第3話 すごいんだぞっ!!


 パソコンを使って問題を列挙し、エクセルで表にしてプリントアウト。

 それを封筒に入れ、市の指定のゴミ袋に入れる。

 これで、すべてが炭の粉になっても飛び散らない。


 私だって、意地がある。

 旦那が、一番大切なことを言ってこない以上、こちらからデレてたまるか。

 必要以上にビジネスライクな書き方になったのは、みんな旦那オマエのせいだ。


 『息子の養育費を払え。 できる・できない

  きんを送れ。      できる・できない


 その2つが「できる」の場合、子供に分別が付いたら、会わせてやってもいい。

 また、残された両親に親孝行もしよう。

 さらに、必要に応じてこちらの世界で買い物をして、そちらに送るための準備をしてやってもいい』


 親切にも解答欄付き。

 まるで、不倫をしでかした旦那に送る、最後通牒みたいな手紙になった。

 そうか、逆に考えるとだけど、不倫をされたあとは、相手は死んだ者と同じになるのかもしれないね。


 自分でもよく判らないけれど……。

 パソコンの前でこの表を作らせたエネルギーは、最後は怒りそのものだったのかもしれない。「勝手なことをして、このクソ馬鹿旦那が」っていう思いだ。

 もうね、この手紙の行く先が、本当に旦那の元でなくてもいい。

 超常現象の証明なんかできないんだから。

 でも、初めて、運命の理不尽さに対する怒りを露わにできた気がする。

 少しだけだけど、すっきりした。

 それだけは感謝しないとね。


 ……明日も仕事がある。

 3時間ほどしかないけど、寝ておかなくちゃ。

 その間に、この封筒はまた炭の粉になっているだろう。



 − − − − − − − −


 朝起きて、封筒は送られなかったのかと思ったら、もう戻ってきていた。

 市指定のゴミ袋の中には炭の粉。

 テーブルの上にはしれっと封筒が乗っているから、一瞬混乱した。

 超常現象も、こう律儀だとありがたみが失せるな。


 やっぱりあやふやで、現象が起きたり起きなかったりするのが正しいオカルトなんだろうな。

 子供を保育園に送る前に、封筒の中身を抜いた。

 このまま仕事に行くから、家には戻れないからね。


 子供をチャイルドシートに固定し、ハンドルを握る。

 いつもと同じ時間、いつもと同じ踏切で、電車待ちで車の列が停まる。毎朝のことだから、このタイミングは知り尽くしている。

 そこで、二つ折りの紙を広げた。


 「愛してる。

 愛してる。

 ごめん、愛してる」


 たった3行。

 ふん、ウチの旦那が、鳴滝さんよりマシなのはこういうところだ。


 郵便切手を貼れば届くような、そんな気安く出せる手紙じゃないのは判っている。それを1回分使っても、リカバリをしようとしている。

 許してやらなくちゃね。


 返事には、少しは甘いことも書こう。

 ラブレターなんて、結婚する前だって書かなかったのに。

 今になって、しかも死んだ扱いの旦那に向けての文通開始。

 昭和かってーの。

 本当に、人生ってのは判らない。




 「お母さん、なにか良いことあったん?」

 「えっ、なんで?」

 電車が通過し車列が動き出す、そのタイミングで息子が言う。

 「お母さん、前みたいに、にこにこしてるー」

 無邪気な物言いに、どきっとする。

 そうか、私、前はにこにこしていたのか……。

 そして、今も。


 「お父さんがね、プレゼントをくれたの」

 話せるのは、今はここぐらいまでかな?

 「聡太がね、小学生になったら、話してあげる。

 楽しみに待っていてくれるかな?」

 「うん!」

 「誰にもね、そう、誰にも話しちゃいけないの。

 私と聡太だけの秘密。

 約束できるかな?」

 「はい!」


 うんうん。

 我が子ながら、なんていい子なんだろうね。


 どうだ。

 私の家族は、壊れてないぞ。

 健在なんだぞ!

 すごいんだぞっ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る