第24話 トーゴの解決
インティヤールさんが、ルーの身体までを気遣ってくれて、暖かい建物に入る。暖かい空気に触れると、やっぱり冬の野外は寒かったんだって改めて自覚するね。川を下るってのは冷えるんだよねぇ。
これからは、ルーがあんまり寒くないように気をつけようって思ったよ。
うん、ここもエフスと同じく、マランゴさんの、マランゴ工房作の建物だ。
ドアなんかの仕舞いが良くて、それだけで職人技が感じられて気持ちいいよね。
ここは、トーゴのお風呂の建物。
お湯があるからか建物も暖かいし、入浴後のくつろぎ用の空間も広いし、こういうときには利用しやすいよね。
港だから、倉庫街も予定されているけど、そのうちに会議室完備の大規模ホテルも必要だろうなぁ。
田んぼを減らさないように、土地利用の計画を作っていかなきゃだけど。
出港の予定は、明後日。
だから明日は、ひたすら準備ってことになる。
本当はもうちょっと余裕が持てる計画だったけど、本郷への引き継ぎで一日ずれちゃったからね。
新たに船に彫り込まれた魔素充填用の文様も確認しないとだし、結局大した数にはならなかったけど、ありったけのコンデンサを結線しておかないといけない。
当然のようにその合間に飲料水とか食料も運び込まないとだし、
「さて……」
全員が座ったのを確認して、話の口火を切ったのはデミウスさん。
「食事を運ばせますから、それを食べながら話しましょう。
まず、今のトーゴの状況の説明をさせていただきます。
旅立たれる前に、お考えをお聞かせいただきたいところもあります」
ぎくぎく。
なにを聞く気よ、俺の考えってさ。
いい考えなんて、そうは浮かばないぞ。
でも、その前に……。
「分かったよ。
話は聞くからさ、その前にさ、殿下はやめてくんないかなー。
『始元の大魔導師』の方がいいな、せめても」
「わかりましたよ。
そういうところ、お変わりありませんねぇ。
仕方ありません」
くっ、仕方ないんだ……。
デミウスさん、続ける。
「まず、冬場の仕事としての、藁半紙づくりは順調です。
ですが、これに造船作業が加わって、労力不足を起こしています。
その一方で、現金収入が相当に見込まれることから、ここにいる者たちの奥さんや婚約者もぞくぞくとここにたどり着いています。
来秋の収穫まで呼び寄せるのは無理と思われてましたけど、前倒しができたんですよ。これはもう、完全に『始元の大魔導師』様のおかげです。
藁半紙づくりは、藁の繊維を砕くのに水車動力の石臼を使う目処が立ちつつあることから、大幅な省力化が見込まれています。なので、男手でなくても良くなりますから、ここに来た女性に任せようと思っています。
男手は造船と棲み分けができれば、労力不足は解消です」
それは良かった。
しっかし、藁半紙が女性を呼び寄せるとはねぇ。
デミウスさん、話し続ける。
「この共働きとイコモ生産で、世帯あたりでリゴスの都市部を超えるほどの高所得を得られる計算になりますね。
これは驚きの数字で、よくもまぁ、この辺境でそこまでの街を作れたものです。
港と漁業もありますから、この先ここはさらにとんでもないことになるでしょう。
ただ……」
「ただ?」
なにが問題と思ってるん?
「良くも悪くも、こうなると独自の政治と行政が必要なんですよ。
この先、遠くない未来でさらなる人口の流入と、治安の悪化が起きます。
ダーカスでは警察と軍が分離されていませんが、リゴスのように分離の必要が生じるでしょう。
首都ダーカスでさえ不要なことが、トーゴで必要になるのです。
なので、ここである程度の決定権を持つ、権限を移譲された機関が必要です。
ただ、それをどう王様にお願いするか……。
反乱の意思などありませんが、これは提案するのが恐ろしいです。下手をすると処刑されかねない……」
んー、話の持って行きようってことか……。
まぁ、ダーカスの王様、無闇矢鱈と人を疑うようなことはないし、名君だとは思う。
でも、トーゴが独立させろって言ってきたら、そりゃあ首を縦に振らないだろう。振らないからこその名君とも言えるし。
独立機関の設置と独立で、明快な差を示せないと、そりゃあ勘ぐるかもしれない。
元いた世界だと、どうなっていたっけ。
県と国の関係かな。
県が国に対して反乱を起こすと思われてないのは、って、あまりに簡単じゃん。県には自衛隊がいない。国にはいるけど。
そか、警察と軍を分けて、軍は国だけが持てるようになっているんだ。
そういえば、ダーカスの王様も政軍魔学の分離を進めようとしていたし、軍は独立規定される組織として法律を整備してた。
よしよし。
じゃあ、王様に話の持っていきようがある。
「デミウスさん。
街を守る警察と、国を守る軍はダーカスでもしっかり分けられつつあります。
なので、トーゴの行政機関に軍は不要だと明確に伝えてください。
欲しいのは警察だけだって。
それで大丈夫です。
そして、逆にですが、安全保障のためにも軍は欲しいと。王の指揮下の軍に港を守って欲しいと併せてお伝えを」
「なるほど、自分の首を最初から差し出してみせるという側面もあるのですね。
なるほど。
いや、なるほど……」
まぁ、この世界、どの国もまだ警察と軍は明確に分離されていないからね。リゴスはなんとなく分離しているけど、ダーカスは完全に一緒だ。
トプさんは、警察の仕事もしているからねぇ。
でも、きちんと目的別の組織が、目的に沿ってあるべきだよね。
「いや、そんなに『なるほど』を連呼されるほどのことじゃ……。
ただ、
王様にとっては、タイミングの良い話だと思いますよ。
軍の配置とか含めて、考えていく切っ掛けですからねぇ。
で、街に現れる犯罪者が凶悪化したら、協力し合える関係にもなれるでしょうから」
「それもそうですね。
きちんとその辺りも含めて、王様と話してきます。
いや、やはり相談してよかった。
この上、ここの住人たちに夜警までさせられませんからねぇ。
助かりましたよ」
と、デミウスさん。
そこでルーが口を開いた。
「デミウス、本音は安心できる子育て環境の充実なんじゃ?」
「あ。
え、あ、まぁ」
「元々はラーレの提案でしょう?」
「……」
「なら、状況次第ですけど、学校の設置も併せてお願いした方が良いですよ。
ついでに、芋菓子のお店の支店とか、給食のための食堂の支店とか、ダーカスと同等のものを子どもたちのために、と」
「解りました。
ルイーザ様、ご助言に従います」
デミウスさんの神妙な答えに、周囲から笑いが湧いたよ。
順調にラーレさんの尻に敷かれているなぁ、デミウスさんも。
ま、その結果、生活に必要な機関が充実するなら、それはそれで
いいことだよね。
「お2人にトーゴに寄っていただけて、本当にありがたかったです。
明日明後日は、天気は大丈夫です。
トーゴは、これからの2日、総力を上げて出航の準備に協力します。
ありがとうございました」
どよどよって、トーゴのたくさんの人達が賛同する声がする。
「ありがとうございます」
これで、明日は俺、自分の仕事に集中できる。
そして、確実に明後日の出航の目処が立ったよ。
ありがとうございます。
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