インタールード

 わたしがその事に気づけたは本当に偶然だった――


 スマホに新しいアプリをインストールしようとしたときに容量が不足している旨のメッセージが表示された。


 そんなにたくさんのアプリをインストールしているわけじゃないのに……と思いながらスマホのデータを確認する。


 すると、インストールした覚えのない2つのアプリの存在が発覚した。


 1つはいわゆるGPSアプリ。このスマホがどこにあるかをほかの端末から調べられるアプリ。もう1つは、特定のアプリを表から見えなくするためのシークレットアプリ。


 自分で入れた記憶がないなら誰かが勝手に入れたということ。そしてその人はスマホの場所――正確にはわたしの居場所――を常に監視しているということになる。


 監視という言葉で真っ先に思い浮かぶのはストーカーだ。


 ――でも誰が??


 わたしの身の回りにいる人でそういうことをしそうな人に思い当たるフシはない。


 でもまったく知らない人っていうのはありえない。なぜなら、少なくともわたしのスマホに触れるチャンスがある人でないと犯行は不可能だからだ。


 わたし自身このスマホを誰かに触らせた記憶はないけど、それはわたしが知らないだけで、ちょっと目を離した隙に……というのはあるかもしれない。


 とりあえずこのアプリを消そう――って思ってギリギリのところでとどまる。


 もしこのアプリを消したらわたしを監視している人にバレるのではないか? もし相手がそのことに気づいたら、わたしがこのアプリの存在に気づいたことに気づかれる。そうなったら実害を被る可能性だってある。


 どうするべきか散々迷って、わたしは一番信頼できる先輩に相談することにした。もちろんその先輩が犯人の可能性だって十分あったけど、どのみちひとりで解決するのは無理だ。


 だから一番そうじゃないっぽそうな人を選んだ。結果、先輩は犯人ではなかった。


 スマホのチャットアプリを使って、相談したいことがあると伝えると、先輩はすぐに相談に乗ってくれた。


 最初は仕事の相談だと思っていたらしく割と軽い感じの返答だったけど、ストーカに狙われているかも知れないことを伝えると、冗談を疑わずすぐに真面目な返答になった。


 先輩のこういうところ――本当に頼りになる。


 すると先輩から、『ここに余計なことは書き込まないほうがいい』、『明日会社で直接話をしましょう』との返事が来て、その日はそれで終わった。


 …………


 翌日、仕事終わりでわたしと先輩は密室で2人きりになった。


 先輩は昨日の続きなんだけどと前置きして、どういうことなのかと詳細を求めてきた。


 わたしは昨晩気がついた自分のスマホの異変についての説明をした。


 ずっと黙って聞いてくれていた先輩は、わたしの話が終わると、警察には連絡したかと尋ねてきた。


 昨日の今日で警察に行く暇などなかった。だけど考えてみればそうだ。どうして警察に相談することを思いつかなかったのかと軽く自分を攻めた。


 すると以外にも先輩は警察には連絡しないほうがいいと言ってきた。


「おそらく相手はあなたのストーカーで間違いない。そしてアプリを消さなかったあなたの判断はすごく正しい。で、もしもこのままあなたが警察のもとに行ったら、あなたが警察に行ったことが相手にもバレる。すると相手はこう考えるかも知れない『自分の存在がバレて警察に相談しているのではないか?』って。そうなるとあなたの身が危ない」


 先輩のアドバイスは的確だった。――でもそれじゃあわたしはどうればいいの?


 不安なわたしを慮るようにして先輩が優しくでもすごく真剣に――


「私に考えがあるのだけどどうする? 絶対にうまくいく保証はないけどやってみる?」


 今のわたしが置かれている状況を考えれば、何をするにしたって多少のリスクを負うことになる。だからわたしは先輩の策に乗ることにした。


 …………


 それからわたしは先輩の指示に従って自分の住んでいる環境をガラリと変える準備をした。


 先輩が人事部の人間だったこともあって、わたしは田舎の支社に転勤する運びとなった。だけど、スマホを一緒に持っていったんじゃストーカーはすぐに追いかけてくる。だからそれを手放す必要があった。


 ただし、ただ手放すだけでは意味がない。そこで先輩が考えたのはフリマサイト。


 フリマサイトにわたしのスマホを出品して落札してくれた人に送る。その際スマホの電源は入れたままで、さらにSIMも挿しっぱなしで配送する。こうすることで、ストーカーはあたかもわたしの転勤先がそこであるかのように勘違いするってわけだ。


 そのための前準備として、わたしはすべての知り合いに自分が近く転勤することを伝えた。何人かにどこに転勤になるのかを聞かれたが守秘義務で明かせないんだと返した。


 しかし、この策にはいくつか懸念事項がある。


 例えば、スマホの落札者がわたしの近所に住んでいる人だった場合。この場合ストーカーの行動が早ければすぐに偽装がバレる。そうなったらストーカーはどういう行動を取るかわかったものではない。


 それ関連でもう1つ。わたしが転勤することを伝えたことで、ストーカーがスマホに頼らず直接ストーキングを働く可能性もあるということ。これをやられた場合。さっきのパターンと同じで偽装がバレることになる。


 それから、挿しっぱなしのSIMの問題。スマホを送った後で落札相手に送り返してもらうわけだけど、もし相手が非常識な人間だった場合悪用されかねないということ。


 ほかにもいろいろと心配事はあるけど、挙げだしたらキリがない。ただ成功を祈るのみ――


 準備をすすめる間、わたしはアプリの存在に気づいていないフリをして過ごした。自分の生活が誰かに監視されてるって状況はおぞましいことこの上ないけど、今後のためだと割り切って考えないようにした。


 果たして、その結果は――

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