第17話 引き継ぎ


 「本郷、とりあえずは、なにか食べた方がいい。

 この世界の魔法も、無から有は生じない。

 基本、体力不足なんだから、食うしかないよ」

 とりあえず、そう声を掛ける。


 食堂のオヤジは、もうトーゴに先行している。さて、どこで飯と思ったら、さらに王宮書記官さんが2人、駆けつけてきてくれた。

 大山鳴動しちゃってるなぁ。

 で、王宮で、王様が待っていると。ついでに、食事の支度もしてくれるそうだ。


 なんか、俺が召喚されたときと、妙に扱いが違うじゃん。

 最初っからなんでここまで大切にされてんだよ、本郷は。

 「最初からアタリくじって判ってますからねぇ」

 おい、ルー、人の顔色読むな。

 おまけにその言い方だと、俺がハズレくじみたいじゃないか。

 「いえ、ナルタキ殿がアタリだったから、本郷さんもアタリなんですよ」

 ちぇっ、ルーの付け足しが嘘っぽい。


 ま、しかたない。

 この世界に来たときの俺、歓迎より警戒されてたもんな。



 まぁいいや。

 とりあえず、書記官さんの1人に、言伝をお願いする。

 「トーゴに今日の最終便で行くのは延期で、明日の始発以降になる」って、メモ書きをトーゴのデミウスさんあてに出して欲しいって。

 で、さらにもう1人の書記官さんに、食事のあと、本郷に引き継ぎをしたいから、王宮から誰か立ち会ってくれないかって。

 人選はお任せだから、と。


 書記官さん2人が、わたわたと走り去っていく。

 「鳴滝、お前すげぇな。

 王宮の書記官って、キャリアの公務員だろ。

 なんで、そんなに強いんだよ?」

 「えっ!?

 考えたこともなかった……」

 「鳴滝、その引き継ぎのとき、できるだけ話してくれよ。お前の立ち位置だけで、もう疑問で腹いっぱいだ」

 

 で……。

 本郷を乗せた荷車が街に入ると、街の人達が見物に押し寄せてきた。

 「大公様ー、その人が、大公様の後釜ですかい?」

 「応っ、そうだ。

 すごい人なんだぞー」

 街の人からの声に、そう答える。

 本郷が「秀吉?」とかつぶやいて、その意味は解ったけど、めんどくさいので黙っておいた。


 「そか、大公様がいなくなって、ダーカスもこの先どうなるかと思ったけど、2号がいるならば安心じゃあ」

 違うっ、本郷は1号だ。

 これもめんどくさいから黙殺した。

 で、なんだよ? 召喚した人が増えると、認識が番号になるのかよ。

 止めろよなー。



 とにかく、荷車を王宮に転がしこむ。

 なんか、どっと疲れた。

 本郷のことを説明するにしたって、「相互理解はかくも難しい」って気がするもんな。


 王宮には、書記官さん達だけでなく、王様と大臣さんも待っていてくれた。

 「大公殿。

 引き継ぎは、余が立ち会おう」

 王様、マジっすか。

 助かりますわー。

 でも、とりあえず、本郷になにか食べさせないと。



 でさ、そうなるよね。

 本郷、目の色変わっている。

 リゴスですら、食べるられる食材の数は少ない。

 ひたすらに、芋と肉と乳だ。

 それがさ、衰弱した身体に1年ぶりの卵粥、しかも、ニラ入り。

 俺より自制心だって強いだろう本郷が、我を失うほどがっつくのも無理はないよ。


 おうおう、可哀想に。

 涙ぐんでやがる。

 考えてみれば、下半身潰されて、動くこともできず、呼吸すらままならない中でずっと和食が食べたかったんだろうなぁ。

 俺がリゴスに行ったときも、せいぜいが焼き魚とご飯しか食べさせられなかった。

 で、王宮料理人さんも、「俺が病気になったら食べさせて」って頼んでおいたメニューを覚えていてくれたんだね。


 「鳴滝、テメエ、こんな美味いもん食って生活してたのかよ!?」

 「んなわけあるか!

 米はまだ貴重なんだよ。

 俺だって、たった1合のコシヒカリさえ諦めたんだぞ!」

 「……どういうことだ?」

 引き継ぎの話は、そこから始まった。

 いつもの王様の部屋に、寝台を運び込んで貰って、本郷はそこで横になりながら話を聞いてくれた。



 リゴスで軽くは話してあったけどね。

 ここでなら、腰を据えてきちんと話せるよ。


 本郷を悼んでビールを飲んだ帰り、いきなりここに来ていたこと。

 本郷の妻子には、○○○万円を渡してきたこと。

 コンデンサを作り、魔素の保存を可能にしたこと。

 凹面鏡で、この世界の燃料の大幅な節約をしたこと。

 さらにそれを発展させて、太陽炉を作って燃料がなくても鉄鋼産業を成立させられたこと。

 リングスリーブやケーブルの生産ができたこと。

 円形施設キクラの修理をして、保証人として本郷の代わりに契約を果たしたこと。

 さらに、その上に避雷針アンテナを乗せて、耕作面積を大幅に増やしたこと。

 蓄音機を応用して、魔素の流れの記録を可能にしたこと。


 ここまで話して……。本郷の顎は、半分外れたみたいにかっくんって開いていた。

 「よくも、そこまでできたな……」

 「ここの職人さん達の、技術水準が高かったからだ。

 ちょっとしたヒントで、どんどん作ってくれたんだよ」

 「いや、それにしても、よくそこまで職人さんが動いてくれたじゃないか」

 

 「いや、『始元の大魔導師』殿の依頼を断ると、がっかりして死んじゃいそうで、とエモーリもスィナンも言っておったぞ」

 ちょっ、大臣、アンタなに言ってんだよ。

 「ですよね。

 妙に、いつもいつもびくびくしてましたし……」

 ルー、なんで、ここでそういうこと言う?

 「いやいや、大公殿は、ここに現れたときから立派なものであったぞ」

 王様、取って付けたように言うの、やめて。

 お願いだから。

 そうじゃないの、本人が一番判っているから。


 本郷、極上のアルカイック・スマイルを浮かべた。

 「なるほど、よく解りました。

 元の世界で働いていたときよりも、よく働いたようですね。

 鳴滝の立ち位置もよく判りましたから、先に進みましょう」

 くっ、鬼どもめー。


 で、続き。

 円形施設キクラに魔素が貯められるようになって、魔術師の負担が劇的に減ったので、金を持って自分の世界に戻ったこと。

 作り話で、御徒町で金を売ったこと。

 大量で多種類の種子、動物のつがい、書籍や最低量の工具等を持ち帰ったこと。

 農耕のために水汲み水車ノーリアを計画したこと。

 その部材の入手のため、狂獣リバータの棲みかを強襲したこと。

 その際に狂獣リバータに襲われ、感電させて気絶させ、タテガミを切って奪ったこと。

 結果として、ダーカスの大車輪と呼ばれる水汲み水車ノーリアが完成し潅水が自動でできるようになったこと。

 さらに、タテガミを編んでケーブルとし、ダーカスを横切る大河、ネヒール川を上下するケーブルシップができたこと。

 ケーブルシップのプラットフォームと石のアーチ橋と、エレベータを作ったこと。

 トーゴに円形施設キクラを作って、安全な場所として、水田開墾を始めたこと。

 トーゴが新しい街になり、そこに港を作り、漁業を始めたこと。


 つ、疲れた。

 本郷はところどころ鋭い質問を挟んでくるし、王様と大臣はときどき懐かしいって遠い目になりながら、予算とかについての裏話をしてくるし、ルーは、俺を持ち上げる素振りで実はオトすし、もう、大変。

 チテの茶を飲んで、ダーカス名物のスィートポテトを食べて、ようやく一息ついたよ。



 

 で、ここまでくると、止まらない。

 ダーカスとトーゴの円形施設キクラをケーブルで結んで、ところどころに避雷針アンテナを立てて、ネヒール川沿いをみんな安全な場所にしたこと。

 リゾートとして温泉を整備したこと。

 地底探検で、1000年を生きているガ×ラを発見し、大量の硝石を確保したこと。

 隣国が、ダーカスの発展を見て攻めてきたこと。

 シン・ゴジ△の3Dを魔法で作って、1人も殺さず撃退し、ネヒール川にかかる新たなる橋と開墾労力をゲットしたこと。

 結果として、新しい街、エフスができたこと。


 それからそれから、それからそれから。

 藁半紙を作り、造船して、王様会議サミットを開いて、各国をお礼訪問して、トオーラと戦って……。


 「鳴滝。

 俺、リゴスでそのさわりを聞いたとき、『……鳴滝、話を盛るにしても、お前、バカだろ?』って言ったけど、繰り返そう。

 バカかってくらい働いたんだなぁ。

 やっぱり、お前がここに来て正解だったようだ。

 俺だったらここまで働けない。

 それにここまでのことを成し遂げたら、もう帰れないよな。

 ここの人たちが、お前を大切にするわけだ。

 そして、お前が残るって判断をしたのも、よく解ったよ」

 話を聞くだけでも、疲労の極地に達したのだろう。

 本郷、かなりぐったりしながらも、そう言ってくれた。

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