第18話 ディスカッション


 「まず、引き継ぐ俺は、なにをすればいい?

 鳴滝の判断では、だ」

 本郷の質問。


 「まずは……。

 コンプレッサの実用化だな。

 夏が来たら、海のものが食べられなくなってしまう。コレ、大打撃だと思うんだ。人口が増えているからね。

 だから、気温が上がらないうちに、トーゴで氷を作るまで行きたい。

 コンプレッサに使う金のパイプと、水車の動力、冷媒圧縮のピストンの目処はほとんどついてる。

 冷媒も、フロンは無理でもアンモニアであれば、スィナンさんがどうにかしてくれるだろう」

 「簡単に言うが、製氷皿1つ2つの規模じゃねーぞ。

 そもそも論だが、コンプレッサ以上に断熱した箱を作るのも大変だ。箱の内外で、気温差が夏だと50℃以上にもなるだろう。

 そのあたり、なんか考えていることはあるのか?」

 本郷、びしばし聞いてくるねぇ。


 「いや、まだぜんぜん。

 ただ、ここの石工さん達の腕は素晴らしい。箱自体に問題はないよ。

 また、トーゴには鍾乳洞があって、天然の冷蔵庫だ。炎天下ではなく、鍾乳洞の中に設置するのであれば、夏でも20℃以下の気温差だろう。

 泥縄でもなんとかなる」

 「なるほど。

 それはいいな。

 だが、排熱を鍾乳洞の中ではしたくないな。

 パイプは長くなるが、凝縮器は外に持って行きたい。

 それに、コンプレッサの動力を水車に求めるとして、水車を置けるような水流はあるのか?」

 「ある。

 しかも、鍾乳洞の入り口近辺は、1000年前に作られた遊歩道があって、足場もいいんだ。

 工事は楽だと思う」

 「じゃあ、氷の元となる水も地下で汲めて、冷たいんだな」

 「おう。

 だから、ハードルは案外高くないと踏んでたんだ」


 いいなぁ。

 話が早くて。

 同じ教育を受けていて、同じ知識基盤の上で話せるらくさってのはあるよね。


 「エアコン設置の工具類はあるのか?」

 「抜け目はねーよ」

 「じゃ、できるじゃねーか」

 「おうよ、頼む」

 「他には?」

 「実は難題がある」

 「……なんだ?」


 「実は難題では済まない大問題だ。

 円形施設キクラについて、俺は、電気工事の考えで補修をしてきた。

 実用上なんの問題もない。

 だが、どうも魔素というヤツ、電気とは違うらしい。

 一定の条件で、電気とは違う働きを持つようだ。これが、外部の条件によるものなのか、魔素の種類が複数あるのかは俺には判らん」

 本郷、俺に細かく状況を確認する。

 俺も、自分の仕事が間違っていたら大変だから、そこは丁寧に説明する。

 魔術師としての視点から、ルーにも助言を求めたよ。


 本郷、興奮したのか、寝台の上に起き上がってしまう。

 そして、腕組みをしながらぶつぶつと呟く。

 そして……。


 「なぁ、硝石を手に入れたときの巨大な亀の話だが……」

 「はぁ……」

 本郷がなにを言いたいのか判らない。

 「別に、あれは魔法の産物じゃねーぞ。

 ゴジ△・ショーに特別出演はしてもらったけど……」

 「んなこた言ってねぇ。

 その亀の食と水、地下水流に依存だよな」

 そこで、本郷の言いたいいことが一気に伝わった。


 「まさか、王宮地下の、回復の泉の水質と同じだと!?」

 「ああ、話半分じゃないのは、俺もトーゴで昼寝をしているヤツを見ているからな、解っているよ。

 だけど、いくら1000年だからといって、あそこまで大きくなるか?

 しかも、俺にはあの個体、若くすら見えた。

 年取って巨大化した生き物って、どこか歪みというか、身体の成長の不揃いがあると思うんだけど、そういうのがない。肌も甲羅もつやっつやしている。

 おまけに、トーゴに移動してから、自力で魚を捕まえて食っているんだろう?

 昼寝をしていないときは、動きもある程度俊敏なはずだ。

 いくら爬虫類だからって、若すぎだよ」

 「そか、回復の泉……。

 本郷、解ったような気がする」

 俺、思わず興奮して、王様達もいる前なのにがんがん話してしまう。


 「あのな、本郷。

 この世界の人、みんな妙に長生きなんだよ。

 俺達の世界に換算すると、200歳を超える老人がいるんだよ。

 爬虫類や魚類も、長生きするし巨大化する。

 つまり、今の考えからすると、この世界の水という水、全部が魔素の影響を受けてる。

 召喚なりを経ているから長生きしてるんじゃない。この世界の魔素のせいだ。

 で、その効き目に、差があるんだよ。明確に作用するほど強いか、飲み続けていると自覚なしに徐々に長生きできる程度か、ってな。

 で、強い方は、聖なる回復の泉となる」

 「で、それは地下を流れている間は、効き目が強く、地表に出ると弱くなる。

 ただ、魔素自体は、落雷のあとの電気みたいに消え失せるものじゃないということだな」

 「そうだ」

 俺、そう答える。


 「ではそこから判ることはなんだ?」

 本郷が問う。

 「大気や紫外線に触れると分解する、とか……。

 実際のところ、川にしても海にしても、この星の水は、1年280日、ずっとその2つ触れているわけだよ。

 で、魔素で溢れかえっていたりはしないし、無くなってもいない。

 つまり、平衡状態ってやつなんじゃないかな」

 「ただな、その説明は、現象としちゃ筋が通っちゃいるんだが……。

 肝心の地下水の魔素って、どこから供給されているんだ?」

 「それは……」

 俺、言葉に詰まる。

 その一方で、本郷の指摘がありがたい。

 独りでは思考の穴って、なかなか気が付かないからねぇ。


 「じゃあ、もう一つの可能性、魔素に種類があるというのは……」

 そうもう一つの考え方を言ってみる。

 「たとえば……。

 魔素に右旋性、左旋性のスピンがあって、物質の中の透過力が違うとか」

 うー、光学異性体だっけ?

 で、スピンってなんだっけ?

 「ちょっと、なに言ってるのか解らない」

 「俺も、言っていて解らない」

 なんだ、それは?


 本郷が続ける。

 「俺も、なんかで聞きかじったことを、そのまま言っているだけだから。

 けど、本質は変わらず、でもちょこっとした差があるとき、こういう考え方は有りだろ?

 かたや透過力があって、残存性も高い魔素A。

 かたや透過力がなくて、残存性も低い魔素B。ただし、そのエネルギーは熱に変わりやすいので可燃物があれば炎上する。

 円形施設キクラで処理されているのは魔素Bで、魔素Aは円形施設キクラを通り抜けてしまう。

 で、魔術師が人体に貯めて使っているのは魔素B。

 魔素Aは直接の利用ができない。が、水に残存しているものを体内に取り込むことで、若干の好影響は得られる」


 うーん。

 でも、1つ確認はできるな。

 「ルー、回復の泉の水から、魔素を感じてる?

 魔術師の感覚としてでいいんだけれど」

 「本当に、少しだけ……」

 どうしたんだろう。

 今のルー、なんかびくびくしてないか。


 でも、まあ、とりあえず……。

 「なるほど」って、ルーの答えから思ったよ。

 そもそも回復の泉から魔素を感じられれば、そこから取り出す努力がされていたはずだ。でも、そうならないほど、微量にしか感じないんだ。

 地中でガ×ラを発見したケナンさんのパーティーだって、魔術師のセリンさんがいた。鍾乳洞の中を流れる水からは、とるに足らないほどしか魔素を感じていなかったんだ。


 でも、あくまで仮説だよなぁ。

 証明はできないんじゃないかな。


 「あの……、すみません」

 「んっ、なに?」

 本郷と2人で、ルーの方を見る。


 ルー、一瞬怯えの表情を見せて……。

 「弱い魔素流が円形施設キクラに来るとき……」

 「うん」

 「ごくごく一瞬ですけど、影が2つに増えるんです」

 「影?」

 「セフィロト大の月スノート小の月が最強の魔素流を呼ぶ位置にきた場合、その流れは数回の爆発的スパークを起こすのが通例で、一番大きなスパークのときは明るくてなにも見えないのですが、余波の弱いときは、円形施設キクラの中で、魔素流に照らされた自分の影が2つになることがあって、ずっと不思議だったんです」


 「ちょって待って、ルー」

 「それ、俺も見てる?」

 「見ているかもしれません。

 ナルタキ殿を最初に召喚をしたとき、その直後に余波が来ましたらからね」

 「ルーが、全身を焼かれちゃったときだろ?

 俺、その時影が2つになるの、見てるよ。

 光源も2つになったと思ったけど、一瞬のことだったし、現象を理解していないときに見ていたことだしで、なんか、そういうもんだとしか思っていなかった」


 「おい、鳴滝、そうなると、話がもう一つ変わってくるぞ!」

 「おいおい、落ち着けよ、本郷。

 なんだよ、一体全体?」

 「円形施設キクラの底の構造のことだ。

 お前さ、床の中心の一番低い場所には、法具とやらが取り付けてあった穴が残っていて、その穴から放射状に文様と同じ材質のものが伸びていると言っていっていたよな。で、石畳の石と石の間に入り込んで消えている、と」

 「ああ、そうなってい……。

 ああっ!」


 「そうだ、鳴滝。

 お前の当初の見解だと、魔素の大地アースだってことだよな。

 『魔術師の服』だっけ、あのローブを引きずって歩くことで、アースが取れて魔術師が焼かれなくて済むって。

 だが、本当にそうか?

 魔素Bは、コンデンサに貯めるぐらいだから、本当はアースしたくない。

 余剰が生じれば仕方ないから大地アースに逃がすけれど、円形施設キクラがこの星に3600基もあった時代、円形施設キクラ間で融通しあって魔素を貯め込むことの方が重要で、あんなしっかりとした大地アースまでは必要なかったんじゃないのか?

 そもそも、余剰の魔素は大地に落とさず反射させちまうというのが、円形施設キクラの働きだろう?

 そう考えると、やっぱり大地アースはいらん。安全性確保の最終手段であることまでは否定しないけど、円形施設キクラの底にあるほどの、そこまで念入りのものは要らないよ。

 つまりあれは、魔素Aが、地下水まで染み込むためだったんだよ!」

 「な、なんだってー!?」

 思わず声が出た。


 「でも、魔術師が、『魔術師の服』を正しく着ることで、身体を焼かれることがなくなったのは事実ですけれど……」

 ルーが、なんか、勇気を振り絞るって感じで言う。

 それを本郷が一刀両断した。

 「それは、今の例外的な時代の話だろうな。

 円形施設キクラが完動していた時代は、魔術師が身体で魔素流を受け止めて制御しなくったって、法具とやらがあったんだろう?

 『魔術師の服』と同じ材質でできた法具は、燃え上がったりしないよ」

 

 ……うっわ、瞬殺だ。


 「鳴滝、お前が旅に出たあとにはなるが、ちょっと調査をしてみよう。

 円形施設キクラの立地は、地下水脈の上にあるんじゃないかってことをな」

 「……本郷。

 ブルスの円形施設キクラは、床下が湧き水で水溜りができてた。当然、元々湧いていたものじゃないけど、水脈を切るかなんかして噴いちゃったんだろうな。

 円形施設キクラは木造建築だから、信じられねぇことになっていやがると思っていたけど、そうか、逆かぁ」

 「そうか……。

 確かに、すごいもんだなぁ、この星の昔の奴らは……。

 全部、解ってやっていたんだなぁ……」


 「それは、お二方が『始元の大魔導師』様だから理解わかることです……。

 今、私は、神同士の会話を聞いた気がして、恐ろしく感じています」

 おいおい、ルー、そんなに神妙になるなよ。


 「いや。

 空恐ろしいものだ。

 『始元の大魔導師』とは、このような存在だったのか……。

 世の真理さえも、このようにあっけなく解き明かしていくのか……」

 いや、王様、そんな持ち上げられても、なにもでませんからね?

 大臣さん、横でうんうん頷くの、止めて貰えませんかねぇ。

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