第21話 ダーカスとの別れ
ダーカスの朝は早い。
どっかで聞いたような言い方だな。
この1年のことを話せるだけ話し、本郷の目の下には隈ができた。
俺も、そこまではいかないにしても、疲れ果てた。
王様も大臣さんも、そしてルーも、もう話すという機能を使いたくないっていうところまで話した。
で、俺と本郷、明け方の風呂に浸かって、身体を温めている。
広い湯船を貸切状態。
朝風呂っていいよね。
はまったら、身上、潰すわけだ。
未だ、松の葉のようにやせ細ったままの本郷と、ものも言わず湯の中に
「昼の便で、海に向かうんだったよな?」
「ああ。
船に乗ったら、風呂もお預けだなぁ」
思いっきり伸びをしたら、肋骨の隙間から温かさが身体の中にたくさん入ってきたような気がした。
本郷、半眼になってお湯を楽しみながら話す。
「今回、王様って存在、初めて認識したよ。
リゴスの王様とは、あいさつだけだったからなぁ。
じっくり話して、ありゃあ、やりたくない仕事だと思ったな。
どうするよ?
海の向こうで、領土なんか得ちまった日には本当の王様になっちまうぞ」
「いいよ、そんときゃ、お前にやる」
「ばーか、んなことが通るかよ」
湯船がだんだんと明るくなってくる。
朝日が上ってきたのだろう。
いい加減、俺も出発の準備をしなきゃだ。
「鳴滝。
とりあえず、ここは俺に任せろ。
後ろを振り返らず、好きに行ってこい。
今のお前ならば、どこへ行っても大丈夫だ」
「わかったよ、社長。
お前こそ、ドジ踏むなよ。
スパイの女2人をうまく操縦しようなんてのは、思い上がってると足元すくわれるぞ」
「……ルイーザさんに操縦されている、お前には言われたくないな。
別れたとは言え、子持ちだぞ、俺は」
「……エラソーに言うな、捨てられたくせに」
「うるせぇ。
それでも、20年後、30年後、また会う日も来るかもしれないさ。
ま、少なくとも今の俺は、女には溺れねーよ」
間が空いた。
なんか、本郷に掛ける言葉が見つからない。
でも、その間を、風呂のお湯が埋めてくれる気がした。
更衣室が賑やかになってきた。
ダーカスの年寄りたちが、こぞって朝風呂を浴びに来たのだ。
「本郷。
戻ってきたら、また一緒に入ろうぜ」
「応っ」
ま、こういうのも男同士、いいもんだよな。
風呂を出て……。
健康ランドの建物を出たところで、本郷が立ち止まった。
体力的にそう長く歩けるわけじゃないから、疲れたのかなっと思って顔を窺う。
まだ、ルーが風呂から上がってきてないからね。疲れたのなら1回戻って、横になって貰ってもいい。
「なぁ、鳴滝。
この風呂の廃湯、下水処理のプールに行くんだよな」
「ああ。
すげーだろ、今の段階から環境に配慮しているんだぜ」
「もったいなくないか?
排熱使って、畑の作物の育苗をすれば、収穫期間を30日前倒しできるぞ」
真顔で言う本郷に、俺、笑っちまった。
俺達の世界ならば、温室は当たり前だもんな。そう考えるよな。
「まだ、板ガラスを作る技術がない。でも、
農業のタットリさんにも話して、あとは好きにやれよ。
ここでは、それができる。
楽しいぞ」
俺の応えを聞いて、本郷も笑う。
ようやく建物を出てきたルーが、不思議なものでも見るように、笑い合う俺達を見ていた。
− − − − − − − −
ネヒールの大岩の周囲には、点描で描かれた風景画に見間違うほど、ダーカスの人々が集まっていた。
たぶん、今ならダーカスの街、空き巣に入り放題だろうな。
俺達出発組は、ケーブルシップのプラットフォームにいる。
正装した王様を始めとして、一緒に過ごしてきた人達もだ。
「行ってきます。
必ず戻ります」
俺、声を張り上げる。
俺の左横のルー、胸に手を当てて、ダーカスのみんなに対して最上級の礼をしている。
右側にはヴューユさん、こちらは優雅に一揖している。
王様が、横の書記官さんから、布のかたまりを受け取った。
そして、俺のよりずっと通る、ケロ□軍曹っぽい声を張り上げた。
「我が友にして、『始元の大魔導師』である大公殿。
出発に際し、ささやかなる贈り物を受け取って欲しい」
そか、王様が各国を訪問したときも、プレゼント交換があったよね。
でも、俺、なにも用意してないぞ。
「このフェロンを」
そう言って、王様、俺に頭から被せるように服を着せかけてくれた。
4枚の葉の模様が、浮き上がるように全身に散りばめられている。
ああ、これ、ブルスの薄い布を何枚も重ねて、さらに刺し子みたいにしてまとめてあるんだ。
王様が声を張り上げる。
「4枚の葉は、大公位の象徴である。
そして、この縫い目は、ダーカスの民、ひとりひとりが縫ったもの。
他の大陸で『豊穣の女神』の信仰が残っており、儀礼が続いていれば、どのような者が訪れたのか、先方がおのずから理解するであろう。
また、どこに行かれても、ダーカスは大公と共にあり、そして故郷。
では、再会する相手に、長々とした別れのあいさつは無粋。
無事の帰還をお祈りする。
さらばだ!」
ダーカスの人たちが復唱した。
「さらばだ!」
そのあとは、もうまともに聞き取れない。
「待っているからな!」とか、「ありがとう!」とか、「この貧弱ぅー!」とか、それはもう聞き逃がせないのまで含めて、いろいろな声が飛んでいる。
俺、不覚にも涙がこぼれそうになって、歯を食いしばる。
ルーに促されて、ゴムボートに乗る。
お返しも、なにもできなかったな……。
水車のクラッチが接続されて、ゴムボートが動き出す。
俺、精一杯の思いを込めて手を振り、もう気持ち的に片手では足らなくて、両腕をぶんぶんと振った。
ダーカスのみんな、急速に静かになった。
ああ、泣いている人達が見える。
ありがとうー。ありがとうなぁー。
本当にありがとうー。
……良かったのは、ここまでだった。
この場にいる、1000人以上の全員が忘れていたこと。
ネヒールの流れはまっすぐだ。
視界を遮るものは、何一つとしてない。
30分後の、気まずさったらなかった。
帰るに帰れず、手を下ろすに下ろせず……。
それでも、疲れ果てて徐々に、歯が抜けるように帰りだすみんな。
手を振るのにも、疲れ果てた俺。
ごめんねー、ダーカスのみんなー。
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