第3話 やらかし


 翌朝。

 俺とルーは、あちこちにあいさつ回りと、ほぼ30日間の留守の間の進捗状況の確認に出かけた。

 情報収集に手っ取り早いのは、商人組合かギルドと相場は決まっている。ただし、大きな問題も1つ。商人組合へ行っても組合長のティカレットさんは2つの意味で使い物にならない。

 1つ目は、昨夜の騒ぎで、未だに気持ちが去勢されちまっているであろうこと。2つ目は、一緒に旅をしてたティカレットさんが、ダーカスの情報を持っているはずがないこと。

 なので、目的地は自ずとギルドとなる。


 「おはようございます」

 そうあいさつしながら、ルーとギルドの建物の入り口を入る。

 懐かしのダーカスのギルドだよ。

 ハヤットさん、そういえば昨夜の風呂でも姿を見なかった。大丈夫かな。


 受付には、もとヴューユさんのところのメイドさんが2人って、あれ、1人しかいねーぞ。

 「あれっ、ハヤットさんは?

 地区長室?」

 と受付のメイドさんに聞くと、気まずそうに下を向いた。

 ……なにがあったんだよ。


 振り返って、いつも冒険者がたむろっているテーブルのある空間を見る。

 2人しかいない。

 これじゃ、パーティーすらまともに組めないじゃん。


 「なにがあったのか話して」

 ルーが受付のメイドさんに聞く。

 俺に聞かれたよりは良かったんだろうね。ようやく顔を上げて、ルーに答えだす。

 「人手が足らなくて。

 各国がみんな景気が良くなったみたいで、冒険者をしなくても求人がたくさんあるのでこんな感じになってしまいました。

 ついこないだまでの忙しさが、嘘のようです。

 そして、雑用のような依頼は、地区長自らが受けてます。朝から晩まで、高いところに登ったり、詰まった下水路の奥の探検をしたり、薬草を選別したり、またまた、『この歳になってなぜ』って言いながらここを箒を持って掃除をしたり、寝る間もないほど追い捲られてました」


 それは大変だ。

 大丈夫かな、また老けちゃうと困るぞ。

 で……、今、過去形だったよな。

 「今は、暇なの?」

 「それが……」

 なんでぇ、なんでぇ、また下を向いちまうのかよ。


 「あなたに、なにか責任があるとかではないんでしょう?

 話しちゃいなさいよ」

 ルーがもう一押しする。

 「地区長、もう1人の受付のに愚痴を言っていたのですが、つい3日ほど前から、どうやらでできてししまったようでして……」

 「でできたって、なにが?」

 と思わず聞いた俺を、ルーが目で制する。「黙れ、コラ」って目だよ。

 はいはい、黙りますよー。

 

 「地区長、とことん嫌になってしまったらしくて……。

 その娘と2人で引きこもっちゃって、自宅から出てきません」

 あ、そう。

 それはちょっと大変だな。

 いや、かなり、相当に大変な事態だよ。


 「雑用の依頼は溜まりますが、今いる2人もそこそこのクラスで、雑用は受けてくれません。

 もう、どうしていいか分りません」

 シャレにならんなぁ。


 でも、俺たち、ギルドに人が集まらないような、そういう話をしてきたよ。

 トーゴとエフスの移民について、各国とも人手不足だけど呼び返すことはしないって約束をしてきたんだった。

 あとは、この人たちの家族とか恋人も、だけどね。


 どこも人不足だから、高待遇で引き抜き合いが始まってしまう。それって、結局は誰も幸せにならないから、自粛の約束してきたんだよ。目先の条件でふらふらして、居場所が定まらなかったら冒険者と同じだからね。

 そんな中、加えて命賭けの仕事のあるギルドなんて、当然のように誰も来ないよなぁ。


 「解った。

 ちょっとだけ協力する」

 そう言って、俺、2人の冒険者の方に向き直った。


 「銀貨10枚ずつ。

 期間は8日。

 ここの地区長とパーティーを組んで仕事を受託する。

 この依頼、受けるかな?」

 「銀貨12枚ずつ。

 それなら受けよう」

 「よし、決まりだ。

 銀貨は半数を渡し、8日後に残りを支払う。

 ルー、2人に6枚ずつを渡してやってくれ。ギルドへの手数料も頼む。

 したら、ハヤットさんを迎えに行こう」

 俺、財布を持っているルーに頼む。

 

 俺とルー、ハヤットさんの家に向けて歩き出す。

 「銀貨で無理やり解決しましたね、ナルタキ殿」

 「まぁな。

 でも、ハヤットさんが戻ってきてくれるなら、安いもんだ。

 問題は、ここからだよ。

 ハヤットさんの心は、銀貨じゃ解決しない。他に手が思いつかないよ」

 「まぁ、出たとこ勝負ですねぇ」

 ルーもどことなく弱気だ。

 さて、どう出てくるかなぁ。



 ハヤットさんの家は、中庭のある頑丈な石造りの建物だ。

 幼い頃から、この中庭でこん棒を振り回して、ハヤットさんは強くなったと聞いているよ。

 ドアをノックする。

 人の気配はあるけど、出てこないな。

 再度、強くノックしてみる。


 しぶしぶって感じの、気の乗らない足音が近づいてきて、ドアが開いた。

 あれ、冒険者のフル装備じゃねーか。

 どうしたっていうんだ……。

 部屋の奥には、可愛いというより綺麗な娘が椅子に座っている。

 元ヴューユさんのところのメイドで、厳しく教育された人だからか、背筋が伸びていてとても綺麗に見えるんだ。


 「こっ、これは『始元の大魔導師』様……」

 「ハヤットさん、どうしたん?

 ギルドの労力は確保したよ。

 話、聞かせてよ」

 「……」

 間があくなぁ。


 「信用してよ。

 できることはするからさ」

 そう、さらに押して見た。


 「『始元の大魔導師』様……。

 これは事情がありまして……」

 「いや、それは解ってる。

 ハヤットさんが、事情もなしに出勤しないなんて考えられないもん。

 彼女ができたってのはホントなん?」

 「いえ、一面では正しいのかも知れませんが……」

 「事情がありそうだねぇ……」

 「お話いたします」

 ようやく、ハヤットさんが決心してくれたよ。


 「『始元の大魔導師』様、ラーレの後釜の娘たちですが……」

 「はい」

 「いい娘達なんですが、片方が……。

 実は家をなくしまして……」

 「火事でもあったのですか?」

 「いえいえ、ここは石造りの街ですからね。そうは燃えませんよ。燃えても間取りはそのまま残りますから、掃除して家財道具を運び込めば元どおりですし。

 いえ、そうじゃなくて問題は下水なんですよ。

 この間、下水が詰まって流れないので、なんとかしてくれという依頼がありましてね。まぁ、しかたなく行ったわけですよ。

 で、下水道に入ってみたら、恐ろしいほどの数のネラマの群れが……」

 ネラマって、この世界のネズミだよね。下水にいるって、ドブネズミかな。

 タチ悪いってのは聞いているよ。


 俺が持ち込んだ猫も、まだここで1回目の出産を終えたばかりだから、まだ10匹に満たないはずだ。どう考えても、「恐ろしいほどの数のネラマの群れ」に対抗できるとは思えない。

 ひょっとしてだけど……。

 今年あたり、相当に食べ物が増えた。それも栄養価が高いのが、だ。そのせいかも知れないよね。

 作物のすべてを利用し尽くすダーカスの人達をもってしても、前と同じってわけには行かなかったんだ。ま、少なくとも、排泄物の富栄養化は絶対あったよ。


 「それを見て、恐れをなしましてね……。

 下水道自体とか、建物が燃えないであろうことをいいことに、下水に油を流して火を点けたんですよ」

 それはまた、ずいぶんと攻めたねぇ。

 手っ取り早くもあるだろうけどさ。

 だけど、最終的に元風呂で元水泳プール、今下水処理場の水たまりに大量のネマラの死体が浮くぜー。想像すると、絵柄が怖いよ。かといって、そのままネヒール川に流したら、エフスとトーゴから苦情が来るぞ。

 「そうしたらですね、『ぼん』って言って、よりにもよってアイの家で火柱が上がったそうです」


 俺、吹きそうになった。さすがに堪えたけど。

 あー、メタンガスでも発生していたかねぇ。

 で、この娘の名前はアイちゃんなんだね。

 まぁとにかく、あちこちの家で、みんな一斉に火が吹き上げられなくてよかったよ。

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