第20話 2つの問題


 ……王様の言う、2つの問題って、なに?

 「1つ目だ。

 大公殿には、ルイーザがいた。

 ルイーザが誠に良き働きを見せ、王宮、魔術師、各職人やギルドに至るまで調整し、それぞれの誤解を解き、すべてを順当に調整してくれていた。

 ルイーザが大公殿と共に旅立ってしまうと、その調整機能が失われてしまう。

 それをどうするかだ」

 グループルーの調整機能のことか。

 これは俺が連れて行くぞ。

 ダーカスに置いていけないからなぁ。


 「2つ目が、本郷殿。

 そなた、家族を元の世界においてきたはず。

 どうされるお心計つもりか」

 これも、大問題だよな。

 本郷には、子供もいるからね。

 召喚して連れてきたら、子供まで日本を離れて、一生ここで生きていくことになる。


 本郷が答えた。

 「つまり、秘書が必要ということですね。

 私が別の世界から来た人間で、その行動が誤解を招くこともあるでしょうし、人間関係のクッションが必要と。

 仰るとおりだと思います。

 ただ、私にはこの世界で、信じるに足る人は知りません。

 だれか、良い人はいませんか」


 王様、思いっきり難しい顔になった。

 「『ではこの人』と言えぬのが、この問題の難しいところでな。

 先程の、ご家族の問題も絡むのだ。

 本郷殿の妻子を呼び寄せるのであれば、担当する者は男がよろしかろう。

 それだけ、選択の範囲が狭まるが……」

 そりゃそーだ。

 職場には、美人秘書、家には子供を抱えた奥さん、これは揉めるよね。


 俺自身は、「彼女いない歴=年齢」の身軽さだったからね。

 ずっとルーと一緒にいても、俺自身にはなんの問題もなかった。

 いや、ルーが『豊穣の現人の女神』とかになっていなかったら、一緒の意味が変わって、別の問題が生じていたかもしれないけどね。



 「この場でお伝えしてしまいますが……」

 本郷、単純に辛そうだ。良い返事ではなかったのだろうな。

 思い出してみれば、奥さんに手紙を書くって言っていたよな。

 返事、来たのかな。


 「リゴスの魔術師にお願いし、向こうの世界の妻子と手紙の召喚、派遣をしました。

 妻は……。

 妻は、子供の人生をこちらの世界に移すことはできないと。なので、子供を置いてこちらに来ることもできないと。

 ある意味、当然の答えです」

 辛いな、本郷。


 ……やっぱり、そうなっちまったか。

 本郷の奥さんの立場に立って考えれば、仕方ないと思うけどさ。


 「これから、電気も水道も医療も高等教育もない国へ行く。子供もだ」って言われたら、付いてきてくれる人って、たぶんいない。

 アフリカの奥地かって言いたくなるような、インフラの状況だもんな。

 これは辛いよ。

 俺は、ここの世界がいいけど、いざその良さを人に説明しろって言われると困る。

 やっぱり、インフラは重要だと思うよ。

 

 まして、本郷については、一度葬式まであげちゃったからね。その人が1年経って、実は生きていたから来てくれって、二重にハードルが高い。いや、子供の人生をも考えれば三重だな。

 そもそも、本郷の奥さんにとっちゃ、ここは死後の世界という認識になりかねないしなぁ。


 「1年に1度、元妻には、子供の養育費として金を送ることになりました。

 その替わり、ですが……。

 例えばこの世界の家畜ですが、1つがいずつしか持ち込んでいないようですから、血が濃くなりすぎる弊害もあるでしょう。そういうものの召喚し足しについて、協力することを約束させました」

 「本郷……、なんと言っていいか……」

 俺、言葉に詰まる。

 別れは私事だ。そこに、この世界の救いを絡める本郷の考えというか、心情は察するに余りある。

 別れたくなかったんだろうな。子供も可愛がっていたし。


 「鳴滝。

 当たり前のことだ。

 妻は両親も健在だからな。いきなり失踪するわけにもいかない。

 いい人生を歩んで欲しいものだ」

 「確かに、俺の持ち込んだものは、いろいろと不十分だ。

 召喚し足せるならば、それはありがたい。だけど、奥さん、それとか養育費のためとかに、金の売却なんかできるのかよ?」

 そう聞いたら、本郷のヤツ、笑いやがった。


 「鳴滝、お前は考えすぎなんだよ。

 俺が売るなら粒金で箪笥たんすからでてきたって売るけど、女が売りに行くならば、んなもの、この世界でアクセサリーにでも、できの悪い状態に加工してから運べばいい。

 その上で、そのままアクセサリーとして売るんだ。

 家に伝来していたけど、細工がよくないから、仕方なく地金価格でいいってな。

 売っちまったあとで、買った方が鋳潰そうがそのまま使おうが、それは知ったこっちゃないさ。

 要は、金じゃない。ブローチや指輪を売るんだよ」

 「あ、ああ、なるほど」

 俺、馬鹿正直に金そのものを、地金屋に売ろうとしていた……。


 「加工されたカタチさえあれば、地金じゃなくなるからな。売り先はリサイクルショップでいい。金の指輪とか、チェーンとかなら買い取る店もたくさんあるから、あちこちに売り歩くこともできるさ」

 インゴットとか粒金とかに拘っていた俺、バカみたいだな。



 本郷、王様に向き直る。

 「ともかく、そういうことなので、秘書役は別に男に限定されることはないです」

 「では、余が思う第一候補だが、エリフはどうかと思うが?」

 と王様。

 マジかよ。

 思わずため息ついたよ。

 信頼の真逆じゃねーか。


 エリフってさ、リゴスの魔法学院からきた、まぁ、露骨な工作員だ。

 魔術師ですげー綺麗な人だけど。

 旅の帰りの船の中で、すすすって近寄ってきて、俺、免疫ないから一気にダメになって、逃げ回っていたんだよね。

 笑わば笑え、積極的に近寄ってくる美人は怖いんだよ。

 なんせ、今までそんな経験、一度だってないから。

 で、ダーカスまで来て貰わないで、今もトーゴに逗まってもらっている。


 「エリフも、このままでは帰れまい。

 大公殿に取り入るつもりが、『避けられるようになってしまった』などとは言えなかろう。

 まぁ、そのような役目を申し付けられる娘ゆえ、気も利いておろう。

 ならば、もう1人の『始元の大魔導師』殿の監視についたとなれば、あの娘の立場も安泰となり、本郷殿のために必死で働くであろうよ。

 なんせ、近くで『始元の大魔導師』殿の働きを見ることができ、王宮にも出入りできるのだからな。情報を得るとなれば、これ以上の立場はない」

 「よろしいのですか?」

 これは大臣さんが確認した。


 「よい。

 ダーカスは魔法学院と敵対したことはないし、これからもなかろう。

 まだ、小なりとは言え、ダーカスも一つの国家。

 『始元の大魔導師』殿の活躍も、その一面に過ぎぬ。安全保障、国の方針については、『始元の大魔導師』殿によって変わることはあれど、最終決定は余、そこに余人の判断を交えることはありえぬ。

 なにより、個人的な信義はとにかく、仕事については信用に足りよう」

 うわー、工作員だからこそ、良く働くってか。

 

 本郷が再び口を開いた。

 「ならば王よ、もう1人、お願いしたき人材がおります」

 「ほう、だれか?」

 「リゴスで我が看病をしていた女性なのですが、彼女も間者だと思います。

 この間者が、リゴス王配下であれば、声を掛ければ二つ返事でここまで来ましょうし、リゴス王が断れば、それはリゴス王の敵対勢力の人間。

 私は、来ると思っております。

 どうせならば、それら2人の間者を競わせ、噛み合わせられれば、むしろ楽かと。

 そして、その情報を上手く使えば、リゴスに混乱を招くことすら容易いこと。

 さらに、情報を得るだけでなく、こちらの破壊に踏み込もうとしたとき、所属組織の異なる2人が同じタイミングになることもないでしょう。つまり、片方が片方の牽制をしてくれるのです」


 「なるほどな。

 その案もよしとするが、本郷殿、なるほど貴殿は大公殿とは違うな」

 王様が、本郷を見やりながら言う。

 「本郷は、社長でしたからね。

 一つの組織を守るという意味では、私とは違う視点を持っております」

 フォローにもならないことを俺は言う。


 「『始元の大魔導師』にも、いろいろな方からおられることよ」

 王様がそう嘆じて、ひとまずは中断して夕食となった。

 

 食べ終わったら、いよいよ個別の項目について細かくだ。

 たぶん、今晩は徹夜だろうなぁ。

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