第11話 即位式 1
さすがに、即位式から逃げるわけにも行かない。
正装って言ったって、俺、だいぶよれよれになった作業服しか持ってない。
ルーの親父さんの服を借りてみたけど、全然ダメ。
俺がどこから借りてきた衣装を着てるって、子供でも判るレベルでサイズが違う。ルーの親父さん、大柄だからね。
男の萌え袖なんて、可愛くもなんともないぞ。
で、またまただけど、アポなしでヴューユさんのところに駆け込んだよ。
まぁ、お陰で、そこそこ恥ずかしくない格好はできた。
靴だけはどうにも合わなくて、ヴューユさんのは入らないし、ルーの親父さんのはつっかけになるほどぶかぶか。
さすがに、スニーカーってわけには行かないからね。
で、入るほうがマシだからって言うんで、ルーの親父さんのぶかぶかな靴に詰め物をして、強引に履いた。
やっぱりさ、作業服ではダメらしいよ。
というのは、即位式前日に、即位の日と同じ格好で肖像画を描かれると。
記念の肖像画って、どこの社長だよって……、王様相当だったか、俺。
で……。
作業服にペンチを持った肖像画ってのは、やっぱりどうもダメらしい。
あまりに他の歴代の王様の肖像画から浮いた格好だと、断絶を感じさせてしまうからダメなんだって。
やはり、この世界の大公でないと、後世で誤解されるおそれがあるからそれは防いでおきたいそうだ。
まぁ、後世の歴史家が、「俺がここを征服した」なんて説を唱えたら、それは確かに困るよね。
もっとも、「英雄たち○選択」なんて番組に取り上げられて、さも俺に深い考えがあったように歴史学者に解説して貰うのは悪くないけどね。
で、服はこの世界の正装でも、手に持つのは俺を象徴するペンチなんだとさ。
まぁ、いいや。
好きに描いてくれよって、ちょっと投げやりになった。
でも、さすがは王宮画家さんで、2時間はかからないって。
スケッチだけで済ませて、塗りとかは後でゆっくり描くそうだ。
もー、絵のモデルになるなんて、二人一組で絵を描きあった中学校の美術の授業以来だよ。
で、俺が終わったら、ルーも描かれるんだそうだ。まぁ、いい機会だから、描いてもらうといいさ。
そのあともまぁ、いろいろ説明とかあるそうだ。
で、着替えただけで疲れ切った俺を、王宮書記官さんたちが迎えに来た。仕方なく、トイレの時間だけは貰ってから、ルーと一緒に屋敷を出たよ。
今日はまだ、儀式も本番じゃないからね。
とりあえずは、疲れてなくて背筋が伸びている間に、肖像画だって。
王宮の一室で、王宮画家のカフカさんに細かくポーズに注文付けられた。胸の前でペンチを持って軽く笑えと。で、その笑い方にさらに細かく注文付けられる。
一度やってみるといいさ、そのポーズの辛さが解るから。
そもそも、アルカイックな微笑みって、そんな表情、生まれてこのかた意識したこたねーよ。
で、そのままこの表情を維持しろって、拷問かよ。
王宮画家のカフカさんより、俺の方が「過負荷」だよ、もう。
もう、持つもんだって、せめて剣とか棍棒の方がよかったな。
視界の中にペンチが入るたびに、「なにしているんだろう、俺?」って思うよ。
そのあとは……。
2時間の苦行をようやく終えて、王宮でお昼をごちそうになって、次は説明会に突入となった。場所は、午前中と同じ部屋。
ルーはモデル業で固まっているから、俺が真面目に聞いておかないと、だ。
大公って、ここでは領土を持たない王様相当なので、領土関係以外の王様の持つ物すべてが与えられるんだそうな。
王冠とか、笏とか、『豊穣の女神』からの世を治める信任状とか。
で、この大陸の各王家からもいろいろなものが贈られてくるので、そういうのも全部格付けになっていくんだそうな。
あまりに格とか、肩書とか言われたんで、「今の自分がなんなんだろう?」って思ったけど、どうやっても頭の中に浮かばない。
「そもそも、今の俺、なんなんよ?」
思わず、助けを求めるように口から出てしまう。
モデル業で固まっているルーが、口だけ動かして答えてくれた。
「『始元の大魔導師』にして、『
自分のことなんですから、忘れないでくださいよ」
ああ、そう。
逆に、自分のことでもないのに、よく覚えているなぁ、ルーは。
俺のことだから、覚えていてくれたんだろうな。
で、とりあえずは最後のやつの国柱が変更になって、『ダーカスの王友にして大公』になるんだとさ。「ああ、そうですか」としか言いようがないよ。
ルー、平然と付け加えた。
「これに、各国から贈られる称号が足されますからね。少なくとも4つは増えますよ。ダーカス王からも当然、さらに贈られますからね。そうなると5つでしたね」
ルー、軽く言うけどさ、俺、そんなに覚えてなんかいられねーよ。
それから、儀式の説明があって、俺はもういっぱいいっぱい。
なんか……。
俺が言っちゃいけないんだけれど。
打倒、王政!
って気になったよ……。
そこで俺が力尽きたので、いろいろはおしまいになった。
話を聞いていて、そのまま落ちちゃうんだよね。
理解できないまま、膨大な情報を突っ込まれると、脳が強制終了されるのかなって思ったよ。
「明日は絶対に、絶対に遅れないで来てくださいよっ!」
って、しつこくしつこく念を押す書記官さんたちに見送られて、ほうほうの体で屋敷に逃げ帰った。
その晩、この世界に来て初めてうなされたよ、俺。
− − − − − − − −
翌朝。
起きたくないって駄々をこねていたら、ルーに強引に部屋から引っ張り出された。
イヤダイヤダって感じになっていたら、ルーの一声でメイドさんの一群がやってきて、俺のこと押さえつけて、強引に着替えさせて支度を整えた。
服を脱がされるときは、「あーれぇー」って声が出たよ。
なんかさ、生まれて初めて胃カメラを飲んだ、いや飲まされたときのことを思い出したよ。
あのときも喉の麻酔が効かなくて、3人の看護師さんが俺を押さえつけて、医者が強引に口からカメラを突っ込んだんだった。
あのときは、涙がぽろぽろこぼれたんだった。
そこまでは行かないけど、でもなんか、気持ちはより惨めな気がした。
で、両脇から抱え上げられて、メイドさんたちに屋敷から放り出された。
放り出された先には、ルーとその両親。
無情に背後で閉まるドア。
俺の屋敷だろ?
なんで放り出すんだよ、俺を。
ルーとその両親の3人の全身から滲み出てくる圧に負けて、俺、しかたなく歩き出す。
なんなんだよ、この3乗攻撃はよー。
対抗できねーよ。
屋敷の敷地を出たら、街中の人が、俺の進む道の両脇にぎっしりと立っていた。
なんで、みんな、こんなときだけ物見高いんだよ。
そんなことを思っていたら、俺が歩くにつれ、拍手が湧いた。
そして、それは王宮に着くまで続いた。
もー、頭ん中ごちゃごちゃ。
なんか、俺、右手と右足が同時に出ちゃってないかとか、この服にはありもしない社会の窓が開いちゃってないかとか、心配で心配で訳が判らない。
たぶん、心が逃避しちゃってたんだろうね。
拍手してくれた街の人達に、ありがとうとか、感謝しなきゃ、なんて気持ちが湧いたのは、いろいろが落ち着いたあとだった。
そのときはもう、ただただ必死な感じだったよ。
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できあがった、ルーの肖像画です。
カフカ@AUC(@Kavka_AUC)様の作のファンアートです。
ありがとうございます。
https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1336407020136615937
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