第14話暴露
窓から入り込んだ日の光が顔を差し、菜花は眩しさに身体をくねらせて、それから自分が置かれている状況に気づいた。
手足を縄で縛られて、身動きがとれない――どうやらあの長身の男の仕業だと判断できた。
しかし閉じ込められている場所が分からない。窓はあるがかなり高い位置にある。出入り口は正面にあるが、分厚い扉で閉じられている。無造作に箱や道具が仕舞ってある倉という印象だ。もしかするとどこかの農村の倉かもしれない。
幸い、猿轡をされていないので、声は出せる――
「誰か……! 誰かいないの!?」
叫ぶが内部で反射して響くだけだった。
しばらく叫んだものの、助けが来る気配がない。
諦めかけたそのとき、自分の他に鉄太やあやめがどうなっているのかと思い出す。
「鉄太! あやめ! どこに居るの!?」
自分の心配より、二人がどうなっているのかが不安に思うのは、菜花らしいと言えばらしい。
「二人のことは心配か?」
分厚くて重そうな扉が、ずずずと音を立てて開く。
その扉の向こうには――覆面を被った長身の男が立っていた。
「この――二人はどうしたのよ!」
「ほう。なかなか強気な女だな」
長身の男は中に入ると、ある程度の距離を保ったまま、菜花の斜め左にある箱に腰掛けた。
「普通、命乞いするか、泣き喚くものだが」
「……生憎、そんなか弱く育てられていないからね。でもお望みなら泣いてあげようか? 耳がおかしくなるくらいに!」
「おかしいといえば、どうして貴様は雪之介と共に旅をしている?」
言葉尻を捕らえるような言い方だが、長身の男は本当に疑問を感じているようだった。表情は分からないが、声の感じで菜花はなんとなく分かった。
「別に……お前に話すことではないわ……」
「まさかとは思うが、お前も罪人なのか?」
長身の男の問いに「ふざけないで」と冷たく返す菜花。
「どうして罪人――待って。今、なんて言ったの?」
「……お前も罪人なのか、と訊ねた」
長身の男はそれこそまさかと思っていたが、菜花の反応を見て確信する。
顔が青ざめている――
「雪之介が……罪人だって言うの……? 嘘でしょ?」
長身の男は「貴様は何も知らぬのだな」とまるで哀れむように言う。
「雪之介は貴様……いや、他の者にも話していないのか」
「……お前は、いや、お前たちは何者なの?」
長身の男はしばし黙ってから、自分たちの正体を告げた。
「織田家に雇われている忍び衆だ」
「織田家って……尾張の大名の?」
「いかにも。雪之介は織田家に仇名した……そんなことも知らなかったのか?」
菜花はあまりの衝撃に返事すらできなかった。
それも当然だった。信じていた雪之介が、頼ってもいいと思っていた雪之介が、大名家に追われる身の人間だったとは予想もしていなかった。
そういえばと菜花は思い出す。雪之介は極端に用心深かった。それは追っ手を警戒していたからではないだろうか?
思い当たるふしが次々と浮かんで消えない――
「なんと哀れなことよ。今まで騙されていたとは――」
「…………」
反論はできなかった。
騙されていたとは思わないが、それでも黙っていた雪之介を信用できなくなった。
まるで今まで過ごした時間が嘘のように思えた。
「……雪之介は、一体何をしたの?」
ようやく声に出せたのは、菜花が聞きたくない事柄だった。
でも、知る必要のある事柄でもあった。
「……知らないほうが幸せだぞ」
長身の男は意外にも猶予を与えた。
優しさではなかった。絶望でもされて、舌を噛まれたら人質が減ってしまうからだ。
「……知っているなら、教えてほしい」
菜花は頑なに知りたがった。
彼女自身、思うことがあったからだ。
「ならば教えよう」
長身の男は一呼吸置いてから、あっさりと言った。
「絡繰奇剣の雪之介は、織田家先代当主、信秀様と、御館様の弟君、信行様をその手にかけた」
「――っ!?」
「当主の織田信長様が追討令を出すのは、至極当たり前のことだろう?」
菜花はあまりのことに何も言えなかった。
あの雪之介がそんなことをしていたなんて……そんな思いが菜花の頭を巡る。
長い間、菜花も長身の男も、口を開かなかった。
「ど、どうして、雪之介は、お二人を――」
ようやく、菜花は口を開いた。
彼女は理由を知りたかった。もしかしたら、やむをえない理由があったのかもしれない。そう信じたかった。
「それは知らぬ。御館様も知りたがっている」
冷たく言い放った長身の男は椅子代わりの箱から立ち上がり、出て行こうとする。
「待って! 鉄太とあやめは!?」
「鉄太……あの小僧は捕らえておらん。雪之介に伝言を伝えさせるためにな。あやめという少女は、別のところに監禁している」
それだけ答えて、菜花の制止する声を無視して、長身の男は倉から出た。
倉から出て、扉をしっかり閉めた長身の男は、そのまま農家の家に入る。
元の持ち主たちが『積まれている』玄関を通り抜けて、仲間が居る部屋に入る。
仲間と思われる忍びは全部で十人ほど居た。
そして上座に居る彼らの主に、跪いて報告した。
「我が主。人質を話しましたが、雪之介が来るかどうか、微妙です」
長身の男がそう判断するのは無理もない。
何せ、雪之介は旅に同行する者に自身の素性や立場を明かしていなかったからだ。
彼が菜花の人質としての価値を疑うのは当然だった。
しかし忍び衆の主はそう考えていなかった。
むしろ大いに人質として役立つと考えていた。
木下藤吉郎が言っていたが、雪之介は案外、情が深いところがある。
無差別に人を殺すことはない。逆に向かってくる者には容赦ないが。
それに数日といえども、共に行動していたというのは興味深い。
人を寄せ付けない性格の雪之介。そんな彼が少しでも心を開いた存在が彼女だ。
「そうですか。では手はずどおりに……」
長身の男は部下に指示を出す。
その様子を見ている主は笑う。
雪之介を殺せば御館様から報酬が得られる……
日がとうに暮れて、丑三つ時。
甲府の町の南にある、地元の人間からは一本杉と呼ばれる大樹の前で、忍びたちは雪之介を待っていた。
一本杉の他には何も無く、周りは草の短い原っぱになっている。
縛られた状態の菜花とあやめ。口には念のために猿轡を嵌められている。
その近くには三人の忍びと長身の男が居る。もちろん、忍びたちは別の場所にも潜んでいる。馬鹿正直に全員で堂々と待ち構える必要などない。
月明かりがほとんどない、暗闇に近い夜。
そして刻限ちょうどに――雪之介は現れた。
「……虚しいな」
それは唐突に、当然のように姿を現した。
暗闇の中から当たり前のように、雪之介は忍びたちの前に出てきた。
雪之介と忍び。両者の距離はクナイを投げつけても避けられる程度。つまり互いの攻撃が当たらない距離になる。
「……雪之介だな!」
長身の男は大声で呼びかける。
しかしそんな必要は無かったのかもしれない。
長身の男だけではなく、忍びや潜んでいる者にも、彼がそうであることはなんとなく分かっていた。
声も出せない状況で菜花が暴れているのも証となっている。
「ああ。そうだ」
「……よく来たな。俺たちが何を要求するのか、知っているだろうに」
雪之介は「ああ、分かっている」と冷静に返した。
「その前に一つだけ頼みたいことがある。菜花と話をさせてくれ」
「……なんだと?」
長身の男は怪訝に思ったが、まあできることは限られていると思い「いいだろう」と許可した。
菜花の猿轡が解かれる――同時に菜花は叫んだ。
「どうして……どうして来たのよ!」
「…………」
雪之介を見つめる菜花の目から涙が零れる。
「聞いたわよ! 罪を犯したって! そんな人間ならあたしなんて見捨てればいいじゃない! なのになんで……!」
菜花は雪之介がここに来たこと自体、おかしいと思っていた。普段は無表情であまり喋らない、無愛想で冷たい人だ。それに知り合って間もない自分をどうして助けようとするのか、どうしてわざわざ殺されるような場所に来たのか。まったく、意味が分からなかった。
それに対して、雪之介は「人間、誰にも捨てて置けないものがある」と言った。
「それがお前だ。菜花」
「…………」
「安心しろ。すぐに――」
そこまでしか、言えなかった。
ぱあん、ぱあんと二発の銃声。
金属音が鳴り響き、雪之介はその場に倒れる。
「ゆ、雪之介……?」
彼は何も反応しなかった。
潜んでいた忍びによる火縄銃の狙撃。
いくらなんでも、撃ち抜かれてしまった雪之介は立ち上がれない。
「ゆ、雪之介……雪之介!」
何度も名を叫ぶ菜花。
しかし雪之介が返事をすることはなかった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます