第14話 展望


 「殿下」

 ルーに話しかけられて、芋のパンケーキを頬張ったまま思いっきり混乱する。

 俺のなにが「電化」されたのかって。

 10秒くらい経って、ようやく頭ん中で「殿下」って変換されたよ。

 そか、大公って「殿下」って呼ばれるんだ……。

 オイ、冗談じゃねーぞ。

 これで、猫の額でも領地を持ったら、今度は「陛下」ってか?

 シャレにならんわ。


 ルーも、お皿からパンケーキをつまみながら話す。

 「私、即位式って初めて見ました。

 また、聖なる泉も初めて見ました」

 「ふーん、って、そりゃそうか。

 王様の歳を考えたら、ルーが見ているはずなかったね。

 そうだ、あそこにいた神官さんや巫女さんって、ずっとあそこにいるの?」

 「そうらしいですよ。

 王様が毎日、『豊穣の女神』にお祈りするのを、お手伝いしているみたいです。

 代々の世襲ですけど、巫女さんは、よく判らないんですよね」

 「ふーん」

 まぁ、この世界で召喚ってのがいかに大変かを考えれば、日本人ってこたないだろう。


 「あと、たぶん、ご存じないでしょうけれど……。

 お伝えせねばなりませんから……。

 あの聖なる泉の水が、回復の働きを持っているんですよ」

 「回復の……。

 回復の泉っ!?

 それって、俺を召喚したあと、俺をぶん殴って、ぶっかけたやつか?」

 「そう言うと思ったから、言うの嫌だったんですよっ!」

 「あれは痛かった。そして冷たかった。

 今思い出しても、あれはとっても痛かった……」

 「今は痛くないんですから、許してくださいっ!」

 「しかも、俺を殴ったことで、まんまと『豊穣の現人の女神』とやらになった人がいたなぁ……」

 「イヤミなんて似合いませんよっ!

 殿下! ほら殿下っ!!」

 くっ、勘弁しろ。そう呼ばれると、心が痛いよ。

 ルー、判って言ってるよな。

 今日は勝ち目がねぇ。


 「あれって、回復させる力、本当にあるの?」

 ルーからの、「『殿下』攻撃」を回避するために聞く。

 なんで殴られたほうが負けるんだ、とか思いながら。

 

 「ありますよ。

 魔術師には、魔素が感じられてるんです。

 ただ、魔素がどう関わっているのかが判らないのです。

 普通は、水の中で消えちゃうはずなんですけどね」

 さらっとしたルーの答えに、俺は内心で戦慄していた。

 明確に、そう、明確に電気と魔素は違うという実例を、ここで発見したことになるからだ。


 電気は水を流れるけど、そのまま電圧を保ち続けたりはしない。

 つまり、雷が水田に落ちたら、周囲の水や地表にほんの一瞬の電圧の変動はあるにせよ、それが保持されて電圧の高い地下水が流れてくるなんてことは絶対にない。


 つまり……。

 通常は魔素は、川の水や海水に触れると、アースされたのと同じように無効化する。けど、条件によっては、水の中で魔素として残り続ける。

 って待てよ、もう一つ、そもそも魔素は2種類あるって可能性も考えておかないと、筋が通らなくなる恐れがあるな。水の中で、残る魔素と消える魔素だ。

 このあたりは、本郷と話してみたいところだよ。


 そもそも俺、回復の泉と言っても痛みとともに認識しちゃったし、そのあとの治癒魔法の劇的な効き目に比べて、どうしても印象が薄くなっていた。

 最初にもっと、きちんと考えておくべきだったな。


 「あの水って、普段から貰えるの?」

 「いいえ。

 召喚魔法は、魔術師に厳しい消耗を強いることが判っていましたからね。勅命による召喚でしたし、せめてもの足しにということで、特に頂いたのです」

 ……なるほど。


 しかしなぁ。

 どう思い出しても、二日酔い明けの水は美味いっていうイメージが強すぎて、それ以上の記憶がないよ。

 本郷と話せればいいんだけれど。



 − − − − − − − −


 ダーカスにいるのもあと2日。

 そしたら、船のあるトーゴに移動して、艤装の点検と荷物の運び込み。

 

 そうなるともう、誰も俺を放ってはくれなかった。

 なんとかその夜に時間を見つけて、ヴューユさんに洗濯した服をお返しして、お礼を言えたのが奇跡みたい。

 メイドさんたちが、服を乾かすのに、大騒ぎしていたのは申し訳なかったよ。

 いくらヴューユさんとは一緒に船に乗るからって、礼服を借りたままではいられないからね。


 で、その夜も更けたころ、今度は王宮書記官さん達が大量の荷物を運び込んできた。

 そこには大公としての礼服からアクセサリーから、印章やら冠やらから、式典等にかかわるマニュアルまであって、ちょっと呆然とする量だった。

 こんなん、旅には持って行けないから、身分証明になる基本的なものをいくつかだけをピックアップして持っていくことにした。


 翌朝は、朝食も食べる前からエモーリさんがやってきて、サフラに納品する鮭獲り水車ができたって報告。

 エモーリさんも船に乗る予定だから、その前にこいつを完璧にしてサフラに送る算段を済ませておきたいって。

 で、あまり時間もないから、朝飯も食わずに仮設置されてるネヒール川沿いまで走ったよ。


 で、くるくる回るのを見ていたら、なかなかに面白い。

 ダーカスのネヒール川へは、鮭というか、この世界のソモという魚、遡上しない。だから、本当の意味での試運転にはならないのだろうけど、それでもたまに小魚が掬い上げられて、水車脇の陸地にぽろんって落ちてくる。

 ルーが大喜びで、それを両手で掴まえては川に戻している。


 エモーリさんが言うには、これ以上は無理だと。

 ソモの泳ぐ速さとか具体的な重さの幅とか、群れの密度とかの情報が少なすぎて、本当に掬えるかは判らない。でも、掬い網の方を工夫してあって、何種類かの組み替えができるんだって。

 だから納品後、サフラ側で適した設定を見つけて欲しい。

 さらに言えば、サフラにも人はいるだろうから、原理さえ解れば、あとは独自進化していくのではないかって。


 そりゃそうだ。

 水汲み水車ノーリアとは規模が違う。

 大きさも小さいから、改良の小回りも利くはずだ。



 それから屋敷に戻ったら、今度はスィナンさん。

 なぜか、王宮書記官さんも一緒。

 「合成ゴムの件で……」

 「おおっ、なんか話が進みましたか?」

 そう聞いたら、ぶんぶんと首を横に振られた。

 「原料がなきゃ作れませんよ」

 そりゃそうだ。


 「で、原料なんですよ、原料!」

 判んねーよ、なに言いたいかが、さ。

 「空気が原料になるんです」

 そりゃ無制限にあっていいねぇ。


 「なにができるん?」

 「肥料です!」

 「えっ、肥料?」

 「凄いですよ、これは。

 漁業と輸送の軽減もできますし、畑に量を撒くこともできます!」

 そか、それはすごい。


 「実現性はまだ判りませんけれど、大公様が持ち帰った合成ゴムの記された本の中にそういう記述があって、方法も記されていたんです。

 お留守の間、それをなんとか実現させますよ」

 おおー、すげーな。

 それができれば、本当に凄い。


 「王宮も、全面的にバックアップの予定です」

 今度は書記官さんが話す。

 おう、それは良かったなぁ。

 「そのあたりの分野については、翻訳をもう一回やり直します。

 どうも、イメージ先行の翻訳では、正確さに欠けるようなので。

 また、学校で行っている教育の範囲も、見直しを強いられるかもしれません」

 ……そこまで影響が広がるのかぁ。


 「スィナンさん、凄いです。

 書記官さん、ありがとう。

 これは戻ってくるのが楽しみです」

 「大公様、あなたがいなくても、我々がやっていけることを証明してみせますよ」

 と、書記官さん。

 よかったなぁ。


 「スィナンさん、あとは、ユー……」

 「わぁぁぁぁぁ、それは、自分でなんとかしますから、ここでは平に、平にぃ……」

 あ、そう。

 スィナンさんが取り乱すの、初めて見たかなぁ。

 で、ユーラさんの件は、まだ秘密なんだね。


 で、いくら忙しくても、せめて昼飯は食わせろー!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る