第2話 父の事情
父は、この世界のこと、そしてなぜ自分自身が死んだことになったのか、かいつまんで話してくれた。
鳴滝さんも、元々は父に巻き込まれたのだと言う。
その結果、もう自分の世界には帰らず、ここで生きていく決心をしてお嫁さんまで貰ったんだと。
こうなるともう、父がすべての原因ではないのかと思う。
父がいい加減なことをしなければ、母は泣かずに済んだ。
鳴滝さんだって、自分の世界で幸せに生きられた。
母は言っていた。
鳴滝さんは、とても誠実な人だって。
だから、この世界でも幸せになれたろうけど、元の世界だったらもっと幸せだったはずじゃないのか?
聞けば聞くほど、腹が立ってきた。
この世界を救ったのも、巻き込まれた鳴滝さんなんだという。
じゃあ、父は僕と母を捨て、なにも成しえず、事態をかき回して混乱させただけじゃないのか?
そんな父が、今さら僕を呼んで、なにを話すというのだろう?
自分の目が冷ややかになっていくのを、僕は自覚していた。
「聡太、俺がここにお前を呼んだのは、選んでもらうためだ。
お前は、この先受験をして高校に進学し、場合によればさらに大学まで行くのだろう。
できれば、学ぶだけ学び、この世界に知識をもたらして欲しい。
でも、選択権は当然のことだが、お前にある。
向こうで就職して生きていきたいのであれば、そうしてくれ。
ただ、母さんも、一日も早くこちらに来たいと言っている。
その日が遅れれば遅れるほど、見た目、歳の差夫婦になってしまうからな。
だから、母さんがある意味行方不明になってしまう、そのつじつま合わせの負担は、聡太に強いてしまうことになる。
それは、本当に済まないことだと思っている」
「この僕が、なんでそんな苦労をしないといけないんですか?」
他人行儀だと、言いたければ言うがいいさ。
でも、僕は、父だというこの人に協力したくない。
「繰り返しになるが、父さんのしたことについては、謝る。
ただ、父さんにとっても、不可抗力だったことは間違いないんだ。
決して、お前も母さんのことも捨てたわけじゃない」
「そんなこと、もうどうでもいい。
好きにすればいいさ。
でも、僕は僕の道を歩く。
二度と干渉しないでください」
僕は、そう言い放っていた。
「聡太くん……」
鳴滝さんの声。
「君のお父さんは……」
「関係ないって言っているだろっ!
鳴滝さん、あなただって、本心では父というこの男を恨んでいるんだろっ!
それでいて、なんで僕を巻き込もうとするんだ!?」
僕は、立ち上がって叫んだ。
なんか、情けなくて悔しくて、どうやっても自分を抑えることなんかできなかった。
葬式のあと、母がどれほど泣き暮らしたか、この男は思いやりもしないんだ。
座っていた椅子が倒れて、けたたましい音を立てた。
「ごにょらろ、そうたる、ゔぁるばろ、ハルト」
黒猫のような女の子の声が響いた。
そして、僕は指の先まで固まった。
ひどい目に合わされた。
お説教とかって、身体を縛り上げられて耳元でつぶやかれると、倍は効く。
どんな意味でもだ。
銀色の髪の、鳴滝さんの奥さんという人が、形ばかり娘を叱った。
でも、本当に形ばかりなんだよ。
これが魔法だとしたら、それを解くことだってできるはずだ。
でも、そんなことには気が付かないふりで、娘を叱る言葉がビリヤードのように僕に向かって跳ね返ってくる。
それも相当に意図的で正確に、だ。
「きちんと話は最後まで聞いてから結論を出しなさい」
とか、
「感情にまかせた行動はよくありません」
とか、
「親には親の事情があるのだから、先走った判断はいけません」
とか。
これ、娘に言い聞かせるふりして、僕に言っているよね。
で、この娘の反応がまた、輪をかけて酷い。
「はい、人の話を聞かないと酷い目に合うんですよね、お母さま」
とか、
「はい、わかりました。
いきなり怒って、大声を出したりするのはよくないことなんですよね」
とか、
「きちんと事情を知るよう努力しないといけないんですよね、お母さま」
とか。
母親の方は僕を見もしないのに、娘の方は時々僕の反応を確認する視線を向ける。「どうだ、わかったか?」っていう眼差しだ。
で、怒ろうにも逃げようにも、それこそ髪の毛一筋ほども僕の身体は動かない。
さんざん晒し上げられたあとに。
「あ、ごめんなさいね。
気が付かなかったけど、今、魔法、解きますからね」
って、そんな母親の言葉、信じられるかよ。
どう聞いたって、笑いを含んでるだろ、その語調。
「セナ、ほら魔法を解いて」
「えっ、お母さま、解き方はわかりません」
この嘘つき
揃いも揃って、なんてキツい性格しているんだ。
絶対に、普段、「お母さま」なんて呼んでないぞ、この娘。
僕に当てつけるためだけに、こんな茶番を演じているんだ。
その証拠に、鳴滝さんの視線が安定しない。あっち行ったりこっち行ったりしている。
「
それでも、鳴滝さんがいよいよ口を挟んでくれて、ようやく僕の体は自由に動くようになった。
僕は憤然と席を立ち、部屋を出ようとして……。
「ごにょらろ、そうたる、ゔぁるば……」
僕、回れ右して、椅子に戻る。
もう一回、固められたくないからね。
僕は母に殴られた記憶はない。
でも、体罰の有効性は嫌というほどわかったよ。
これが体罰に相当するものなのかは、正確にはわからないけれども。
僕の眼差しは、怒りに満ちていただろう。
でも、「せな」という少女は僕のそれをまったく気にしていない。
どこか異常なのかと疑ってしまうほど、僕の怒りを感じていない。
それとも……。
僕なんか、怖くもなんともないってことか。
悔しいけど、魔法なんてものが本当にあって、それを使えるとしたら確かに怖くないだろう。
「せなさんっ、すみませんでした!」
せめてもの、反撃を試みる。
謝って、反撃に魔法をかけてくることはないだろう。でも、運動部仕込みのあいさつは、迫力を出すこともできるんだ。
「ゔぁるばろ、ハルト」
やりやがった。
僕は再び固められた。
「ためらい」とか「遠慮」ってものはねーのか、この娘には。
僕のことを固めたうえで、あろうことか小学生ぐらいなのに、物憂げな眼差しで僕を見た。
悔しいけど、僕はその眼差しに一瞬見とれた。
僕よりも、はるかに年上の女性みたいな表情だったからだ。
鳴滝さんの声が聞こえる。
「まぁ、いいか。
とりあえず、本郷、今の間にお前、遠慮せずにきちんと話しちゃえよ。
本郷の役割は、遠慮して話すと確かに誤解を呼ぶかもしれないからな。
実際に聡太くん、絶対誤解しているぞ。
人の話も聞きたくないって状態だったから、本当はよくないことだろうけど、星波の魔法で聞いてもらう機会ができたと思ってさ」
「……そうだな」
その結果、耳を塞ぐこともできないまま、僕は一方的に話を聞かされることになった。
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久水蓮花 @ 趣味小説書き(@kumizurenka22)様から再びFAを頂きました。
感謝なのです!
セナ(星波)です。
https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1350622311129309185
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