第37話 返礼
わいのわいのと大騒ぎしながら、ブルスの人達、避雷針鉄塔をお神輿さながらに担ぎ上げる。
で、ブルスの港から潮のこない広場まで運んで、横たえられたアンテナをよくよく見てみたら、一番先端の長ーい棒が取り外せそう。がっちり固められているんだけど、5m近い一体成型ではない別部品だ。これを一旦取り外して、鉄塔の櫓のてっぺんから出したり引っ込めたりできれば高さの調節ができるな。導通をしっかり確保する必要はあるけれど。
高さの遊びが少ないので、魔素流と雷を100%切り分けられはしなくても、8割分別できるだけでも負担は大きく軽減されるよね。
「さて、どうするかね」って見ている間もなく、ブルスの職人さん達がわらわらと取り付いて、がんがんってすごい音を立て始めた。
「『始元の大魔導師』様。
すべてをダーカスからの客人にやってもらうんじゃ、ブルスの職人が情けないってことになりますからね。
半日ください。
こいつに、伸び縮みする機能を付けてみせますから」
どのジャンルのどの職人さんかは判らないけど、そう話を通されたよ。
「それは心強い。
お願いします」
残された大仕事はこれだけだ。
これについては、お任せしよう。
正直助かったよ。
でも、先端の部材はもーっと長い交換用をあとから送るから、それに交換できるように考えといてって話したよ。
その翌日。
避雷針鉄塔の据え付けも、もう手慣れたものだ。
またもやブルスの街の人達が集まって、熱い視線を浴びせる中、避雷針の鉄塔が立ち上がった。
輪になったロープを手繰ると、先端の棒がするすると天に向けて伸びる。逆を引っ張ればしずしずと下がる。
いい出来だ。これなら長い部材に交換して、重くなっても大丈夫だろう。
ブルスの職人さん達の意地、見せてもらったぜ。
あとで、このロープもダーカスから運んだ鎖に変えれば、さらに完璧だろうさ。ロープだと燃えちまうかもだからね。
俺、船の帆柱から外して、
そして、それを避雷針の根本に繋いで、海まで引っ張って、波間に放り込む。
金ってのは柔らかいから、こういうときは助かるね。巻きつけて叩くだけで一体化してくれるからねぇ。
これで全作業が終わり。
これから夕立だかスコールだかのあとは、海のこの周囲には落雷の電気ショックで魚が浮くかもね。
子供たちが掬って、晩御飯のおかずにするのはいいけど、雷が去ってからでないと死ぬぞって、念入りに伝えたよ。
そして最後に、この作業を見に来ていたブルスの国王夫妻からお言葉。
てかさぁ、若い夫婦揃って避雷針の鉄塔の前に立っているのが、妙に絵になる。
美男美女は得だよねぇ。
「このたび、ダーカスと『始元の大魔導師』殿のお陰をもち、ブルスの栄光ある未来は守られた。
感謝してもしきれぬ。
これより、我がブルスはダーカスとの永遠なる友好を誓おう!」
ブルスの王様の高らかな宣言。
沸き起こる盛大な拍手。
「このことを寿ぎ、ブルスの王室よりこの場にて、みなに食を振る舞いましょう。
なお、ダーカスと『始元の大魔導師』殿により、さらなる農地の拡大の予定が立てられたのみならず、新たなる食材の元となる種子を譲り受けました。
来年のこの同日には、皆で入る風呂も完成していましょうし、さらなる宴を催そうではありませんか。
皆、楽しみにして、待っていてくれますね?」
と、これは王妃様。
沸き起こった拍手が揃っていく。コンサートのアンコールのときみたいだ。
そこで、王様夫妻が手を上げて、
俺の仕事の全工程を見たブルスの技術者達は、あとは自力で維持していくことができるだろうさ。
同時にこれは、この世界での俺の仕事が全て終わったことを意味する。
自分のやったことに関して、心残りはない。
− − − − − − − −
王様と書記官さん達は、ブルスでの条約締結の仕事を終わらせていた。
ティカレットさんも、ブルスの商人たちとの契約を終えていた。
これから、ダーカスとの間を結ぶ海沿いの街道に、避雷針アンテナや架線ケーブルを設置して安全にし、より行き来を活発にする方針も決まった。また、ブルスの首都の街から、もう一つある
この沿線沿いは安全が確保され、一気に農地が広がるだろう。
サヤンの奴、チームを割って、数カ所同時に工事しなきゃいけなくなるだろうな。それにしても、しばらくは休む間もないほど忙しいだろう。
さて、これでダーカスに帰るばかりというときになって、もう1回だけと非公式のお食事会のお誘いが入った。
例の避雷針のお礼なんだそうだ。ブルスの王室として、必要経費とは別にどうしてもお礼がしたいと。
たしかに、公共工事の規模としては、案外大きいんだよね。
ダーカスであれを作ったときは、まだ人件費も材料費もすごく安かった。だけど、それでもブルスで買おうなんてことになっていたら、おそろしい額になっていただろう。まず輸送費からして、シャレにならない。
船なんかないから、30人で手で持って運ぶしかない。そうなると、水と食料も持たないといけないからと、どんどん人数が膨れ上がる。
製作時の鉄を溶かす燃料とかまで考えると、ブルス側は国家予算レベルの事業って認識でいるだろうな。
それを数日で実現したんだから、ダーカス側よりブルスの方が温度感が高くても、まぁ不思議はないよ。
で、だけど……。
ブルスの王様から、俺にとっては嬉しいプレゼントがいくつもあった。
航海に長けた人を出してくれるってさ。外洋航海は、この大陸では誰1人、経験していない。
でも、ブルスには古い文献が残されているし、それに精通した人もいる。ダーカスの王宮図書館にはその手の文献なかったけど、リゴスには残されていたらしい。やはり、海沿いという立地のお陰だろうね。
で、革張りのボートしかないという極めて限られた条件の中で、潮の干満、潮流、気象とか、測定と観測を可能な限り続けて、古い文献とのすり合わせをしてきたって人らしい。
どこの世界にもマニアはいるなんて、そんな言葉で済ませちゃ申し訳ないレベルだよね。
で、この場で引き合わせてくれた。
デニズさんって人だ。
それに併せて、世界地図の提供。
ダーカスにも単なる世界地図ならあるけど、1000年分の公文書保存の中で、きちんとした海図はどこかに潜り込んでしまっていた。
だって、見る必要がどこにもないもんな。
で、地球儀を片手に旅に出るような冒険の旅をしようと思っていたんだけど、海図があるなら心強いことこの上ない。
さらに最後のプレゼント。
天測機器。
ブルスの王立博物館で緑青が湧いていたのを、全部磨き直して使えるようにしてくれたらしい。で、デニズさんが使い方も復元したそうだ。
これはマジでありがたい。
ルーからスマホを強引に取り返しても、ここじゃGPSが使えないのは判りきっていることだからね。
それでも地図と天測機器があれば、どこへだって安心して行ける。
俺の他の大陸に渡るって決意が、初めて具体化した気がしたよ。
なんか、感謝のあまり震えそうな手で、そのあたりの目録をブルスの王様から受け取った。
てかさ、これらのもの、避雷針鉄塔より価値があるかもしれない。
思わずそう口から出ちゃったら、ブルスの王様は笑ってこう答えてくれた。
「デニズは、私の幼馴染です。
デニズから、『いつか外海に出させてくれ』という要望をずっと聞かされておりました。
私も、共に海に出ようと約束していたのです。
ですが、今や私は王たる身、一か八かの冒険の旅には出られない。
なので、『始元の大魔導師』殿とデニズに道を拓いてもらい、私はその後を追いたいと思います。
ぜひこの航海を成功させ、また海の向こうの国を救い、たどり着く場所を作って欲しい。
だから協力するのです」
なるほどなぁ。
毎日海を見て生活していれば、その向こうにあるものに憧憬を持たないはずがないもんな。
「ブルスの王よ。
その際には、このダーカスの王も共に行こうぞ。
今回のこの大陸の旅で、世界の広さがよく解った。
さらにこの外があるのであれば、そこも我が目で見てみたいもの。
旅は、まことに良いものぞ」
「共に参りましょう」
王様同士、両手での固い握手をしている。
ま、こっちもこれはこれで良い話だよね。
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