外伝2 聡太の旅
第1話 旅立ち
その娘は、漆黒の髪に白い肌、そして金色の瞳を持っていた。
どことなく、毛並に優れたしなやかな黒猫を思わせる。
そして、輝くその瞳は、飼いならされることを拒絶しているように見えた。
15歳になった僕が、その娘に会ったのは夏休みのこと。
その娘はまだ9歳だっていうのに、とても大人びた雰囲気を持っていて、つい目が惹きつけられた。
中3の僕にとってさえ、小学校の3年生なんて、本当に子供のうちに見える。
怒られる言い方かもしれないけれど、文字どおり眼中にない存在。
それなのに目が惹きつけられたのは、黒猫のイメージに引っ張られたからかもしれない。
− − − − − − − −
「実は父は生きている」と、そう母から聞かされたのが15歳になった時。
僕は鼻で笑った。
次は、母の正気を疑った。
そして、10kgもの金を見せられた。
それでも、僕は信じなかった。
学校が夏休みになって、母は僕を強引に、とある倉庫に連れ込んだ。
そこには、よくはわからないけれど、なぜか子牛とロバが2頭ずついた。
そして、床に描かれた円の中に、その動物たちと僕は立つように言われた。
動物たちの手綱を離すなと言われて、綱を握る。
ため息が出た。
母はここまで正気を失っていたのか、と。
今年は、受験の年だ。
こんな茶番に付き合わされているのは、時間の無駄でしかない。
正直に言って、「ふざけるな」としか思えない。
でも、母の状態の一部始終を見届けて、周囲の大人たちに異常を訴えるのはそれからでも遅くはないだろう。
そう思っていた僕の視野がぐらりと揺れて、なぜか木造の円形の部屋にいると認識したのは次の瞬間。
子牛が不安そうに鳴いた。
「も゛っ」って一声だけだけど。
僕も、たぶん「え゛っ」って声が漏れていたと思う。
周囲にはたくさんの大人たち。
どう見ても、日本人じゃない。
なにか話しているけど、さっぱりわからない。英語じゃないことは確かだ。
ほとんど呆然としている僕に、声がかかった。
「聡太!」
焦って振り返る。
僕は、父をほとんど覚えていない。
残された写真でなんとなく記憶を補強しながら、少ない記憶を忘れないようにしてきた。
その写真どおりの姿の父がいた。
10年は経っているはずなのに、妙に若々しい。
母と並んだら、母が歳上女房ってやつに見えるだろうな。
「なぜ……」
僕の口からは、とてもつまらない一言が漏れた。
円形の建物を出て、賑わっている街を歩く。
東京の大きな通りも歩いたことがあるけど、それに引けを取らない賑わいだ。
父は、とても楽しそうに見えた。
そして、父のあとを、現地の人たちが従うように歩く。
通りを往く人達も、父に遠慮しているように見える。
ひょっとして、VIPなんだろうか、父は。
「よく来たな。
とりあえず、王様にあいさつしよう」
父は、僕に視線を合わせない。
なぜか、とても照れているように見えた。
石造りの大きな建物にたどり着いて、門をくぐる。
マッチョな衛兵さんがいて、僕に敬礼してくれた。
おずおずと、その敬礼を真似たら、とてもいい笑顔で微笑み返してくれる。
胸には、何かの動物の爪が飾ってあった。
ヒグマか何かの猛獣かもしれない。
建物に入り、大広間を抜けたところで、ざわめきが聞こえてきた。
なにを話しているかはわからない。
でも、とてもとても既視感のあるざわめき。
子どもたちがたくさん、そちらの方から駆け出してきた。
そうだ、これは学校のざわめきだ。
なるほどね。
見物対象は僕なわけだ。
子どもたち、全員歳下に見える。
僕を中心に、半径1mほどの円の立入禁止区間が描かれていたように、そこから先に近づいてこようとはしない。
女の人の声が響いた。
ああ、学校だもんね。先生がいるわけだ。
ちょっと、いや、かなりきれいな人だと思う。
その先生の号令で、子どもたち、揃って声を張り上げた。
「聡太さん、こんにちは。
ダーカスにようこそ」
びっくりしたよ、それはもう。
「ありがとう」
そう返すのが精一杯。
そか、ここはダーカスという場所なのか。
といっても、この街なのか、この市なのか県なのか国なのか、いっそこの世界全部のことなのかはわからなかったけどね。
でも、その疑問はすぐに解けた。
「よく来られた、聡太殿。
余がダーカスの国王である」
やたらとかん高い声が響いた。
なんとなく聞き覚えがある。
カエルの軍人のアニメ、Y◯u Tubeでなんとなく眺めたことがあったな。とても、見るというレベルの話じゃなかったけど。
そうか、ダーカスというのは国なんだ。
とりあえず、どうして良いかわからないから、礼をしてあいさつをした。
「はじめまして。お世話になります」
運動部であいさつは大きい声で、と仕込まれていたのが役に立った。
そうでなかったら、声なんか出なかっただろう。
で、この王様、日本語喋れるのか……。
「まずは、ゆっくり話そう。
たぶん、母さんから話は聞いていないだろうからな」
父の言葉に僕はうなずいた。
父から、この建物は王宮だと説明された。
なんで王宮に学校が入っているのかはわからないけれど、まぁ、そういうものなんだろう。
王様にあいさつしたあとに、その中の一室に案内される。
父、そして父の元の会社にいたという鳴滝さん。そしてその鳴滝さんは、奥さんと黒猫のような娘を連れてきていた。
僕が、このあと、この娘にひどい目に遭わされるなんて、その時は思いもしなかった。
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