第2話 愛する人を殺す朝〜迷惑な人~

例2

彼女のことも、忘れずに記しておきたいと思う。

超絶、娘依存の母親のことだ。

最初に言っておくが、彼女を責めているわけでも、

おとしめているわけでもないことを、わかってほしい。


この星に女性として生まれ、

妻となり、そして、母親になったとき、

頭がよくて、働き者で、まじめな女性が、

歩んでしまう道がある。


『依存』の道だ。


彼女は駐在員の妻として、和服を着こなし、日本文化を広めるために、

自宅で茶の湯のサロンを定期的に開いた。

パリで西洋菓子の学校にも通い、本も出した。

帰国して、自宅を本格的な料理教室サロンにしようとしていた。

そんな才気あふれる彼女がどうして、娘依存になったのか。


彼女自身の母親の、こんな一言が発端だった。


『女性が稼ぐと、家庭が壊れる。自分のことより、夫と子に尽くすことを考えなさい』

夫をサラリーマンから社長までに押しあげた人が言うのだから、

それを信じた。


家庭が壊れてほしくなかった。

夫に出世してほしかった。

娘に立派な人間になってほしかった。

だから、自分の料理なんか、捨て去った。

それが優れた女の、つまり、良妻賢母の選択と信じて。


彼女のひとり娘は、幼い頃からとても利発な女の子。

ニューヨークで生まれ、帰国子女として一流大学に入った。

世界一の製薬会社に就職を決めた。

そこまでは、良かった。

それで、満足して彼女は自分の道に戻るべきだった。


配属先が北陸地方だった。


それが気に食わなかった。

彼女は娘に言った。

『ママに任せなさい。あなた、営業で日本一になりなさい。

すぐに本社に戻してもらいましょう。二十代で部長にしてあげる』


夫を東京に残し、北陸に引っ越した。

娘は、二年で営業成績日本一を達成、本社で主任として

迎えられた。


しかし、母親は、主任というあいまいな肩書が許せなかった。


さらに会社の重役への贈り物活動を強化し、

娘の尻を叩いた。


娘は、三十歳の誕生日、電車に飛び込んだ。

即死だった。


母親は、中央線の運転見合わせのニュースを聞きながら言った。

『朝から何やってるのよ、迷惑な人。死ぬなら穴を掘って入ればいいのに。

あの子、大丈夫かしら』

娘にラインをした。

なかなか既読がつかなかった。


◆私からの伝言◆

『良妻賢母、なんていう言葉に縛られてはいけない。

一人の人間として、自由に生きるのよ。

誰に何を言われても、興味・関心を持ったをものがあるなら、

捨てちゃだめ。さもなくばあなたは、

愛する人を殺してしまうだろう』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る