第1話 契約成立

 大学から帰ってきて、家でスマホをいじっているときにそれは起こった。


「げっ、マジかよ!?」


 なんの前触れもなく、オレのスマホがうんともすんとも言わなくなった。電源長押ししても画面は真っ暗なままだ。起動する気配はない。


 元々中古で買ったスマホだったから覚悟はしてたつもりだったが、いざその時を迎えるとやっぱりショックはでかい。それでも1年以上は使ってたわけだし、費用対効果ってやつを考えれば損はしちゃいない。


 ――だが、手痛い出費が発生することには変わらん。


「またネットで安いの探すか……」


 早速、パソコンから大手フリマサイトにアクセスしてお眼鏡にかなうスマホを探す。


 スマホの存在はもはや生活になくてはならないもの。体の一部と言っても過言ではない。


 オレはゴリゴリのスマホユーザーってわけじゃないが、家に固定電話を設置していないため、スマホがなければ実家やバイト先と連絡が取れない。仕送りやバイト代のことを考えればそれは死活問題とも言える。


 だからこそ早急にスマホが必要だ。


 だが、新品を買うっていう選択肢はない。――金銭的な理由だ。


 オレの家は決して裕福な家庭ではない。かと言って貧困かといえばそうでもない。いわゆる中流。そんなオレにとって、この中古ってシステム実にありがたい。


 元の持ち主がどんな使い方をしてたかわかったもんじゃないと嫌厭する人もいるが、オレは特にそういうのは気にしない。


 やはり金のことを考えると、背は腹に変えられない。特に、新品のスマホに関して言えばホイホイと買い変えられるもんでもないしな。


「ってか、スマホってなんでこんなに高いんだよ。ほんとに中古か?」


 悪態つきながら画面をスクロールしてサムネを流し見する。


 すると、ある商品がオレの目にとまった。


 商品画像と言うよりもその商品の出品価格がオレの目を引いた。


「一、十、百。――3桁……で、間違いないよな?」


 たったの3桁。中古でもかなりの破格。値段設定を間違えたんじゃないかと疑うレベル。


「これいけんじゃね?」


 落札する前に、添付された画像や文章に目を通す。


 説明文はかなり丁寧に書かれていて、画像も状態がわかりやすいように心がけている。


 背面の塗装が所々剥げてはいるが、表面には特に目立った傷はないし、保護シートが貼られたままでの出品とのことだった。


 先も言ったがオレはそんなに頻繁にスマホを使う方じゃない。スマホを使ってやることと言ったら電話とメールのやり取りくらいなもんで、あとはレポートを書く際にネットで調べ物するくらいだ。


 ぶっちゃけ使えればガワなんてどうだっていい――そう思い、オレはそのスマホの購入に踏み切った。


 値段設定をミスったのではないかという考えは杞憂に終わって、そのままの値段で購入することが出来た。普通に手続きが終わり、後日それがオレのもとに届くことになった。


 …………


 2日後、オレのもとにそのスマホが届いた。


 スマホに自分のSIMを挿そうかと思った矢先の出来事である――


「おいおいマジかよ!」


 なんと、スマホにはすでに別のSIMが挿さっていたのだ。


 思い当たるフシがあるとすれば、以前これを使ってた人のってパターンだ。


 急いでパソコンを起動してメールをチェックしてみると予想通り取引相手からの連絡が来ていた。


『誤ってSIMカードを挿したままでスマホを送ってしまいました。着払いで良いので下記の住所までお繰り返していただけると助かります。』


 メールの最後には相手の住所と名前が記載されていた。


『〒〇〇○―△△△△ X県X市―― 鳳鈴子』


「マジ……かよ」


 いくらなんでもあり得ない。


 ――どんだけ間抜けなんだよ! もしオレが悪人だったら、このSIMを悪用する可能性とかもあったかもしれないだろ? しかもメールに書かれている名前はおそらく女性。


「さすがに危機感なさすぎだろ。――あ、でも……」


 相手にはこっちの住所がバレてんだもんな。悪用しようものなら簡単に警察に捕まっちまうか。そうなると、下手に悪用することはできないってことだ。


 ――ま、もとよりそんなことをするつもりはないけどな。


 相手もこれがないと何かと不便だろうし、スマホが送られてきた箱にSIMを入れて送り返してやることにした。SIMに対して明らかに箱がでかすぎるが、着払いだから輸送費が高くついても問題ない。


「さて、お次はっと」


 いよいよスマホに自分のSIMを挿す。それから電源を点けて――


「――って、点かねぇじゃねぇかよッ!!」


 まさかジャンクを掴まされた?


「いや、でも、SIMを挿しっぱなしにしてたってことは、少なくとも相手は直前まで使ってたわけだよな?」


 思い当たるフシがあるとすればでバッテリー。


 スマホのバッテリーコードは以前オレが使っていたスマホと互換性が効く。コードを繋いでしばらく充電してからもう一度電源を入れてみる。


 すると、画面が表示された。


「脅かすなよ……」


 ほっと胸をなでおろす。


 しかし、なんとも便利な世の中になったもんだと感心する。


 面倒な手続きなしで、SIMを挿し替えさえすりゃあ普通に使えちまうんだもんな。しかも充電ケーブルの使い回しも効くし。


「しかしピンクか……」


 光沢の入った鮮やかな桃色。


 画像で見てた分には特に気にならなかったが、いざ手にとって見ると恥ずかしくなった。


 別に男がピンク持っちゃいけないわけじゃないんだが……


「やっぱ、イメージだよな」


 ピンク=女ってのは、おそらくガキの頃に見てた特撮ヒーローものの影響だろう。


 これに関しては、スマホのカバーを買って外から色がわからないようにすればいい


「さて、お次はっと……」


 電話帳の登録だ。と言っても、それは一から全部登録し直す必要はない。


 普段パソコンで使ってるアカウントに電話帳が紐付けられているから、このスマホからそのアカウントにログインして、紐付けしてやればいい。


 ケーブルを指したままの状態でスマホからブラウザを開いて自分のアカウントにログインする。


 そっから必要な情報を入力して……


「うん?」


 それが起きたのは、入力画面で『す』という文字を打ったときだった。


「ストーカー……?」


 予測変換の候補の中にその言葉があった。


 予測変換の詳細な仕組みについては知らないが、経験上、よく使う言葉や最近使った言葉が上の方に表示されるものだってことは理解している。


 しかし、オレは今はじめてこのスマホで文字を入力したわけで、ストーカーなんて言葉入力した覚えはない。


 考えられる理由としては、前の持ち主の変換候補がそのまま残ってるって場合だ。


 するとどうなる?


 説明するまでもない――


 以前の持ち主はこのスマホを初期化せずに送ってきたってことだ。


「おいおい……マジかよ……」


 いくらなんでも不用心過ぎるだろ――と考えはしたが、元の持ち主はSIMを挿しっぱなしでオレにスマホを送りつけてきたという失態を犯していることに気づく。


 相手がおっちょこちょいでは済まされないレベルで相当に抜けていることは想像に難くない。


 それはさておき、気になるのは『す』で始まる予測変換候補の中に『ストーカー』って単語があったという事実だ。


 そして、このスマホが未初期化状態であるということは、すべての予測変換が残っているということになる。


 ストーカーって言葉は正直穏やかじゃない。


 充電までにかかる時間を使って、オレは50音(44文字分)すべての文字を順に入力していった。


 ――オレも相当に暇だな……


 …………


 結果――


 大半は特に気にすることでもない候補だったが、一部オレが気になる言葉があった。


 以下はその言葉だ。


 『こ』 …… 殺される


 『す』 …… ストーカー


 『た』 …… 助けて


 ちなみに予測変換には一つの単語を入力したあとで、次の候補の単語を予測してくれる、入力予測機能もある。この機能のおかげで素早く文章が入力できてかなり便利なんだが、これを利用すると元の持ち主がどんな文章を入力していたかもわかってしまうわけだ。


 試しに、『ストーカー』を入力してみると、


 ――ストーカー に 殺される―― 


 という文章ができあがった。


 実際問題この予測の変換がどこまで正確かは不明だが、このスマホの持ち主は結構ヤバい状況におかれてたんじゃないだろうか。


 けどそうなると謎なのが、元の持ち主はなんでこれを手放したのかだ。オレが普通に使えてるってことは壊れたわけじゃないんだろうし。


 切羽詰まってる状況で機種変? んなことするか普通?


「お……」


 気がつけば、余計なことをやっている間に充電がマックスになっていた。

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