第4話小型投石器

「お前たち、知り合って二日って聞くけど、どういう経緯で旅しているのよ?」

「それが聞くも涙、語るも涙の出来事なんだけどさ――」


 一晩明けて、結局一睡もできなかった菜花。しかし怪しい動きを見せなかった二人を疑うのは馬鹿馬鹿しいと判断し、素性を聞こうとする。

 朝飯を平らげた後、大仰に自分と雪之介の出会いを話す鉄太。当の雪之介は面倒なのか、自分の荷物を整理していた。


「……案外考えなしなんだね。払えないからって盗むだなんて」

「だってよ。まともに働こうにも元手も借金のカタで取られちまったんだ。一応、権兵衛の紹介で下働きしてたけどよ。給金が低くて低くて。絶対、親父の形見を取り返すまでに売られちまうぜ」

「でも盗むのは良くないわ」


 すると鉄太は「でも親父は鍛冶の技術は盗む物だって言ったぜ?」と不思議そうに答える。


「技術はともかく、物は盗んじゃいけないわよ……」

「えっ? そうなのか? ……気をつけるよ。それより包丁貸しておくれ。切れ味鈍っているから砥いでやるよ」


 刃物を貸すのはどうかと思った菜花だったが、うさんくさい雪之介が言うよりも裏がなさそうな鉄太は厚意で言っているらしいので、素直に渡した。

 鉄太は砥石を懐から取り出し、慣れた手つきで砥ぎ始める。しゅ、しゅ、という音が小屋の中に響いた。


「……砥石は持っていたんだな」


 ぼそりと雪之介が言うと「うん。これは取り上げられなかったから」と鉄太は目を逸らさずに答えた。

 そしてあっという間に砥ぎ終えてしまった。


「あんまり上等な包丁じゃないね。砥いでもすぐに切れ味は悪くなる」

「よく分かるわね……もらい物なのよ」


 菜花は立ち上がって「そろそろ村に案内するわ」と言った。肩には猟で仕留めた猪の肉を包んだものを担いでいる。


「兄貴。準備はいいかい?」

「……ああ」


 大箱を背負う雪之介。菜花は「結構歩くよ」とだけ付け加えた。

 外に出ると、朝日が森に差し込んで光彩を放っていた。山の天気は変わりやすいけれど、少なくとも村に着くまでは晴れであることは間違いないだろう。


「案内するのは、村の入り口までよ。後は勝手にしなさい」

「どうせなら村を案内してくれてもいいじゃないか」


 菜花のあまりの対応に口を尖らせる鉄太だったけど、彼女はそれっきり何も話さない。


「なあ兄貴。菜花のねーちゃん、村の住人なのかな?」


 こっそりと先頭を歩く菜花に聞こえないように耳打ちする鉄太に雪之介は「違うだろうな」と小声で返す。


「小屋で寝泊りしているんだろう。事情は分からないが……」

「でも村のために野武士を退治しているフシがあるんだよな。これについてはどう思う?」


 さらに意見を求める鉄太だったが、雪之介は「どうでもいい……」とつまらなそうに返した。

 鉄太は菜花に何か聞こうと思ったが、何を聞けばいいのか、どう聞いていいのか分からない。

 だから後回しにしようと考えたのだ。


「……村は農村か?」


 半刻も歩いた頃合に、雪之介が唐突に菜花に訊ねた。


「ああ。山間の村だから、そう田畑は多くないけど……それがどうかした?」

「見ろ。煙が上がっている」


 雪之介が指差すと複数の煙が昇っていた。


「炊事にしては多すぎる……」

「――っ!? 野武士か!」


 菜花は弓矢を取り出して駆け出す。いまいち事態が飲み込めない鉄太は「ど、どういうこと?」と雪之介を見る。


「どうもこうもない。村が野武士に襲われている。それだけのことだ」

「そ、そんな! 助けないと――」


 鉄太も菜花の後を追って駆け出す。雪之介は大箱を背負い直して、鉄太をそれなりの速度で追った。


 菜花が村に着くと、火の手が上がっていて、一人の野武士が村娘を追い掛け回しているのに直面した。

 ちくしょうと悪態をつきながら、菜花は弓を構えて矢を放つ。

 捕まえられそうだった村娘は悲鳴をあげる。野武士の後頭部に矢が突き刺さって倒れたからだ。

 まずは一人と周りの状況を見渡す菜花。


 野武士は五人ほど。弓矢で殺した仲間を見て、菜花が来たことを確認し、一塊になった。

 倒れている村人は少なくない。

 菜花の頭に血が上った。


「この――」


 菜花が弓を構える。すると野武士の一人が倒れていた――まだ生きている村人を盾にした。


「ひ、卑怯者!」


 喚く菜花。五人の野武士たちはへらへら笑っている。

 じりじりと近づかれてくる野武士に菜花はどうすればいいのか、分からない。

 まさに絶体絶命だった――


「なんてことしやがる! ずるいぞ!」


 大声で叫んだのは、鉄太だった。火がついた材木を不恰好な構えで野武士に向けている。


「おいおい。ガキが何してんだ?」

「そんなもんで俺たちに敵うと思っているのか?」


 下卑た声で鉄太を嘲笑する野武士たち。


「う、うるさい! 男には、戦わないといけないときがあるって、親父が言ってた!」

「ぎゃはははは! その親父はこう教えてくれなかったのか? 時には――」


 村人を盾にした野武士は最後まで言えなかった。ぱあんと頭に何かが当たって仰け反ったからだ。

 そのまま倒れ臥す野武士。身体は痙攣している。動けないようだ。


「な、なんだと!? どうして――」


 驚く野武士の一人も頭部に何かが当たって倒れる。

 残り三人になった野武士はまるで妖術を目の当たりにしているようだった。


「あ、あそこだ! 変な野郎が居る!」


 周囲を見回していた野武士の一人が気づく。

 家屋に隠れて野武士を狙った人間――雪之介を。


「なんだありゃ!? あいつが手に持っているのは、なんだ!?」


 三叉路にかたどられた木製の棒。二股の両端に弦が掛かっている。

 野武士は知らない。その見た目は滑稽とも思える絡繰――小型投石器によって発射される小石は、当たり所によれば人を殺傷できるということを。


「おい、あの変な男を――」


 雪之介に注目したのを見て、菜花は野武士に矢を放った。

 脇腹に命中した野武士は血を吐いて倒れる。


「ひいい! に、逃げるぞ!」


 残った二人の野武士は悲鳴をあげて慌てて逃げていく。


「あ、ああ。よ、良かった……」


 鉄太はガタガタ震えていた。少年の彼にとって、目の前で繰り広げられた殺し合いは恐ろしいものだったに違いない。

 そんな鉄太の震えを無くすように、雪之介は彼の肩に手を置いた。


「あ、兄貴……」

「……こいつらが野武士か」


 雪之介は野武士の身なりを見る。

 野武士にしては装備が整っている。武器も二束三文とはいえ、それなりなものばかりだ。


「……ありがとう。助けてくれて」


 菜花が気まずそうに雪之介と鉄太に礼を言う。


「いいんだ。それより、村の人はどうしているんだろう?」

「……きっと大半は山の中に逃げてしまったのよ」


 吐き捨てるように菜花は言った。


「しばらくすれば戻ってくるわよ……というか、その武器は何?」


 菜花は雪之介が持っている絡繰を指差した。


「小型投石器だ」

「……石の威力を上げて投げる武器ってこと?」

「そうだ」


 菜花は「ますます分からないわ……」と不思議そうな顔で言う。


「本当にあなたは何者なの?」

「……他人に教えるほどのことではない」


 雪之介は空を見上げて呟く。


「俺も自分が何者なのか、分からないんだ。虚しいことにな」

「……少しぐらい分かることを言いなさいよ」


 菜花が焦れたように言ったとき、鉄太が「お、村人が戻ってきたよ」と指差した。

 村の男たち。それらに守られている一人の老人。彼らは三人に近づく。


「……野武士を追い払ったようだな」


 老人の冷たい声。感謝の気持ちがない。やって当然と言っているような声音だった。


「……ええ。いつもどおりよ」

「この役立たずが。村人が何人死んだと思う」


 厳しい叱責に鉄太は思わず「な、なんだよその言い草は!」と抗議した。


「菜花のねーちゃんだって、頑張ったんだぞ!」

「……君は、誰かな?」


 老人の問いに「俺は鉄太だ」と堂々答える。


「こっちは雪之介の兄貴だ。それより――」

「村の者から聞いた。御ふた方が村を助けたと」


 老人は菜花に対する態度と一転して、深く頭を下げた。


「感謝いたす……そして図々しいとは思うが、お頼みしたいことがある」


 雪之介は「面倒だな」と呟く。


「……わしたちが何を頼むのか、お分かりになられたか」

「ああ。分かるさ」


 雪之介は溜息を吐きながら、本当に厄介事に巻き込まれてしまったなと内心思った。

 案の定、老人は頭を深く下げて、懇願した。


「野武士から村を守ってくれ。報酬は支払う」

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