第7話 安らぎと疑念

「ヘブっ!!」


 男は振り上げた鉄パイプをオレ腹に突き立てた。


 叩くより刺すほうが効果的だと判断したんだろう。


 実際それはものすごく効果的だった。叩かれることの何倍もの痛みが腹部を襲う。


「ぐぎがぁっぁ……」


 男は鉄パイプに体重をかけながらグリグリと捻りを利かせてくる。


 貫通するんじゃないかっていう恐怖と痛み。全身から嫌な汗が吹き出してくる。


「殺す――鈴子の仇だ!!」


 いつの間にやら、男の中でオレは鈴子を殺したことになっていた。


 改めて考えるまでもなく、こいつはヤバい系のやつだ。


 腹部にあった鉄パイプの痛みがスッと引く。


 どうやら男が勢いをつけ直すようだった。


「……ろぉ」


 もう言葉も出ない……


 男が再び鉄パイプを突き刺そうとしたその時だった――


「モッチぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」


 ――へ?


 どこからともなく聞こえてくる声。


 オレをそのあだ名で呼ぶ人物に思い当たるのは1人しかいない。


「誰だ!?」


 男はその声に反応して廊下の先に視線を向けた。


 そして……


「どぉぉぉおおりゃああああああ!!!!」


「ぐおっっぷ!?」


 オレの目の前に立っていた男の体が視界から消えた。


 代わりに、熊田が現れた。


「大丈夫、モッチー!?」


 熊田はオレの体を起こして頭を膝の上に乗せる。


「ぅ……」


 助けが来た――


 すでに意識を失いそうな状況だったオレは、助けが来たという安心感で一気に体の力が抜けた。


 ――殺されそうになった。死ぬかと思った。


「モッチー!? しっ――てよ!! モッチー!! ねぇ……モッ……」


 熊田の叫び声もすぐに聞こえなくなった。


 …………


 目が覚めると、オレは自分のアパートの部屋で寝ていた。


 手の届くところにスマホがあったので、それで時刻を確認する。


 画面にできた擦った傷のせいで若干画面が見にくいが、日にちは次の日を迎えており、時刻は朝の10時を回ったところだ。


「いてて……」


 体をちょっと捻っただけでもそれなりに痛みが走った。いわゆる筋肉痛だ。普段運動してないことが、まさかこんな形で仇になるとは…… 


 呼び鈴が鳴った。


「うん?」


 来客を迎えようと体を起こす。


「ぐおっ? 痛ェ……」


 どうやら、体が痛むのは筋肉痛の影響だけではないようだ。


 ――そりゃそうだ。昨晩あれだけボコられたんだからな。


「よいしょ――」


 ブーッと、またチャイムが鳴った。


「はいはい、出ますよ」


 オレがなかなか出ないことにしびれを切らしたのか、来客はブッブブブッブ、ブッブとチャイムで遊び始めた。


「わかったつぅの! ――イテテ……」


 ――ってか子供かよ!! 


 筋肉痛の痛みに耐えながら玄関の戸を開けると、


「やっぱり、近江か……」


「よう! ……ひどい顔だな……」


 近江はオレの顔を見るなりそういった。


「やっぱりとはひどい言い草だな」


「ひどい顔ってのも結構な言い草だぞ」


「オレの素直な感想だぞ?」


「うん?」


 そんなにひどいのかと直ぐ側の洗面所の鏡で確認してみると、オレの顔には絆創膏やらガーゼやらがペタペタと貼ってあった。


「なんじゃこれは……?」


「熊田さんがやったんだよ」


「熊田がぁ?」


 オレの部屋には絆創膏とかガーゼなんて常備してない。ってことはわざわざ買いに行ってまでやってくれったってことだ。


「なんだ? 知らなかったのか? ――にしても熊田さんめっちゃいい娘じゃないか」


 鏡の奥に映る近江がまんざらでもないというふうな顔をしていた。


「まあ……な」


 ここまでしてもらっておいてさすがに否定はできない。


「――で、何のようなんだ?」


「なんだ、それも聞いてないのか?」


「ああ、さっき目ぇ覚めたばっかだからな」


 近江はマジかよと若干呆れたように言って、昨晩オレが気を失ってから何があったのかを教えてくれた。


 ――


 昨日の夜、突然近江の携帯に熊田から電話があった。それで、助けを求められあの廃ビルに駆けつけたらしい。


 近江がそこに駆けつけると、現場には警察がいてあたりは騒然としていたそうだ。で、熊田の頼みごとっていうのはオレをアパートの部屋まで運ぶことだったという。


 ――


「なぁ、ひとついいか?」


「何だ?」


「普通救急車呼ばね?」


「俺も現場にいた警官もそれ勧めた。だけど熊田さん自分で看病するんだって言って聞かなくてさ。で、結局警察の人にここまで運んでもらったんだよ」


「マジかよ……」


 熊田の気持ちは素直にありがたいと思うが、こっちはこっちで目に見えないケガとかしてる場合だってあるんだしさ。


「んで、最初は俺と熊田さんが2人でお前のこと見てたんだけど、俺は先に帰らせてもらったんだよ」


「薄情だな」


「まぁそう言うなって。せっかくなんだから2人きりにしてやろうと思ったんだよ」


「オレはずっと気絶してたけどな」


「ああ。そこは完全に俺の読み間違いだったてわけだ。で、どうだ? 惚れたか?」


「はぁ……」


 まだ言うか――


「こんだけ自分のこと気にかけてくれる女の子なんて今時珍しいだろ?」


 それはそうかも知れない。


 それに、熊田が付きっ切りで看病してくれるような献身的なやつだったなんて今まで気づきもしなかった。


「――って、熊田の話は今はいいんだよ! で、近江は何しに来たんだよ」


「おおっと、そうだったそうだった。今から警察に行くんだよ。んで、心配だから一緒に行ってやれって熊田さんに頼まれた」


「……へ? なんで、警察?」


「事情を聞きたいんだってよ。昨日何があったか」


「ああ……なるほど」


 あの男とオレの間に何があったのかは当事者である2人しか知らないわけで、そのうちのひとりであるオレはずっと気絶していて事情を聞きたくても聞けない状態だった。


 つまり事情を聞きたいから警察に来てくれということだ。


「そういや、あいつはどうなたんだ?」


「お前を襲った男か? ――それだったら熊田さんから警察に連れて行かれたって聞いてるぜ」


 どうやら捕まったらしい。


 頭のおかしなやつだったし、まともに話が聞けているかは疑問だ。変な言い分を通されてオレの立場が悪くなってなきゃいいが……


 どうやら何が何でも警察に行かなきゃいけないようだ。


「わかった、準備するからちょっと待っててくれ」


「おう。――ああそれと、差し支えなけりゃオレも聞いていいか? 昨日何があったか」


 近江は急に真面目なトーンになった。


「そうだな……」


 オレは出かける準備をしつつ近江に昨晩の出来事を語った。


 それはフリマで中古のスマホ購入したことから始まったちょっとした短編のような嘘のような本当の話……


 …………


 フリマサイトで中古のスマホを購入したことから始まり。それから身の回りでちょいちょいおかしなことが起きて、近江も知っている謎のメッセージを書いて寄越した野郎に襲われたこと。死を覚悟したその時運よく熊田が助けに来てくれたこと。


 それらを順を追って説明した。


 近江はオレの話を真剣に聞いていた。そして、こんな事を言いだしたのだ。


「なあ。なんかおかしくないか?」


「おかしい?」


 オレの説明におかしな点があっただろうか?


「だってお前こういってたよな。以前から誰かの気配を感じることがあるって。でも、お前を襲った犯人はそのスマホを追いかけてきたってことは、それ以前はここにはいなかったってことだ。――じゃあ、それ以前にお前が感じてた視線ってだれのものだってことにならね?」


「!? た、たしかに……」


 言われてみればそうだ。そうなのだが……


「要は実害を及ぼしてくる奴とそうじゃない奴が至って話だろ? んで、今回前者のほうが逮捕された。だったら前の状態に戻っただけってことだろ? だったら何も問題はない」


 実際度々視線を感じていただけで直接なにかされたことはない。そもそもにおいてそんなのはオレの勘違いって可能性もあるんだし。


 しかしながら近江は未だに真剣な表情を崩そうとしていなかった。


「まだなんかあるのか?」


「いや、その……非常に言いにくいんだが……」


「何だよ。言ってくれよ……」


「熊田さんってさ……?」


「え……?」


 なぜわかったのか――


 そんなの……そんなのオレが知りたいくらいだ。


「だったら、聞いてみようぜ? 熊田に。直接」


 オレがスマホの操作をしようとすると、近江にその腕グッと掴まれた


「ダメだ! 嫌な予感がする」


 近江の顔色が若干青ざめているように見えた。


「なぁ、日河。少し外で話しないか?」


「え? ああ……」


 もとより警察へ行くつもりだったのだから、道すがら話をしようってことで落ち着いた。


 準備を終えて外に出る。


 部屋のカギを閉めて、さあ出かけようとしたところで、ふと、近江がこんな事を言いだした。


「部屋の鍵って、お前が持ってるやつだけでスペアとかはないんだよな?」


 質問の意図は理解できなかったが、その通りなので、オレは「ああ」とうなずいた。


「そっか。ならオレの話覚悟して聞けよ」


 いつも以上に声のトーンを落として話をする近江。


 そして語られる近江の話はにわかには信じがたいものだった……

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