第12話 即位式 2
王宮の門は全開になっていた。
トプさんが、剣を顔の前に立てて待っている。
その後ろには、王宮警護の軍の人達が9人並んでいる。
それを見たら、この人達がみんな本気で、これが儀式の本番だって実感が湧いたよ。いや、俺が本気じゃないってことじゃないけどさ。
「『始元の大魔導師』にして、『ダーカスの王友にして国柱』殿。
王の道を歩かれよ」
高らかに、大臣さんの声が響いた。
えっと、たしか、トプさん達がいるのは無視して、門の真ん中を通って王宮に入るんだったよね。
なんか、トプさんたちも昨日、文献と首っ引きで栄誉礼だの儀仗だのを調べていた。実際にやったことのある人が誰もいないって、ぼやきながらだ。
トプさんを入れて10人の兵士たち、みんなトオーラの爪の装飾を胸に付けている。ダーカスに帰ってきてから間もないのに、このために間に合わせて作ってもらったのかね。
ともかく、ダーカス最強の10人ってことだ。
俺が歩きだしたら、トプさん、俺と対面する形から脇に回った。
そして、続く9人の人達が左右に分かれて、俺の道を作ってくれた。
しゃっという音と、ざっと言う音の中間の音がして、10本の剣がそれぞれの右真横下段に構えられた。
うわ、道ができたよ。
ここを歩くのかぁ。
分不相応だなぁ。
そんなこと思っていたら、後ろからささやき声がした。
「『始元の大魔導師』様。
まっすぐお進みください。
後背は私がお守りしましょう」
ちょろっと振り返ったら、これまた剣を抜いたケナンさん。
日の射したミスリルの輝きが、周囲を照らすようだよ。
俺を守りに、エフスから駆けつけて来てくれていたのかなぁ?
俺、歩き出した。
後ろからケナンさんが、付かず離れずで歩いてきてくれているのが判る。
そか、形として、ダーカスが俺を迎えてくれているので、ダーカス出身者以外の人が俺の護衛につかないと、マッチポンプになって形が整わないんだ。
なるほどねぇ。
って、もしかしたら、昨日俺が帰ってからそこに気がついて、急遽ケナンさんに来てもらったのかも。
王宮の玄関にたどり着いた。
確か、ここで1回振り返るんだったよね。
って、驚いた。
街の人達が、王宮の敷地内に入ってきていた。
さらにひしひしと、王宮前にみんな集まってきている。
そこで俺は王宮の建物に入る手順だったんだけど、なんか来てくれた人を無視するようになるのが嫌で、右手を上げたよ。
ざざぁって、来てくれた人達も右手をあげる。
あのときも、街のみんなと片腕を上げ合ったんだった。
うん、なんか、落ち着いたよ。
王宮に入る。
ケナンさんが俺の後ろにいる。
ルーはさらにその後ろだ。
歩く距離が長い。
今まで、入ったことのない、最深部に案内されているのが解る。
さらに、階段があって、って地下室なんてあったんだ、ここ。
空気がひんやりとしている。
かすかに水音が聞こえてきた。
階段を降りきった底には、20畳ほどの空間。
その床の真中には、水が湧き出ていて、そのままどこかに流れ去っていっているらしくて、音を立てて流れているのに溢れ出してはいない。
ネヒール川の伏流水が、ここで顔を出しているのかもしれないね。
その奥には、祭壇があって、『豊穣の女神』の神像がこちらを見下ろしていた。
あ、これは見たことあるぞ。
収穫祭のときに、神輿みたいな台に乗せられていた像だ。
胸から腹にかけて、乳房がたくさん付いている姿の像だ。
室内は、魔素による照明でそこそこ明るく照らされていて、正装した王様と大臣、それから今まで会ったことのない人達が待っていた。
俺、ここまで来たことなかったし、王様も統治者としての顔ばかりで、『豊穣の女神』の祭祀長としての顔を俺に見せることはほとんどなかった。
なんか、緊張するよ。
でさ、この会ったことのない人達は、一生を『豊穣の女神』に捧げる神官さんや巫女さん達らしい。たぶん、この一画から出ることはないんだろうね。
さらに、リゴス、サフラ、エディ、ブルスからの使節の人もいる。これは、服装がダーカスの人と違うからね。すぐに判ったよ。
俺が王様の前に立つと、巫女さんの手で、金の桶に水が汲み上げられた。
プレ○ターに見える冠をかぶった王様が、そこに肘まで入れて、手を洗う。
使われた水は、床に撒かれた。
再度、水が汲み上げられて、今度は神官さんが1人、巫女さんが2人、手を洗った。
「清め」ってやつなのかもね。
神官さんが、さらに汲み上げられた水を神像に振りかける。割りと景気良くかけるなって思っていたら、女神像の周囲から流れ出した水を、巫女さんが2人でそれぞれに壺で受け止めていた。
「そろそろいいだろう。
カーナ、リーサ、聖水をここへ」
王様の高い声が響いた。
巫女さん、壺を両手で抱えて王様の両脇に立った。
「さあ」
王様の声に促されて、俺、前に出る。
「これより、『豊穣の女神』の恵みにより、その手を聖なる王のものと変えよう。
王の手は、神の手なり。
民を守り慈しむ仁なる右手、民を御し銓衡淘汰する術なる左手、それぞれを聖別し1000年の世を繋ぐ
汝、いかなる時も民を慈しむや?
「……」
「汝、非常のときには民を銓衡淘汰し、その責のすべてを負いしや?
肯うならば沈黙をもって答えよ」
「……」
「では、手を前に」
王様の言葉に合わせて、俺、両手を前に差し出す。
神官さんが、俺の両脇から服の袖を肘の上まで捲りあげた。
「聖の巫女カーナ、術の巫女リーサ。
聖別せよ」
王様の両脇の巫女さんが、それぞれの壺から俺の手に水を注いだ。
カーナさんが右手に、リーサさんが左手に、だ。
水は冷たく、俺の手を肘まで濡らしていく。
「これにより、この者の手は神の手となり、人の世を統べる王の手となった。
願わくば、永遠の安定と繁栄を!」
王様の声が響く。
「願わくば、永遠の安定と繁栄を!」
「願わくば、永遠の安定と繁栄を!」
「願わくば、永遠の安定と繁栄を!」
周囲にいた人達が、唱和した。
「これより、『豊穣の女神』の代理として、この地に永遠の安定と繁栄をもたらすことを約します」
俺がそう宣言して、儀式は終わった。
初めて部屋をぐるりと見回して……。
ルーが泣いているのが見えた。
嬉しいのだろうな。
ありがとう、ルー。
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