午後からは全体練習に移る。クラップ監督は全体練習で開口一番に、こう言い放った。


「リヴァプールは4-3-3のフォーメーションを愛するチームだ。僕はそこは尊重したいと思っている。だが、戦術に関しては完全に変革したいと思っている。」


そこまで言うと、クラップ監督は外なのにホワイトボードを持ち込んで戦術について語り始めた。


「そもそも、今のところリヴァプールの根幹は概ね、ボールを持ってゲームを支配するポゼッションと相手が攻め込んだところで一気に反撃するカウンターのどっちつかず状態だ。僕はそれを一気にカウンターに切り替えたい。

リヴァプールは比較的アグレッシブに守っている。ディフェンスの最終ライン(チーム内でゴールを後ろとした時の、後ろから数えて二番目の人がいる位置)を高く設定しているし、プレスも強い。そこに僕は着目している。」


「つまり、ディフェンスがこれまで以上に積極的にボールを刈り取りに行って、そこから一気にカウンターを狙うってことですか?」


クラップにDFのロヴランは尋ねる。


「あぁ、その通り。ただ、カウンターを意識してほしいのはディフェンスだけではない。フォワードもだ。知っているかもしれないが、僕はゲーゲンプレスという戦術を使いたい。つまり、敵が自陣でボール回しをしたり、ディフェンスがビルドアップするのをアグレッシブにプレスをかけて阻止したいんだ。その役割をフェルネーノ、コウケーニョ、ベンテクらに担って欲しい。」


そこからも、クラップはホワイトボードを使いながらゲーゲンプレスやカウンターサッカーについて話し続けた。

カウンターサッカーは、ボールをポゼッションするよりも実のところ簡単に点が取れる。ただ、それを実行するためには上手くカウンターを炸裂させる必要がある。少ないチャンスで得点しなくてはならないし、リヴァプール・レッズのように強いチームならば大量得点を狙う必要があるのだが、それをするには相手にボールを持たれるのではなく、持たせるようなサッカーをしなくてはならない。

つまり、相手にボールを回されながらもそれをコントロールせねばならないのだ。野球で言うならば打たせて捕るような守備の仕方をせねばならない。

カウンターサッカーは付け焼き刃的なサッカーでも利用されやすいが、同時にその精度を追求するならば奥が深く、より戦術性が問われる。


秀徹は座学的なところでのサッカーに関する知識はあっても、いざそれを実践的に自身の体をもって表現するのは初めてのことだった。

コウケーニョらスタメンが出るAチームに対して秀徹はBチームのLWGとして出場した。この試合でわかったことはサッカーは難しいということだった。以前体験した試合の選手よりも遥かに速く相手ディフェンダーは秀徹を潰しにかかり、何よりフィジカルがとんでもなく強かった。相手と接触するようなプレーでは全て敗れてしまい、ボールを受け取った際のファーストタッチでボールロストすることが特に多かった。

ただ、同時にやはり彼のテクニックはレッズでスタメン起用されるような選手にも通用するものだともわかった。ファーストタッチでは、左サイドで受け取ると、そのまま相手の中盤二人を難なく抜き去り、相手サイドバックも完全に引きつけ、オーバーラップしてきた味方サイドバックに余裕を持ってパスできた。その後もマークにつかれつつも、要所で活躍を見せ、ロヴランをシャペウ(ボールを浮かせて相手の頭上を通す技)で抜いた時にはどっとピッチを沸かせたほどだった。


一日目の練習後、秀徹はクラップに呼ばれ、


「君はフィジカルの向上と、戦術的な面をみっちり鍛えないといけないな。明日から午前はペアトレーニングではなく、特別レッスンを受けてもらう。」


と宣告され、続けて思いもよらぬことを言われた。


「あと、君にとあるクラブからのオファーが舞い込んだ。クラブへの条件も良いから上層部も君の承諾さえあれば受けるべきだと言っている。どこからのオファーだと思う?」


「え、うーん。どこかの二部リーグなんですかねぇ…。」


心当たりもないので、秀徹は適当にそう言うと、クラップは笑いながら、


「違う違う、喜べ。トライアウトを受けたシュトゥットガルトFCだよ!」


と嬉しそうに言った。それを聞いた瞬間、秀徹の表情もぱーっと晴れていく。最初所属するつもりだったシュトゥットガルトにレッズに所属しながら行けるなんて、最高のシナリオだったからだ。


「よ、喜んで行かせてもらいます!!」


秀徹は勇んでそう答える。こうして、レンタル料100万€(約1億3000万円)という実績のない新人としては異例の金額でのレンタル移籍が成立した。


ただ、8月のレンタル移籍開始までは秀徹はみっちりクラップの元で猛練習を積まされたのだった。


高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ→シュトゥットガルトFC(Loan)

今シーズンの成績:0試合、0ゴール、0アシスト

総合成績:0試合、0ゴール、0アシスト

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