第19話 お土産
王様、今日の仕事は諦めたらしい。
もしくは、引き継ぎに立ち会うことを、今日の仕事としてくれたってことかなー。
王宮調理人さんに、俺達の食事までを命じて、御手みずからチテの茶を入れてくれた。
久しぶりに、青磁のお茶碗でお茶をいただくよ。
そんな感じで雰囲気が緩んだときに、本郷がもう1個の爆弾を俺に手渡した。
「航海に出て、その船に魔素を貯められるシステムを組み込んであったとしても、魔素流が来る位置が判らなきゃ話にならないだろう?
当てずっぽじゃ。いくらなんでも効率が悪すぎる。
で、だが、リゴスの魔法学院で、脅し取ってきた」
ん、なにを取ってきたんだ? っていうより獲って来たんだろうな。
本郷が服の中からごそごそ取り出したお土産。
羊皮紙の帯と、2本の波型定規。
んー、と。
なんだこれ?
って、まじかよ!?
「本郷、どうやってこれを……」
俺の問いに、本郷、いい笑顔で答える。
「脅したんだ。
『我々が、『始元の大魔導師』であることは明らか。
そのうちの1人が、この世界全体を救うために船出をする。
その船が魔素流に焼かれるようなことになったら、それは情報を出さなかった魔法学院のせいだ。
言い逃れはできまい?』
ってな」
……思わず手が震えた。
羊皮紙は地図だ。それも、長い帯状の羊皮紙にこの星の地図が、何周分も繰り返し描かれている。その赤道に合わせて波型定規を置く。
そうか、こんな単純なものでも、おおよその魔素流の予報はできるのか……。
波型定規は2本、それぞれが
きっと誤差も大きい。
でも、魔素流が来るたびに毎回修正をしていけば、至近3回分くらいは予報ができるだろう。
「ただ、魔法学院が、この情報を独占していた理由も頷ける。
王権によって、魔術師が蹂躙されないようにするためだ。
魔術師にとっては、これがいちばん重要な保険なんだよ。これを失うと、『隣の国を滅ぼす魔法を使え』なんて王命に、対抗できなくなるからな。
だから、ダーカスの王様といえど、これは渡さないで欲しいって繰り返し頼まれたよ」
と本郷が言うけど、ダーカスの王様の前だろ、ここ。
なんで今、ここで渡すよ?
「本郷殿、いや、もう1人の『始元の大魔導師』殿。
少し、度が過ぎるのではないか?」
大臣さんがさすがに苦言を呈する。
そりゃそうだ。
ダーカスの王様を試すにしても、これじゃ露骨に過ぎる。
王様も続いて口を開く。
でも……。
ケロ□軍曹を思わせる高い声は、沈痛だった。
「いや……。
本郷殿。
まさか、魔法学院は……」
「はい、
本郷が答える。
どういうことだよって、思って……。
ルーに解説してもらうのも悔しいので、考えてみる。
なんだ、俺にも解るじゃん。
「魔法学院、ダーカスに引っ越してくる?」
「そうだ。
いくら魔法学院がこの情報を隠そうとしても、リゴスが本気になれば、この情報を隠し通すのは無理だ。買収でも脅迫でも、いっそ忍び込んですらと、手はいくらでもある。
魔法学院が最大の経済大国にあるのは、本気になられる心配が少ないからだ。そこまでしなくても、どこにも脅威がないからな。
だが、相対的にリゴスの経済的に地位が落ち続けている中では、この秘密を維持できないおそれがあるって判断だ。
だから、ここへ持ってきた」
……なるほど。
この情報の提供を魔法学院に止めさせられたら、他国はみんな魔素流に焼かれてしまう。
指一本動かさずに、他国を征服するに等しいことができるわけだ。
本郷の声が続く。
「そして、ダーカスの王がこの情報に不当な色気を見せるようであれば、魔法学院は流浪の集団となるしかない。
さらにだが、リゴスが強引にこの情報を得たとしたら、他の有力国にもこの情報が渡らないと、他のすべての国々が危険になる。
魔術師の安全の問題を超えてしまうんだ。
そういった判断もあるな」
王様の声が響いた。
沈痛さの色がさらに濃い。
「もう1人の『始元の大魔導師』殿。
魔法学院でそのような取引をし、余をも天秤にかけ、その情報を得た真意は海に出るナルタキ殿のためを思えばであろう。
おそらく、今見せたそれは、偽物であろう。
余が野心を抱けば、衛兵を呼び、全員を拘束すれば奪うことは簡単なのだからな。
そして、そのような姿、あえて余に見せるは……」
「御意。
さすがは……」
本郷、やっぱり、こいつ強えよ。
王様の前でも臆さないもんな。
ただお互いの腹芸の、どっちが優勢かすら俺には判らん。
「私は、鳴滝の役割は終わったと考えております。
復興は成りました。
まだ豊かさは不十分とはいえ、この大陸が元の危機的状況に戻ることはもはやありますまい。
これからは、どこまで平和を保てるかが鍵。1日平和が続けばその1日分豊かになり、それが平和への担保となりましょう。
復興の技を復興のため使うは鳴滝の役割、復興の技を平和を保つための取引材料として使うは我が役割」
「その行動、その言は、本郷殿の意思か?」
「半分は然り。
残りの半分は、実を申せばリゴス王のもの」
……もー、相変わらずのパワーゲームだなぁ。
「リゴスの御仁も、国が大きいだけに苦労されているようだの。
やはり、国内に強硬派がおるのだろうな?」
「ダーカスの王よ、やはり王同士が会っていたのは無意味ではなかったということでしょう。
個人的つながりをも使い、平和の維持をしようという意志を生んだのはその結果。
魔法学院からは、ダーカスの王の反応を見て欲しいと。
しかし、リゴスの王からは、信頼しているから協力を求めよ、と」
間が空いた。
次に話しだしたのは王様だった。
「本郷殿。
逆に聞こう。
そなたが望むものはなにか?」
ダーカスの王様の声、改まったものになっている。
本郷の口調は、ごくあっさりしていた。
「鳴滝と同じですよ。
王様、あなたはその疑念を、鳴滝にもぶつけられたはずです。
私も鳴滝も、同じ場所から来ました。
金に価値があって、魔法のない世界からです。
そこでは、魔法がなくても人は地に人工の太陽を作れ、すべてを焼き尽くす力を持っている。そんな世界です。
当然のように、この世界と価値観が全く異なる場所です。
鳴滝もそうでしたでしょうが、私もここではなにを得たら良いのか、なにを得たら嬉しいのかすら判りません」
王様が無言で頷く。
……期せずして、本郷も俺と同じことを言ったな。
この世界から核爆弾のことを考えると、俺達の世界は、いかに人の力や科学の力が強い場所だったのかと思うよ。
本郷、話し続ける。
「価値観が違いすぎ、なにが富かも判らなくなると、子供が泣かない世界がいいとか、明日の食べるものに困らないのがいいとか、価値観がプリミティブな場所に戻ってしまうのです。
したがって、私に対し、野心があるのかなどの疑いは不要です。
鳴滝が大公位を得てすらそう変わらないのは、欲がないというのもありますが、あまりに生きてきた世界と違っていて、その価値を解っていないからです。
私も解っていません。
あいかわらず、金が欲しいと思い、次の瞬間には無価値だと納得し、でも翌日にはまた迷う、そんな感じです」
そうだろうなぁ。
俺はコンデンサ資材として見ていたりして、素材の1つって考えるまでに金に馴れたけど、本郷はそんなこともなかったからね。
本郷、さらに続ける。
「さらに言えば……。
私は、鳴滝に取って代わろうとも思っていないのです。
私と鳴滝は、HN電工という1つの会社で一緒に仕事をしてきました。
同じ現場に2人で入ることもあれば、別々に入ることもある。単に仕事次第です。社として、仕事は受けていますからね。
ですから、引き継ぎは引き継ぎとして、鳴滝の仕事は鳴滝のもの、私の仕事は私のものですし、そうやって完成させてきたんです。
だから、取って代わろうとも思わないし、かといって無責任に放り出そうとも思わない。
鳴滝が取ってきた仕事を、私が引き継ぐだけで、そこに王様が心配するような野心だの、悪意だのはない。
ただ、私は私で、鳴滝ではない。
目的を達成するのに、違う方法を取ることもある。そこはご理解いただきたいところです」
王様、再び頷いた。
「よく解った。
『始元の大魔導師』殿。
ただな、その意のためには、2つ問題があるのだ」
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