第3話 あたしの時代がやってきた

例3 あたしの時代がやってきた、といつも言っているA子について記録しておく。


A子は、バブリーな青春を過ごして、ブランドものが大好きな女だ。

時代が令和に変わっても、ブランド信仰をやめる気配はない。


彼女がしがみつきたいものは何だろう。

『自分の価値を高めたい』

『上から下を眺めたい』

『リーダーとして君臨したい』


だから彼女はいつも言う。

『さぁ、時代があたしに追いついてきたよ。ついに本気出すよ』


30年間そう言っている。


いつ、本気を出すのか。


もう私はわかっている。


彼女は何もしたくないんだ。

彼女はブランドものの鎧で全身を固めて、

今世は、このまま生ききるつもりだ。


二百万円のエルメスも、

『やっすい』八十万のグッチも、

彼女の夫の稼ぎで買ったものだ。


なのに、彼女はいつも言う。


『あたしの時代がやってきたよ』


だから私はついに彼女に聞いてしまった。


『ねぇ、A子の時代って、なに?』


すると、彼女は、え?という顔をして言った。


『あたしが本気を出していい時代ってことよ』


『・・・』


今、本気を出しているのか、


30年前から本気を出していたのか、


あるいは、本気を出したら何をして、


どうなるのか、という疑問があったけれど、


それはもう、聞けなかった。


あっちがあっちなら、私も私で、

ふわっと聞き流すことにした。


A子の言葉には多分、なんの意味もないのだ。


『あたしの 時代がやってきたよ』


という名の栄養ドリンク剤なのだ、きっと。

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