第22話 エフスの友情
ダーカスのみんなに向けて、腕を振り続けて疲れ果てた俺、ようやく前を向く。
エフスまでまだ間があるから、寝ることもできる。そもそも昨夜、一睡もしてないからね。
でも、この景色もしばらく見られないか思うと、いささか残念で寝る気にもなれない。
この川を何回、上ったり下ったりしたかなぁ。
まぁ、戻ってこないことが前提のような感慨を抱いても仕方ないんだけれど。
エフスが、というよりエフスに掛かる木造橋が近づいてくる。
ここで、俺とルーとヴューユさんは上陸予定。
ケーブルシップはそのまま下って、他の人達と荷物を運ぶ。
すれ違った上りの便が再び下ってきたら、俺達はそれに乗る予定になっている。
橋の回りには、やはりたくさんの人達。
そして、ケナンさんとセリンさんが出迎えてくれた。
マランゴさんもいる。
アヤタさんはトーゴで密航覚悟で身を潜めているんだろうし、ジャンさんはゼニスの山の探検を続けている。
俺がケーブルシップからエフスのプラットフォームに降りたところで、ケナンさんが剣を抜いた。
ミスリルの長剣が、針ほどの光にしか見えないほどの素早く複雑な動きで空を舞い、ケナンさんの顔の前で立てられて止まった。
ああ、これ、ダーカスの王宮で、トプさんが見せてくれた剣による礼だ。
で、そのスピードと見事さでは、トプさんのはるか上を行く。
さすがはミスリル
俺、ケナンさんに近づく。
次の瞬間、ケナンさんは俺の前方から脇に動き、剣は右側の下段に構えられる。
その途中の動き、剣どころか身体の移動までが、俺の目には全然見えなかった。
俺が身体を回しケナンさんに近づくと、魔法のように剣は鞘に収まっていた。
うーん、本気になったケナンさんからは、逃げることすらできないなぁ。
「大公殿下。
エフスの街は、大公殿下を歓迎いたします」
途端に、エフスの人たちが湧いた。
拍手が起き、口笛が飛ぶ。
その大きな音に紛れて、ケナンさんが言う。
「大公殿下、いよいよ登り詰めましたなぁ」
「……ケナンさん、冗談はやめてよ。
特に殿下は勘弁して欲しい……」
「変わりませんな、『始元の大魔導師』様は……」
「それより、サヤンを懲らしめてからあまり来れてなかったけど、上手く行ってるん?」
「では、これより崖を登り、その目でご覧ください」
そう言われて、俺、崖の小道を上りだす。
ここも、エレベーター作れたらいいよねー。来年、収穫が始まったら、輸送のボトルネックになりそうだもんね。
崖を上りきって、おもわず「ほー」って声が漏れた。
真新しい町並みが、そこそこできあがりつつある。
当初のゴム引き布でテントを作っていたときの、難民キャンプみたいな風情はもうどこにもない。街にとって、家ってのは重要なんだねぇ。
形式としては、サフラ風の家だけど、たぶん中身は集合住宅なんだと思う。
そして、街の中心からちょっと離れたところに、完成間近なひときわ大きな建物があって、これはもう見るからにお風呂。屋根に、湯気の息抜き穴があるからね。ここの施設は、トールケの温泉と同じくマランゴさんの作だから、仕上がりも同じだしですぐに判ったよ。
「このたび、ケナンからの申し付けにより、あの施設の運営をさせていただきます」
セリンさんが、俺の視線の先を追ってそう言った。
「よろしくお願いいたします。
故郷から、家族を呼び寄せている人達もいるでしょうし、その数もどんどん増えるでしょう。女性や子供も安心できる街づくりの一環として、くつろげる場所を守ってください」
「はいっ!」
はりきった、良い子の返事だ。
セリンさんが、求められた仕事を精一杯やる人だということは、俺も解っている。最初は、ケナンさんの言葉で俺をカエルにしようとしたとき、ブルスで
だから、もうこの施設も安心だよね。
「で、お2人はいつ?」
ルーの口から、唐突な言葉。
それ、どういう意味?
訝しげな視線を向ける俺に、ルーはしれっと答える。
「アヤタが船に乗りたい理由は、大公殿下と行動を共にしたいという、それだけじゃないでしょう?
ジャンも、ゼニスの山の調査は解るんですけど、それにしても帰ってこなさすぎです。
ジャンは、見ちゃいられないってことでしょうし、アヤタは身を引いたんでしょうよ。
もう、見え見えなんですよね」
ああ、にぶちんの俺でも、さすがに理解しました。
そういうことですか。
ケナンさん、鉄のように表情を変えない。
嘘つくとか取り繕うなら、心外って顔すればいいのに。
セリンさんも、下向いちゃダメだ。最初から取り繕えてない。
となると……。
「ちょっとちょっと、ルー」
ひそひそ。
「なんです、急に?」
ひそひそ。
「俺、大公だよね?」
「なんの確認です?」
「大公の権能に、叙勲とか、褒賞とかあったよね」
「ケナンとセリンの結婚祝いに、叙勲はダメですよ。
アヤタ、ジャンとの間に不和の種を蒔いちゃいますよ」
おお、さすがはルー、よく気が利く。
でも、違うんだ。
「ケナンのパーティー全体への叙勲とか褒賞なら、特に問題ないだろう?」
やっぱり、ひそひそ。
「なるほど。
これで解散になるにしても、パーティーの名を残すだけの名誉を与えるのですね。
どうしたんです?
こんなことを考えるだなんて、いきなり大公殿下として自覚でも湧きましたか?」
くっ、ルー、俺へのアタリがきついぞ。
「……うるせぇ。
この場でなんとかなる、いい案がなんかないか?
なんか出せ」
「いきなり、無茶振りしないでくださいよ。
なんらかの名誉を与えたいし、それは残るものが良いわけですよね。
しかも、税制に影響しないものの方が、ダーカスの王様も追認しやすいと……」
うう、そうだよね。
ルーの言いたいことは解る。
ここでダーカスの王様の処置を上書きしすぎると、大公がダーカス王に反乱を起こしたようにさえ見えちゃう。
ルーの頭が、ちーんって音を立てたような気がした。
答えが出せたんだろうな。表情が明るく変わったよ。
「そうですね、なにかにケナンのパーティーという名を付けるのはどうです?
これなら、ダーカスの王様も追認しやすいですよ?」
「おお、なるほどー。
名前だけならば、実際にものは動かないし、永遠に残るもんな。
でも、ここ、なんも飛び抜けて珍しいものはないぞ」
「なければ、作ればいいんです。
例えば、ケーブルシップのプラットフォームから、ここまで登るのにエレベータを作って、それに『ケナンのパーティー』って名前を付けるとか……」
ルー、その表情からして、自分がセンスの凹んでいること言っている自覚がありそうだね。
そんな名前のエレベータ、ヤダ。
「なんか、いっそのことだけど、パーティーつながりでダンスパーティーでもする?
作るのは、イベントだって良いんじゃないか?」
「それ良いかもですね。
春が来て種を蒔く祭りに『ケナンのパーティー』って命名しても、しっくりきますね」
「きっと、きっかけさえあれば、街の人がどんどん盛り上げてくれるよね。パーティーの意味が違っちゃってもさ。
よし、それでいく」
俺、俺達を取り巻くエフスの街の人達を見渡す。
「歓迎、感謝します。
私から皆さんへのお礼のプレゼントとして、これから春の種蒔きに向けた、種蒔き祭りを提案します。
最初のここの統治者、ケナンを記念し、『ケナンのパーティー』と名付けましょう。
そして、私からはその祭りに対し、銀貨を100枚を寄付しましょう。
食事のお振る舞いでも、街を美しくする飾り付けでも、なんでもご自由にお使いください!」
どおおお。
どよめきが湧くけど、みんな笑顔だ。受け入れて貰えたらしい。
これで、『ケナンのパーティー』の名は残るはずだよ。
ケナンさん、街のできあがり具合を見て歩く俺の後ろに、ぴたりと張り付いて護衛してくれている。
「『始元の大魔導師』様、私達は、あなたに人生を変えられちゃいましたね。
ありがとうございます。
必ず無事にお戻りください。
そして、アヤタをよろしくお願いいたします」
ケナンさんの声が、周囲の喧騒の合間にそっと響く。
儀礼ではなく、ケナンさんという人の真摯な思いが、この場で漏れたのだろうな。
俺、あえて振り返らずに手を振った。
またな、ケナンさん。
ありがとう。
あなたがいなかったら、トーゴは未開の地のままだったかもしれないよ。
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