第5話 同行
エモーリさんの言葉に、俺、思わず力説した。
「本郷は、凄い男です。
絶対私より優秀です。
ですから、エモーリさんの使命にも、私よりずっと協力できるはずです」
「『始元の大魔導師』様、そういう自分以外の人間を認められるところは変わられませんなぁ。
分りましたよ。
じゃあ、前に依頼を受けた金のパイプ、どうやら作れそうですが、その新しい『始元の大魔導師』様に話をすればよいのですね?」
「……はい」
そか。
俺という人間をよく見てくれていたんだなぁ、エモーリさん。
「その金のパイプを使うと、物を冷やすことができるようになります。うまくすれば、夏のさなかに氷を噛ることすら可能になります」
そのあたりの熱交換器、エアコン設置でいじり尽くしているからね。電気工事士の強みだよ。
俺でもなんとかなるだろうけど、本郷ならもっと楽にこなすだろう。
問題は冷媒だけど、フロンは無理でもアンモニアだったら、スィナンさんがなんとかしてくれそうな気がするんだ。おしっこからアンモニアっていうと、思いきり嫌な顔をするのは見えているけどねー。
動力は水車で確保できるから、コンプレッサだってできる。問題は製造精度だけど、それも時間の問題だろう。旋盤だって、水車動力で作れるだろうから、あとは数こなせれば良いんだ。そうすれば摺り合わせのいいピストンも作れる。さらに、きちんとした弁だってきっと作れる。
そして、スクロール式やスクリュー式は厳しくても、ピストンを使うレシプロ式なら、きっと上手くいく。
春すぎまでにいくらか形になって、ネヒールの大岩近辺に設置できれば、まずは魚が冷蔵庫にしまえるからね。
その次はトーゴだ。
氷をトーゴで作れれば、夏でも刺し身が食べられるようになる。
ブルスの地引網だって、そこそこ豊かさを形作れていたんだ。ここならもっと豊かになれると思うよ。
「それから、こういうパイプも作れませんか。
たぶん、数はたくさんです」
そう言って、S字管を描く。
「この下の曲がりに水が貯まるので、下水の入り口に設置すると……」
「なるほど、空気の出入りが遮断されるわけだ。
そして、各家庭に全部設置するのですね。
なんで今まで気が付かなかったのかと思うようなものですが、これがあると確かに違いますねぇ。さすがは『始元の大魔導師』様です。
おまけに、これは儲かりそうですねぇ。
あっという間にこの形自体は他国でも真似られてしまうでしょうが、下水の配管の規格なんてまだありませんからね。
先んじた者勝ちです。上水も併せて規格化して、一気にコトを進めましょう。
そうすれば、その規格を利用して利益を無制限に増やしていけます。
ルイーザ、ぜひ、王様にも報告しておいてください。ウハウハだって」
「はい」
もー、いいよ。
好きに使えばいいじゃん、そのウハウハって単語。
「今のお話で、1つ決心がついたのですが……」
「はい?」
「その本郷さんという『始元の大魔導師』様には、エモーリ工房が引き続き全面的に協力しましょう」
「ありがとうございます」
「工房として基礎的な技術が上がっていますからね。いろいろなご要望に答えられると思いますよ」
「ありがとうございます。本郷も心強いでしょう」
「『始元の大魔導師』様。
ですが、このエモーリ個人は、お供させていただくということでよろしいでしょうか。口幅ったいことを言うようですが、お役に立ちますよ」
マジか?
それは本当に助かる。そして本当に嬉しい。
もう、なんとなくこの世界で、エモーリさんは自分の父親みたいな気がしているんだ。物静かで頼り甲斐があって、ね。
「……旅は厳しいかも知れませんよ。
その日の食べ物どころか、水にすら事欠くかも知れません」
そう言ったら、エモーリさん、笑った。
「『始元の大魔導師』様。
あなたが来られるまで、ダーカスのかなりの数の住人がそれに近い生活をしていたのですよ。それは、苦にはなりません。
それに、それが今やどうですか?
臭くない部屋で、冬から春にかけてさえ腹いっぱい食事をし、子供は誰もが読み書きができて、魔法に頼らなくても健康だ。そして、夜はみんな風呂で温まって寝る。
これが、たった1年と少しでの変化です。
重要なのは、これが王様に与えられたものではなく、ダーカスで最も貧しい者にすら与えられたということです。
これを他の大陸でも実現できるのであれば、このエモーリ、身命を賭する価値があると思います。私が求めるもの、そしてそれをなんのために求めるのかと考えれば、自明です。
私は、自分の持てるものを人々に注ぎながら、道を極めていきますよ。
つまりは『始元の大魔導師』様、あなたが、弱き者達への目を忘れない限り、このエモーリ、どこまでもお供しますぞ」
そっかぁ。
そんなふうに考えてくれたのかぁ。
ルーに継いで、2人目だね。
「ありがたくて涙が出ます。
ルー、エモーリさんの同行について、王様の許可を取り付けてくれないかな?
エモーリさんは他の人とは違うからね。きちんとしておかないと、大変なことになる」
「分かりました」
「私は、この曲がりくねった管とそれを取り付けるためのシステム等、今晩中に図面を引き、実現の目処を立ててしまいましょう。
王様からの同行のお許しが出たときに、残された仕事がないようにね」
「ありがとうございます」
俺、再びそう言ったよ。
「次はスィナンのところに行くんでしょう。
たぶん、行ったら驚かれると思いますよ」
エモーリさんの言葉にちょっと不安になったけど、「行けば判る」って言うから、このまま行くことにしたよ。
エモーリさんのところを出て、ルーと歩きだしてすぐ。
考えてみたら、もうお昼時だ。
ルーと申し合わせたわけでもないのに、そのまま食堂に入ったよ。
相変わらず、食堂のオヤジ、金のお玉を振り回しながら、口八丁手八丁で働いていた。
「おかえりなさい。
ダーカスに帰ってきた翌日、早速来てくれるとは嬉しいねぇ」
「おう、ただいま。
壺焼きが食べたくってね。やっぱりダーカスは食べ物が美味いや。
他所行って判ったよ」
ま、久しぶりだから、持ち上げてやるよ。
「食材がいいからねぇ」
おっと、神妙だね。熱でもあるのか?
「おんや、自分の腕が良いからとは言わないのかい?」
「いや、正直そう思っていたんだけれども。
王様だの『始元の大魔導師』様だのがいなくなったら、とんと飯が旨くなくてね。客からも同じこと言われてさ。
やっぱり、張り合いって重要だよ。
『始元の大魔導師』様は、新しい食材の味をこの世界で1番よく知っているだろ?
つまり、『始元の大魔導師』様がいなくなったら、この新しい食材はこういう味でこう喰うものなんだって、俺が言ったらそのまま通っちまう。
心底震えたね、その先になにがあるか考えたらさ。
やっぱり、『始元の大魔導師』様とやりあっている方が、作る甲斐があるってもんだよ」
まぁ、そうだねぇ。言いたいことは解るよ。
「そうかい、ありがとうね。
だけどさ、すまねぇけど、もうちょっとしたらまた旅に出る。
必ず戻ってくるから、待っていてくれよ」
そう言って、これからの予定を軽く伝えた。
俺の話を聞いたオヤジ、金のお玉振り回しながら、厨房から飛び出てきた。
「それは困る。困るなぁ。
よし、決めた。
俺も行く」
はあっ!?
「店はどうするよ?」
「それがさ、近頃な、俺の立場がダメなんだよ。
娘が10歳になった。
読み書きもできる。
したら、いつの間にか、俺の料理手順を全部記録しやがった。そして、嫁と2人で、『もうお父さんはいらない』とかこきやがる。
それでも、『料理は力仕事だ。まだお前らには無理』って言ったら、なんと言われたと思う?」
な、なんだよ、その急に縋るようになった目は。
「食材の無駄になった分、きっちり計算してやがってさ。
で、俺が重いって言ってたものが、ここまで軽くできるって言うんだよ。
もう立つ瀬がねぇ。
なんだよ、食材廃棄率って。
出した野菜の切り屑だって、飯の食えない奴のところへ渡してんだよ。
自分のとこだけの話じゃない」
「そんなことしていたのかよ。
それは良い行いだよな」
そう言ったら、オヤジさらに情けない顔になった。
「そう言ったらさ。
『そもそも人にやるために切り屑増やすのは、料理人どころか人としてどうか』って。『切り屑減らして、その分安くすれば、その方が沢山の人に恩恵が行き渡る。
俺は言い返せなくてなぁ。
だから、仕方なく言ってやったんだ。
『頭で考えたのと、実際に手を動かした結果は違う。お前らだけで、やってみろ!』って。
したら、悔しいじゃねぇか。平然と『いいよ』と返しやがった。
なら、俺も意地がある。
『始元の大魔導師』様に付いて行って、新しい料理を仕入れてきて、ソレはあいつらには教えねぇ、盗まれねぇ。
『始元の大魔導師』様、頼むから連れて行ってくれ。
あいつらを見返すんだ」
俺、悩んだけど。
でも、オヤジ、良い腕であることは間違いない。たぶん、魚だって料理できるだろう。自分勝手な判断かも知れないけどさ……。
俺、こうしたよ。
平然と「いいよ」って。
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