第13話 儀式が終わって


 各国の使節の人達ともあいさつを交わし、地下室を出た。

 神官さんは、階段を上る俺達を見送ってくれた。巫女さん達は、一番後ろからついて来ている。

 儀式を終えて、見るからにほっとした表情になった王様と、街のみんなにあいさつするために王宮の中を歩き出す。


 俺、気がついたんだけど、王様、俺と肩を並べて歩いている。

 今まで、こんなことなかったなぁ。

 やっぱり、立場があるっていうか……、王様ってのは孤独だねぇ。

 王様が、俺に向かって話し出す。

 肩を並べて話すってのは、案外人の耳を気にしなくて済んで、助かるもんなんだねぇ。


 「我が友よ。

 ようやく、このように呼べる日が来た。

 実はの、ルイーザがどう言おうと、今まで我が友が強気でないのは助かっていたのだ。

 王となると解る。

 自らの考えが正しいとする者が、己の考えとおりの決断を求めてくる辛さが。

 そして、自らの策が受け入れられないと、恨んだりしてな。

 王の仕事は、決断と責任を取ること。誰かの言うがままになることではない。

 我が友は、いつも決断は余に任せてくれた。

 それが、余だけではなく、大臣にも王宮の書記官達にもよく見えていた。それが、我が友に『野心なし』となり、ここまで受け入れられた最大の理由となったのだ」

 ……それってば、俺がコミュ障だから良かったってことかい、オイ。


 王様、続ける。

 「ダーカスの民も同じだ。

 絶大なる力を持つ者に対しては、拒絶と反感を抱くもの。

 我が友は、その愚を犯さなかった。

 ダーカスにとって最善の来訪者だった」

 うー、まぁ、確かに、どこからか来た人が、あーだこーだ偉そうに指示しだしたら、それは確かに反感を買うだろうねぇ。


 王様、話し続ける。

 「王とは孤独なもの。

 近寄る者、そのすべてが無心ではない。必ず、なんらかの思惑を持っている。

 そんな中、余に対しても、民に対しても、我が友の思惑のない姿は誰にとっても清涼剤のようなものであった。

 そんな我が友しか眼中にないルイーザも、実の子以上に可愛いものであった」

 いつになく、王様が饒舌。

 喜んでくれているんだろうなぁ。


 「1つ宣言しておこう。

 我が友もこれより領土を持ち、民を治めることがあるやもしれぬ。

 そうなった場合、当然のようにダーカスと利害の対立が起き、戦争以外の決着はないという事態になるやもしれぬ。

 また、王になった以上、そう決断せねばならぬことはある。

 ただな、そうなったとしても、我が友は友ぞ。

 よいな」

 俺の人生の中で何人いたんだろう?

 「お前は友達だ」そう言ってくれた人……。


 「もはや『我が王』とは呼んではいけないのでしょうが、気持ちは変わりません。

 御恩はあまりに大きい。

 そして、私は自分の器というものを解っております。

 ルーに看破されたとおり、視界の中の泣いている人、辛い人を放っておけない、それのみが我が器。

 その人達を見捨てでも、より多くの人を救うという、先程の左手の判断はおそらく不得手。

 これからも、よろしくお願いいたします」

 俺、そう返したよ。


 王様、無言になって歩く。

 俺も、もう返す言葉もなく歩く。

 王宮の正面の扉が見えてきた。


 王様が立ち止まり、俺を見上げた。

 並んで歩いて、初めて気がついた。王様、案外小柄だったな。

 いつも大きく感じていたけれど……。

 「逆だ、我が友。

 左手の判断は、誰でもできるとは言わぬが強いられるもの。

 その地位に就けば、それこそ誰にでもな。

 民を愛し続けること、それこそが強いられるものでないがゆえに、実は最も難しい。

 我が友は、王の資質に溢れていることを、今、自ら証したのだ。

 胸を張って、民の前に立て!」


 そう言って、王様、俺を押しやった。

 俺、王宮の扉から表に押し出されて……。


 眩しい。

 思わず、目を瞬かせる。


 次の瞬間、街のみんなが右手を突き上げて、俺を待っているのが見えた。

 俺もと思ったら、さっきの聖の巫女のカーナさんと、術の巫女のリーサさんが、俺の右手と左手を取った。

 「『豊穣の女神』の神名において、この者を聖別したり」

 「『豊穣の女神』祭祀長たるダーカスの王が司祭し、すべての式が終わった」

 「この者の手は、『豊穣の女神』の手!」

 「かつても今も、そしてこの先も、慈愛と豊穣の手である!」

 どよどよって、街のみんなから蠢くような音がする。声なのか、身体を動かす集団の音なのかは判らない。


 気がついてみれば、この2人の巫女さん、黒い髪に黒い目。

 まるで、俺の元いた世界から来た人みたい。この世界ではあまり見ることがなかった人達だ。機会があれば、日本語で話しかけてみたいよ。ひょっとして、通じたりして。


 「「聖、術、2人の巫女が、民の前でそれを証する!」」

 2人で声を揃えて最後にそう宣言すると、俺の手を離してあっけなく王宮の中に戻っていった。


 それを見送った俺、気がつけば、隣にルーが立っていた。

 琥珀色の瞳に、笑みと涙の両方を確認して、俺、ルーの腰のあたりの背中に手をやって、2人で並んで立つ。

 街のみんなの、それこそ1000人を超える人の歓声が、一気に俺達にぶつかってきた。みんな、右手を突き上げ、振り回している。


 祝福されてるんだなぁ。

 ものすごい実感が湧いてきたよ。

 俺も、改めて右手を突き上げた。

 「ありがとう!

 もっともっと、みんなで良くしていこう!

 もっともっと、みんなで豊かに生きよう!」

 「うおおおおおっ!」

 波のように、歓声があとからあとから湧いてくる。


 その歓声は徐々にまとまって、1つの叫びとなって行った。

 「ヒッ、ヒッ、フー!」

 「ヒッ、ヒッ、フー!」

 「ヒッ、ヒッ、フー!」

 

 ……お、お願いですから、もう勘弁してください。



 − − − − − − − −


 王様からのお振る舞いが出て、王宮の中でも外でも、みんなで芋のパンケーキを頬張っている。

 ものすごーく顔色が悪くなって覚束ない足どりになった、商人組合のティカレットさんも、ヤヒウの丸焼きを10頭分も差し入れてくれた。

 ルーを見て、「びくっ」としたのが判ったけど、気が付かないふりをしたよ。

 俺もいろいろ聞いていたけど、ルーが自分でキリ付けちゃったからね。俺は知らない振りするよ。


 俺も、王宮の入り口に座り込んで、ごちそうになった。

 ただ、念には念を入れて、ヤヒウの丸焼きから、自分の皿に目玉が盛られないようにガードすることは忘れない。味うんぬんより、怖いんだよ、やっぱり。

 で、自分が主役の自覚はあるからね。

 うっかりすれば、20個の目玉が皿の上で山になりかねない。

 「すべてをダーカスの子供たちに」

 そう言ったら、また歓声が湧いたよ。

 真意なんて、口が裂けても言えるもんかぁ! だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る