第23話 トーゴにて


 時間がない。

 ケナンさんとも話したいことは山のようにあるけれど、残念。

 とは言え、また帰ってくるからね。

 帰ってきたら、セリンさんとのこと、根掘り葉掘り聞いてやるー。


 街並みを見ながら、マランゴさんの工房に向う。

 大量の木材と、それを削る職人さん達がいて、すごい活気だ。

 で、削るそばから街の人達が持って行く。

 相変わらずの工法だなー。


 大工さん達は、組み上げるまでは手が回らないので、ひたすら切るのと削るのに特化。エフスの街の人達は、農閑期だし、寒いのは嫌だから、どんどん自分で運んで組み立てる。

 図面と柱に振られた番号を見れば、プラモデルみたいに組み上げられるけど、できあがるのは全部同じ家だ。でも、そこに不平を言うと、冬なのに野宿になっちゃうからね。

 結果として、エフスは街1つ、分業で大工仕事ができる集団ができちゃったよ。


 あとは、木造の強みで、簡単な改造はできる。

 自分の家族がやってきたら、おいおい増改築を考えて貰えばいいさ。

 逆にこの統一的な街並みが、そのうち名物になったりしてね。


 「『始元の大魔導師』様、いや、大公様。

 おいら、1000年前の大工もかくやと思うほど、存分に腕を振るえて幸せだ。

 大工の人生はね、削ることなんだよ。

 なのに、木材がなくって、それができない大工が大部分だ。

 ダーカスに来てよかったよ」

 おうおう、そうだよね。

 頭領の道具を見りゃ、その精進は判る。なのに仕事ができないんだからねぇ。


 マランゴさん、続ける。

 「まぁ、聞いてくれよ。

 ここへ来て、おいらもう一皮むけて腕が上がった。この歳でだ。

 だからよ、また、他のところで大工が必要ならば、おいらを呼んでくんな。

 どこへでも行くからよ」

 そうマランゴさんが口を動かす間にも、その手は見事な削り屑を生み続けているし、材木だったものはみるみるうちに鏡面加工されたような輝きを持って、柱になっていく。


 「確かに、人の手は、魔法を遥かに超えるものですねぇ」

 ヴューユさんが、負けて悔いなしって顔で言う。

 うん。魔法も凄いけどね。

 でも、言いたいことはとても良く解るよ。


 すげぇなぁ。

 石膏ボードなんてないし、クロスもない。だから、江戸時代の造りみたいな簡素な家だけど、でも、マランゴさんの建てた家に住んでみたいよ。

 それに俺、電気工事士じゃなかったら、大工が良かったなぁ。

 で、一度でいいから、頭領って呼ばれてみたかったなぁ。


 「大公殿下!

 御身がマランゴへの弟子入りを考え出す前に、トーゴに向かいますよっ!」

 気がついたら、ルーが耳元で必死に俺を呼び戻していた。



 − − − − − − − −


 まだ冬だからね、日は短い。

 薄暗くなりつつある中、トーゴの急流を下る。

 流れの所々にシロウサギが飛ぶように、川の水が白い波頭を立てている。


 気がつけば、ルーも普通の顔して乗っている。

 最初にここを通った時は、怖くて大なり小なりみたいな顔していたのにね。

 つまりこういう顔だ。(><)。

 それが、何度もケーブルシップで通っているうちに馴れたんだろうね。

 これも、うん、歴史だ。


 トーゴが近づくと、ケーブルシップのプラットフォームが白々と明るく照らされていて、そのまま繋がっている港までが明るい。

 船の帆柱が、天を突き刺すように伸びている。

 照明の魔法だろうけど、景気良く使ってるね。


 そして、プラットフォーム上には、デミウスさんとパターテさん。

 さらに、お歳暮の高級ハムみたいに網に巻かれた格好をしたラーレさん。

 しかも、畜産農家の組合長のインティヤールさんまでいるんじゃないか。

 なんで、ここに来ているのかな。


 ゴムボートが、ゆっくりとプラットフォーム横にたどり着いて、みんなの手が一斉に伸びて、ボートを固定する。

 今日の最終便だからね。明日の朝まで、放ってはおけないからだ。


 俺達が上陸して、積まれている荷物も荷降ろしされていく。

 デミウスさんが俺に近づき、剣を抜く。

 ああ、ここでもその礼からなんだ。

 不慣れなのが見て取れるよ。ケナンさんのにはどころか、トプさんにも遥かに及ばない。

 でも、ありがとうね。


 あいさつを終えて、デミウスさんがいきなりぼやく。

 「この礼式、ケナンに一日教わりに行ったんですよ。

 ですが、あの先生のって、見えないんですよ。

 見えないものは真似られない。

 本人はゆっくりのつもりでも、もう大変でしたよ」

 おお、ゴ○ゴ○3が、武器の扱いで他の人に負けるとは。


 そこへ、ルーが横から口を挟む。

 「大公殿下、まずはラーレにお声掛けを」

 公式の場だから仕方ないけど、殿下はやめてくれよ。

 で、なんだって?


 「妊婦を冷やしたら、命に関わります」

 ルーに、耳元でささやき足される。

 えっ?


 ああ、そういうことかあ。

 ラーレさんのお歳暮の高級ハムみたいな格好、防寒のために、布という布を体に巻きつけて、それを止めるために紐でぐるぐる巻きにされているんだ。

 これは確かに大変だ。

 早く、暖かいところに移動してもらわなきゃ。


 「ラーレさん、本当にお世話になってます。

 そして、おめでとうございます。

 俺、帰ってくるときは、お子さんの分もお土産持ってくるからね」

 「大公位、おめでとうございます。

 『始元の大魔導師』様。

 初めてお目にかかった日を思い出すと、見違えるようです。

 ルイーザ様もご活躍のようですね」

 「ええ、ラーレ。

 あなたのおかげです。

 ブローチもお似合いです」

 と、これはルー。


 さすがにニブい俺でも、ここで言外に言い合ったことは解る。

 ラーレさんとルーとで、本当に短い間だっだけど三角関係だったからね。

 でも、落ち着くところに落ち着いたんだ。

 そのために、最後にルーがラーレさんに渡したのが、このブローチだ。

 俺とラーレさんの手切れの証明というヤツ。元は狂獣リバータの歯。三角関係で、勝った方が負けた方に高価なプレゼントをするっての、この世界の風習だ。


 ラーレさんも愛情のどろどろというより、生活のためにという側面が強かったから、そのまま平然とこれを受け取っていた。ルーの「ブローチもお似合いです」ってのは、過去の経緯の確認以上のものは持っていない、と思う。

 だって、そもそものことを言えば、ラーレさんがブローチをつけてこない方が問題だからね。


 でもさぁ。

 ホント、一時だけでも三角関係の頂点に位置することができただなんてさ、ここへ来て本当によかったよ。もう、本当にって、繰り返し言いたいほど。

 たぶん、元の世界だったら、男が死に絶えた老健施設で、死ぬ間際に一瞬味わえるだけのことだったろうねぇ。


 「さぁ、冷やしたら身体に障ります。

 誰か、ラーレさんを」

 俺が声を掛けると、デミウスさんの隣りにいた人がラーレさんをエスコートして行ってくれた。

 いい子を生んで欲しいなぁ。

 鳶色の目付きの鋭い子が生まれたら、暗殺者としての英才教育してもいいかもって、良くないな。



 パターテさん、相変わらず老いた見た目に反して、自分の身体を軽々と運ぶ。

 「大公位、おめでとうございます。

 まずはご報告ですが、藁半紙、ほぼできあがりました。

 検品ののち、各国へ運び出します。

 また、そろそろコシヒカリとイコモの育苗を始めます。

 お戻りの際には、腹いっぱいの握り飯をごちそうできます」

 おおおお、俺が食べるのを諦めた1合のコシヒカリが、ここで増やされるはずだからね。

 ああ、お米のごはん……。

 そして、次の秋には、ここに一面の稲穂が棚引く風景が見られるんだなぁ。


 そこで、老畜産農家のインティヤールさんが言う。

 「旅にご同行させていただくレイラとその家畜のために来ておりますが、私が言うのもなんですが……。

 暖かく、明るい室内に移動して話しましょう。

 ルイーザ様も女性にて、お体を冷やさないほうが良いのは自明のこと」

 あ、そうだね。

 さすが、女体に詳しい。

 って、これは誤解を呼ぶ表現だなー。

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