第38話 帰着
出航の時が来た。
船から荷車を何台も下ろして、ブルスへの最後の贈り物にする。
ブルスからは、特産の向こうが見えるほど薄い布がたくさん。
こちらは公式の外交上のやり取りだ。
これ、ダーカスの女性のファッションに、一大センセーションを巻き起こすかも知れないね。
もうブルスの技術者達もいないし、物資もないから、船はほとんどすっからかん。
デニズさんが興奮して船の中から外まで歩き回っていることを除けば、なんか本当に淋しくなっちゃったよ。旅の終わりって気がする。
船べりから、ブルスの街並みを再び眺める。
王様夫妻を含め、たくさんの人達が見送りに来てくれている。
なんか泣きたくなった。
そして、俺の横で、ルーはもう泣いていた。
30日にわたる旅もあと2日だ。それで全員がダーカスの都に戻る。
帰れることは素晴らしい。
でも、それとこれはまた違う感情なんだ。
王様が、笑顔で片腕を上げた。
「さらばだ。
だが、また会おう」
王様だって感無量だろう。でも、立場上、そんな感情を出すわけにはいかないんだ。「自国に帰るのが嫌で泣いた」なんて、あらぬ噂を立てられないためにもだ。
つくづく思うよ。俺に王様は無理。
泣きたいときには泣きたいからね。
ブルスの王様も片腕を上げた。
「次はまた、こちらから伺おう。
そして、共に旅をしようぞ。
さらばだ」
ヴューユさんが呪文を唱えた。
帆が、ぱんって膨らむ。
船が一気に加速した。
ブルスの人達の間から、いろいろな声が聞こえてくる。
「さようならぁ!」
「また来てくれ!」
「ありがとうぅ!」
「『豊穣の女神』様への巡礼に行くからなーっ!」
こちらからも叫び返す。
「ありがとう!」
「船はすぐまた来る!
乗って来い!」
「またなぁっ!」
なんかさ。
……最後に訪問した国が、ブルスで本当に良かったよ。
− − − − − − − − −
1日、波は穏やかだった。
船の周り以外は、陸地側から風が吹いているから、波頭に飛沫さえ立っていない。
船は順調に進み続けた。
− − − − − − − − −
トーゴが見えてきた。
すでに薄暗い中、港にはデミウスさんとパターテさんの姿も見える。
わらわらと、その他の人達も駆け出してくるのが見える。
帰ってきたなぁ。
ルーが魔法を解呪して、風が止まった。
船は、惰性でゆっくりとトーゴの港に接岸する。
手慣れた感じで渡し板が架けられて、船を降りる準備が整った。
再び、思う。
帰ってきたよ。
王様、船から降りて、いきなり跪いた。
そして、地に伏す。
「我が土よ。
余は帰ってきたぞ」
そう、つぶやくのが聞こえた。
俺ですら感無量なんだから、王様の気持ち、想像するに余りある。
生まれて初めて故郷を離れ、この長旅だったんだからね。
あー、なんかもう、俺も泣きたいよ。
俺にとっても、故郷はここになっているんだなぁ。
もう時間が時間だから、ここで一泊。
明日の朝一番のケーブルシップでダーカスに向かう。
トーゴのまだまだ新築の木造の家に、俺達は分宿する。
俺の泊まっているのは、デミウスさんとラーレさんの新婚家庭。
ちょっと恥ずかしいけど、ルーもいるからここが一番だということになった。でも、ルーは『豊穣の現人の女神』だから、まだ手は出してないぞ、俺。
「『始元の大魔導師』様。まずは報告を」
とデミウスさん。
で、まだ時間が早いので、俺の配下の船乗りたちもいるし、漁労長のバーリキさんもいる。当然、デニズさんもだ。
気持ち的にはまだ仕事のうちだ。
「3艘目と4艘目、進水が済んで、艤装中です。
5艘目と6艘目、明日明後日にも進水です。
このあたり、今頃は王宮の書記官が、直接、王様に報告している頃でしょう」
「おお、すごいですね。
もうそこまで行っているんですか」
「エモーリが細かい改良の設計はしたのですが、デリンがいないのでイメージ化が完全にはできません。
どうしても従来のものになってしまいます」
「まぁ、仕方ないんじゃないですか」
そう答えはする。
でも、実際のところ、細かくバージョンアップしないほうが良いとは思うんだ。
だってさ、全部違う船になっちゃったら、メンテが大変。
造った以上、しばらくはメンテもこっち持ちだろうからね。
船乗りたちも混乱するよ。
今、同じ船で漁も航海もやっちゃっていて、船とその乗組員の関係も流動的。だから、尚のことだよ。今のうちにノウハウを蓄積して、船の目的によって分化させていくんだ。
で、3隻目が俺の船になるのだろうな。
今度こそ、船名を付けるぞ。もちろん「ヤマト」だ。
デミウスさんの話は続く。
「それから藁半紙、予定より順調です。
毎日、日が照って空気が乾いています。天候に恵まれているので一番時間がかかる乾燥が短縮できているんです。
なので、船を出して各国に1回目の納品をしておきたいのですが……」
「それはぜひお願いします。
たぶん、帰りにたくさんの人達が乗ってくるかも知れないので、できるだけ各港に寄港しながら戻ってきてください」
「えーぃ」
これは、船乗りたちの返事。
なんか、だんだん冒険者だった頃の面影が消えて、海の男になっている感じだな。
で、2人いた女性は、漁協のお姉さん化してる。
「この内の半分のメンバーで明日出航し、各国の港を廻って、10日で戻ってこれますか?」
「えーぃ」
「どっちなんだよっ?」
「えーぃ!」
「だから、どっちよっ!?」
「戻ってきまーす」
「よろしくお願いします。
それから、判んねーから、きちんと喋れー!」
「えーぃ」
くっ。
お前ら、最初は冒険者として、「応っ!」とか返事してたよな。もー、言葉、ぐずぐずじゃねーか。
やっぱり、形から入る奴らだなぁ。
「残りの半分のうち4人は、俺と一緒に旅に出て欲しい。残りの者は、定期航路と漁業を守ってくれ。当然のことだけど、人は増やしてな。
俺としては戻ってくるつもりだけど、不踏の航路だ。海図はあっても、どうなるかは判らない。
死ぬ覚悟も必要になるかも知れない。
ただ、冒険者冥利に尽きる仕事にはなるだろう。
俺は強制はしない。
行きたい奴は返事をしてくれ!」
「えーぃ」
「だから、判んねーよっ!
行きたい奴は手を上げろっ!」
ざぁっ。
くっ、全員かよ。
「全員は無理なんだ。済まない」
「それは、『始元の大魔導師』様、約束が違います。
『未知なる世界を求めて外海に乗りだすのだ。新たなる大地の発見、未知の世界だ。おまえたちがそこから背を向けるのであれば、俺はお前たちを必要としない』とか、カッコいいこと言いましたよね。
我々、そのためにここまで歯を食いしばり、すべての課題をこなしてきたのですぞ!」
「ですぞ!」って、あああ、言葉使いが昔に戻ってきちゃったよ。
「俺、そんなこと言ったの?」
全員が揃って深く頷く。
思わず、ルーを見ると、すげー非難がましい目で見られていた。
「『始元の大魔導師』様。
逃げようとした私の後ろ襟首掴まえて、抑えつけておいて言ったんですよ、それ」
……あ、そう。
逃げようとしたことは認めるんだ……。
あ、汗出るな、今日は。
「じゃあさぁ、半分。
半分は連れて行く。
で、西に行く。
東に行くときには、残りの半分を連れて行く」
「この星、丸いんですよね。
一周しちゃったら、残りの組は裏切られたのと同じですよね?」
「……じゃ、じゃあ、最初の探検は、北半球を一周する。
次は、南半球を一周する。2回目の方が南下する分だけ航路が長いし、全然別の世界になるだろうから、より冒険の度合いが高くなる。
これでどうだろう?」
「『どうだろう?』と言われましても。
そもそもですよ、この海図が正確なら、星を一周するだけで1年は掛かりますよ。解って言ってますか?
行った先で何とか補給をしないと、絶対無理ですよ」
「ほう、補給なんてことを考えられるようになったのか。素晴らしい。
じゃあさぁ、どうしろって言うんだよー?」
「ときどき、突然駄々っ子になりますよね。やめてください。
じゃあ、2ヶ月ぐらいで帰ってきてください。それが現実的です。それを2回やって、全員に外海の経験を積ませてください。
さらに、その間、残された方は、新たな船乗りの人材育成に励みます。
そして、4ヶ月後、我々全員を連れて、出発しましょう」
「くっ、それしかねーか。
でも、1ヶ月でどこかの陸地に着いちゃったら、そして、
「じゃあ、今の話はナシです。
我々としては、全員行くか、全員行かないかのどっちかです」
あ、あ、お前ら、強硬だなぁ。
でも、ルーの助力もアテにできない今、なんか手を考えなきゃだ。
「デニズさん、なんか良い手がありませんか?」
角度を変えて丸投げする俺。
「まだ10日あるんですよね。『始元の大魔導師』様の考える出発まで……。
人さえいれば良いんですが……」
そこで、デミウスさんが口を開いた。
「実は、いますよ、人。
船に乗るための要員といって、サフラから20人が歩いて来てます。
昨日は、リゴスからも数人来てましたが、明日にはもっと来るとのことです。
その人達、エディからも来るって話してましたよ」
そか、船に乗る人員の研修の話、
しかも、新世界の探検に、各国からの参加者を認めなきゃって話もあった。
トータルとすると相当の人数が来る。そしてもう、第一陣が着いているんだな。
「よし、明日から、その連中をびしびし鍛えろー。
明日ダーカスに戻ったら、ダーカス国内の有志も募って、2日以内にここに来させる。
俺達が出港した後に、海運と漁業に穴をあけるな。
で、デミウスさん、なんでもっと早く言ってくれなかったの?」
「困った顔されているのが、面白かったからです」
「あ、あのなぁ……」
ゴ○ゴ○3みたいな顔で、それはねーだろーがよー。
あー、イジられる存在になってしまう、ダーカスに帰ってきたよ、俺。
翌朝。
ケーブルシップに乗った俺達は、ダーカスに向かう。
途中、エフスは通過だったんだけど、ネヒール川の両岸から歓声を受けた。
エフスの人達は、サフラを中心とする純粋な移民だから、それぞれの故国に対するダーカスの助力とそれによる発展が見えていることに喜びを感じてくれているんだろう。
木造の橋のたもとにはケナンさん達に加えてマランゴさんも揃っていたけど、橋の上は人がいない。
王様と俺の頭の上に人がいるのを避けたいって配慮みたいだ。
気を使わせちゃってるなぁ。
ありがとう。そして、ごめんねー。
そして、いよいよネヒールの大岩が近づいてきた。
もう、なんか嬉しくて仕方ない。
帰ってきたよ。
大臣に王宮書記官たち。
ギルドのハヤットさん。
エモーリさん、スィナンさん、石工のシュッテさん、農業のタットリさん、研磨職人のパーラさん、学校の生徒達とユーラ先生。その後ろにはルーの親父さんの校長先生夫妻。
みんないる。
嬉しい。
本当に故郷に帰ってきたんだ。
帰ってきたんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます