第16話 出航準備のはずが……
で、だけど……。
エキンくんに限らず、俺が給料を出している人達がいる。
コンデンサ工房もだしね。
俺がいない間も、収入も出費も続く。
現金管理が必要なんだよ。
誰に任せるかって……。
はぁ。
思わず、ため息出ちゃった。
ルーの母上殿しか、頼める人がいないじゃん。
校長先生は案外忙しそうで申し訳ないし、王宮ってわけにもいかない。
てか、俺が大公とかになる前ならよかったけど、今は同格の役所を持つべき立場になっちゃったから、却って頼みにくい。
だってさ、王様は嫌とは言わないと思うけど、他国から見たら、『始元の大魔導師』の大公と、ダーカス国王の癒着に見えるだろうね。
一応のポーズだけは作らないとだよなー。
で、ルーに話したら、ルーも顔を曇らせたけど、それしかないよってことになった。
で、頼みに行きましたよ、ルーの御母堂の部屋まで。
「私が旅に出てからも、収入も出費も続きます。
職人さんや工房の人たちを泣かせないよう、値切らず、早めの支払いをしてあげて欲しいのです。
また、かなりの額の支払いがされますので、それも記録しておいていただければと……」
「支払いがされなかった場合、取り立てに行ってもいいのかや?」
……なんでそこに食いつく?
「一度やってみたかったのですよ。
そもそも、『始元の大魔導師』様との取引をする、大公と取引をするという相手が、今日明日の食事にも困っているってことはありますまい。
どうせ、不届きな者であることは間違いなかろうて。一度、存分に人を脅してみたいもの」
……ほら、やっぱり、斜め上を行ったよ。
だから、頼みたくなかったんだ。
「ルイーザよ、先日、ティカレットを震え上がらさせたそうよな。
どうや、そのときの心持ちは、良かったのかえ?」
……俺が、娘婿になったからかな、言葉遣いから全てにおいて容赦がないな。
で……、ひょっとして、ルーも歳取るとこうなるのか?
「それはもう。
ダーカスの娘達、すべての敵でしたからね。
この先も、影に日向に誰かしらがつっついて、絶対に立ち直らせないでしょうよ。
ですが、多少支払いが遅れた程度で、そこまでのことはさすがに……。
まして、そのようなことで、大公様が
……今さ、すごーく不満そうな顔で、「ちっ」て舌打ちしなかったか、
もー、この人は……。
本当に女王様なんだから。
まぁいいや。
あとは野となれ山となれ。
任せておけば、とりっぱぐれだけはなさそうだよ。
本人、やる気は、そう、やる気だけはあるからねぇ。
− − − − − − − −
いよいよ、出港準備のために、トーゴに移動する予定日が来た。
いったん船出したあとは、出たとこ勝負だ。地図があっても、行った先で人々がどんな生活をしているかはまったく判らないからね。
20日もかからず戻るかもしれないけど、2年、3年と戻れない可能性もある。
ダーカスには必ず帰ってくるけど、それがいつかは本当に判らない。
物資のトーゴへの送付は、順調に完了している。
ヤヒウや鶏のつがいも運ばれている。
すでに先行して、トーゴ入りを済ませている人達もいる。
なんか、どこもかしこも着々と進んでいて、俺自身の準備が一番ダメかもしれないなんて思うよ。
いや、胸を張って言うことじゃないけど、その証拠に今日の最終便でトーゴ入する予定なのに、俺、まだばたばたしている。
この世界に来たときもだけど、召喚するって予告されていたら、準備が間に合わなかったかもって思ったよ。有無も言わせず連れてこられちゃったから、ま、準備もへったくれもなかったんだけどさ。
よく工具箱持って来れたよね、俺。
結局、地道に準備をするしかない。
今更だけどさ、他の大陸に召喚・派遣魔法が使えればよかったよなー。
行く先のイメージ化のしようもないからねぇ。どうやっても、その方法は採れないんだけど、さ。
最低一度は、自らの足でたどり着いておかないとなんだよ。
さて、現実逃避してないで、準備を終わらせちまわないとだ。
で……。
そこまで覚悟を決めたのに、今日の予定は全部御破算になった。
俺、これを見越してうだうだ準備をしていたわけじゃないけど、まぁ有耶無耶になったのはありがたいよ。
ルーに怒られなくて済むからね。
で、全部御破算になった理由。
その日のトーゴ発の始発便で、本郷がダーカスに着いたんだ。
実は内心で俺、もう間に合わないと思っていた。
けど、本郷、俺の旅への出発の噂を聞いて、執念でリゴスを発ったと。
で、荷車に乗ったり、這うようにして歩いたりして、リゴスの川沿いの道を下った港の街イズーミまでたどり着いて、疲労で高熱が出ているのにそのまま船に乗ったそうだ。
さすがに船の面々が治癒魔法を唱えて、それでも頭が上がるか上がらないかで頑張りとおしてトーゴに着いたと。
航海自体も、風魔法を使い放題使って、最短時間の新記録を達成したそうな。
でも、とてものんびり寝てはいられないほどの揺れだったらしく、俺の配下の船乗りたちまでもが、今日はトーゴでダウンしているそうだ。
で、急いだ甲斐があって、そのままトーゴからのケーブルシップの始発に間に合って、今の本郷の体力からしたら無茶苦茶にもほどがある強行軍を達成したと。
ネヒールの大岩に、エレベータを設置しておいて、これほど良かったと思ったことはないよ。本郷を抱えて登るのはあまりに大変だからねぇ。本人に掛かる負担もあまりに大きいし。
で、ネヒールの大岩から、ダーカスの街へ、荷車に乗せた本郷をゆっくりゆっくり運びながら話す。ダーカスの街の何人かが、連絡を受けて血相変えてネヒールの大岩に走る俺を見て、協力してくれているんだ。
本当にありがたいよ。でも、もう急ぐ必要はないからね。
本郷、すでに景色に溶け込んでいるダーカスの大車輪、
「あれを鳴滝、お前が作ったのか……」
「俺が、ではないよ。
ダーカスのみんなと、だ。俺があんなの、作れるはずがないだろう?」
「そうか。
お前がここで愛される理由が、よく解ったよ」
ん、今ひとつ話が見えないけど、頷くだけ頷いておく。
そこへ、俺から遅れて走り出したルーがたどり着いた。
ルーが遅れた理由、それは、校長先生、いや、ダーカスの前の筆頭魔術師と一緒に来たからだ。
「ホンゴウ殿か?
契約を結ばせていただいたジュディンでござる」
ああ、そうか。
そもそもの契約は、ルーの親父殿と本郷との間で結ばれていたんだよね。俺は保証人として巻き込まれただけで。
この2人、初対面でも前々から意思の疎通はしていたんだろうから、旧知の間柄と言っていいんだろうなぁ。
「ジュディンさん、お会いできてよかった」
そう言って、熱い握手を交わす。
「はや引退し、魔法と縁遠い生活を送っておりますがの。
まずは、けじめは付けさせていただこう」
……なんだ、けじめって?
止める間もなかった。
「ごにょごにょ、ホンゴウ、ごにょりょりょ、ヘイゲン」
重々しい声で、威圧感たっぷりに呪文が詠唱された。
ヘイゲンは、治癒魔法ヘイレンの上位魔法だ。
初めてこの人が魔法を使うところを見たけれど……。
いつもの圧は伊達じゃなかった。
生命力が桁外れに豊富で、魔法を使いながらも他の魔術師より長生きし、最後は死の淵から戻ってきただけのことはある。
この人の圧は、俺達のような普通の人間では及びもつかない生命力から生まれてきているんだ。
その圧倒的圧力から、絶大な魔素が放射されたのだろうね。
いきなり本郷の顔色が、それなりに健康そうなものになった。
相変わらず、治癒魔法の即効性には驚くよ。
で、この人、上位魔法を使ったあとも、顔色も変わらず平然としている。
つ、強えなぁ。
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