トライアウト後編

次の日。トライアウト二日目。

60人に絞られたメンバーの中にもちろん秀徹もいた。これから開催されるのは6チームに分かれての練習試合。キーパーは別途のテストを受けて選ばれた選手たちが担当するようだ。


秀徹はDチーム。対戦するCチームには昨日紹介されたドリブラーのラファエルやネビルがいる。強いチームだ。


「お前はどこのポジションをやってたんだ?」


Dチームの作戦会議にて秀徹はそう聞かれるが、今までほぼ試合なんてやったことがないからわからない。


「え、えっと…、フォワードかミッドフィルダーですかね。」


戸惑いながらそう答えると、


「じゃあお前はスピードもあるんだし、LWG(レフトウイング)を担当してもらうぞ。」


と言い渡される。試合に出たことはないが、プロの試合はこれまで何千試合と見てきた。何となくなら動き方はわかる。

LWGはフォワードの左側に位置するポジションで、ドリブルからの突破、ペナルティエリア内へのクロス供給、中央へのカットインからのシュートなどが求められる。左側なら左利きの選手がやるべきと思われるかもしれないが、現代サッカーでは右利きの選手が務めることが多く、カットインからのシュートなどが特に期待される。有名な選手にはクリストファー・ローガンやネイワール、エデン・ハザードなどがいる。



(俺、ちゃんとできるかなぁ…。)


秀徹は初試合がこのような緊張感ある舞台なので、不安になる。今までドリブルやディフェンスの相手だったのは父のみ。正直、お互いの手の内は知り尽くしていたので、練習相手として十分ではなかったと思っていた。



そして、第一試合も終わり、いよいよ秀徹の出番。すでに汗ばみながら秀徹はポジションにつき、キックオフした。

自陣のフォーメーションは4-3-3。オーソドックスなフォーメーションだ。対して敵陣は4-4-2。よりサイドの守備が固く、攻める側からすればDF(ディフェンダー)の4とMFの4の間のスペースをうまく使うことが鍵となる。

ビブスで7番を着用した秀徹は、まずポジショニングを中央へと絞って足元でボールを要求する。中盤で敵の出方を窺っていたチームDのMFはフリーでスペースに降りてきた秀徹を見つけてグラウンダーのパスを出した。

これに気付いたチームCの2トップの二人がプレスをかけに向かったが、そこからの秀徹の動きは速かった。

足元でボールを受けた秀徹は素早く股下を通して前を向き、ドリブルを開始した。恐ろしく速いそのドリブルに、敵の右サイドにいる二人は数的有利状態を作ってサイドでドリブルさせない方針を固める。サイドで好き勝手させずに、守備の人数も多い中央へと秀徹を追いやるつもりなのだ。

だが、秀徹はスピードを緩めずサイドへと突入。まずはCチームのRMF(ライトミッドフィルダー)であるラファエルと向き合った。ラファエルはドリブラーでもあるから、ある程度相手のドリブルに対するディフェンスの仕方は心得ている。


(どう来るんだ…!)


秀徹もラファエルのゾーンに入ると、少しスピードを緩め、仕掛ける準備をする。そして、トントントンと細かく刻んだドリブルから一気にシザースを仕掛けた。左から1回2回3回と高速で仕掛けられたシザースはラファエルを完全に惑わせ、ラファエルは立ちすくむ。

それを見た秀徹は4回目は行わず、右足で右方向へとボールをアウトサイドで動かし、難なくラファエルをかわしてカットインを狙った。さらにその後も迫る敵の尽くをかわし、結果的に4人をかわしきって、ペナルティエリア右側からシュートを打った。シュートは縦回転のかかったドロップシュートとなり、キーパーもその回転を見切れず、秀徹は最初の一点を独力で奪い取ってしまった。


一点を取って彼が思ったことは、


(なんだ、全然余裕じゃん。)


だった。確かに彼は父としか練習をしていないので、彼にはドリブルのパターンや技は全て把握されていた。しかし、それでも秀徹は何とか父を抜くために日々ドリブルパターンの改良や技の練度の向上に励んでいたわけで、実際に父もほぼそれらを把握していたにも関わらずしばしば抜かれていたのだ。初見では、プロでもない相手選手には止められるはずがなかった。


ただ、これ以降は秀徹も苦戦を強いられた。

チームCは点を取られてから秀徹を徹底マークしているためボールを受け取れない。

ボールを持っている際の動き、いわゆるオン・ザ・ボールは良いのだがその逆の持っていないオフ・ザ・ボールの動きはまだ悪い。マークにつかれるのも初めてなので、それを外すようなスキルはないのだ。

ただ、ボールを持てば超強力だと証明した秀徹には敵も二人がかりでマークについているため、その分他の味方は自由に動き回れる。そういった意味では試合にボールを持たずとも絶大な貢献をしていた。


最終的に、90分間の試合で彼のボールタッチはわずか7回。それも、ファーストタッチ以降はワンタッチでパスせねばいけないほどに厳しいプレッシャーにさらされていた。


「アイツ、完全に潰されていたな。」


試合を見ていたトニーの感想だ。それにシュバインも答える。


「あぁ、オフ・ザ・ボールの動きがまだまだだ。ただ最初のゴールは本当にすごかったな。それに相手のマークをあれだけ引きつけてたんだ。十分MVP級だよ。」



対して、秀徹は意外にも前向きにこの結果を捉えていた。自分の通用するところとしないところが明確になったのだ。まず、ドリブルとシュートは問題なく通用することがわかった。ああいうレベルならば10回やっても8回は成功するだろう。ただ、スペースに走り込んだり、戦術的な動きに関しては全くだめだった。


(とにかくちゃんとしたサッカーの経験を積まないとな。)


秀徹は反省しながらも、父と磨いたドリブルやシュートが通用したことを大変嬉しく思っていた。自身の立ち位置は実は相当上位にあるのではないか。そんなことすら考えていた。

第三試合も滞りなく行われその日は解散となり、次の日に結果が言い渡されることとなっていた。秀徹は何人もプレーしているのを見て、上手いなぁと思う者も中にはいたのだが、自身よりも上手いと感じる者ははっきり言っていなかった。だがその反面、自身の実力を完全に発揮できた試合内容ではなかったことから、合格するかは五分五分という感触だった。



翌日、この日は休息日にしようと決めていた彼の元に、朝っぱらから電話が鳴り響いた。


「はい!高橋秀徹です!」


声を弾ませてそれに出る秀徹に対して、電話の相手は、


「シュトゥットガルトFCの者です。あなたにはお話がありますので、至急昨日受けたトライアウトの際に訪れたクラブハウスへとお越しください。」


と淡々と言った。


「それは、合格したってことですか!?」


秀徹はたまらずそう聞くが、


「いえ、うちのクラブには入団することはないでしょう。とにかく話がありますからおいでください。」


と不合格を思わせる返答しか得られなかった。舌打ちをしながら電話を切り、仕方なしに秀徹はシュトゥットガルトのクラブハウスへと足を運んだ。

そして、通された応接室のような場所に居たのは意外な人物であった。


「あっ、あなたはあの時の公園にいた…!」


そう、公園にいた長身の男である。相変わらずマスクをし、丸眼鏡をかけてマスクからはみ出るほどの髭をたくわえている。


「やあ、シュウト君。まあ座りたまえ。以前、君と会った時にサッカー関係の仕事をしていると言ったのを覚えているかな?」


秀徹に席につくよう促すと、その男は話し始める。


「ええ、覚えてます。」


秀徹は確かにそれを覚えており、何となくこの話の流れが見えてきたように思えた。おおかた、この男の人はこのシュトゥットガルトFCの関係者か何かで、テスト自体は不合格だったけどユースチームか下部組織に口利きして入団させてくれるというものだろうと考えたのだ。


「そこで、君のスキルを間近で見た僕は君をスカウトしたくてね。」


男は話を続ける。やはりかと秀徹は少し頬が緩まる。正直、下部組織に入るつもりはなかった。最初からトップチームで活躍しなくてはいけないという焦りのようなものもあるし、チンタラと下部組織でトップチーム入りのチャンスを狙ってる暇はないのだ。

だが、そこからの話の展開は彼の予想を遥かに超越するものであった。


「そこで、僕は君を私が監督するチーム、リヴァプール・レッズに呼びたい。どうだろうか?」


良い意味で裏切られてしまった秀徹の頭は猛烈な勢いで回り始める。どうなっているのかよくわからない状態だ。彼の知る限りリヴァプール・レッズというチームはイングランドにしかない。名門中の名門である。

そういう名前のパクリチーム?とか色々頭では考えているのだが、整理出来ない。


「え、リヴァプール・レッズ!?じゃあ、あなたは…?」


「あぁ、マスクをしていて悪かったね。僕は少し有名人みたいになってしまったから変装しなくてはならなくてね。自己紹介が遅れたね、僕はユラゲン・クラップ。よろしく。」


クラップといえば、ドイツで落ちぶれかけていた強豪ドルトFCを再興し、7シーズンの在籍期間中に2度の優勝へと導いた世界屈指の名監督だ。今年からリヴァプール・レッズの監督に就任すると噂されていた。


「そんな、一体どうなって今の状況になったんですか?」


戸惑う秀徹にクラップは優しくこれまでの経緯を教えた。


「まあ、簡単に言うと、あの公園で僕は君のプレーに惚れたんだ。それでぜひ新しいチームに君を招きたいと思った。

シュトゥットガルトFCのテストを受けると聞いたから、急いでクラブに連絡して多少お金を払って交渉優先権を獲得したんだ。もし、君がレッズが嫌ならば多分シュトゥットガルトFCも喜んで君と契約するだろう。どうする?」


「…、一応契約内容を教えてほしいのですが。」


「そうだなあ、トップチームへの入団になるよ。そして恐らく1年以上は他のチームへとレンタル移籍しなくてはならないと覚悟しておいた方が良いけど、年俸は70万€(約9100万円)で3年契約でどうかな?」


破格の条件だ。Jリーグだったならばルーキーに対してはまずあり得ない値の付け方だし、バルサシティだってそこまでの値段はつけないかもしれない。


「良い条件だろう?もちろん、君の活躍次第で契約延長もするだろうし、レンタルする際もなるべく君の条件を飲んで、君が成長してレンタルバックした暁には確実に出場機会を与えると約束するよ。」


世界屈指の監督にそこまで言われて、この場でやっぱりシュトゥットガルトにしますと言う選手はいないだろう。秀徹もそうだった。


「わかりました。契約します。ぜひ、僕を鍛えて下さい!」


筆が紙面を走っていき、契約は締結された。これにより、彼は日本人初のリヴァプール・レッズの選手となり、世界で躍進する足がかりを掴んだのだった。



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

今シーズンの成績:0試合、0ゴール、0アシスト

総合成績:0試合、0ゴール、0アシスト

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