第32話 思惑
「これは競技である」
その言葉が静かに響き渡ったあと……。
練兵場は静まり返った。
「ギュチが本気を出せば、一瞬で勝負がついていた。
だが、そのギュチを縛ったのはこの老骨である。
この老骨が、『身の程知らず』などと言ってしまったがゆえに、ギュチはその言を証明するために、ただ勝つための戦いができなくなった。このことについては、自ら発した言葉に思い当たる者も多いはずだ」
エディの人達の中で、下を向いてしまう人が現れた。
そうだね、「まだ決めるな」なんて言った人、責任を感じるだろうね。
「聞け!
この老骨を含め、エディの
負けは負けである。
そして、負けの代償は払わねばならない。
この老骨、我が財、そのすべてをもって、
この上、ダーカスと『始元の大魔導師』殿に甘えることは、我が矜持が許さぬ。すべてを対等にし、恩義は恩義、返礼は返礼として、この大陸に再びエディの存在を知らしめん。
よいか?」
「お、応っ……」
「よいなっ!?」
「応っ!」
2回目で、ようやくエディの人達の声が揃った。
トプさんの顔が、痛みに歪んでいる。
でもそれに構わず、ダーカスの武官の人がトプさんの折れた腕を引っ張る。
そこへ、ヴューユさんの治癒魔法。
「骨が曲がってついちゃったら、あとが大変ですからね」
あまりの光景に目を背けている俺に、ルーが説明してくれた。
1回じゃ足らなかった。
ルーも1回唱えて、計3回。
重傷だよ。
でも、それでトプさん、なんとか傷は癒えたけど、身体全体がガス欠を起こしている。なんか食べさせてあげないとだなぁ。
ともかく、トプさんの作戦、ようやく聞ける。
「いや、本当に助かりました。
最初から、『最短時間で決めろ』という指示になっていたら、絶対に勝てませんでした。
『身の程知らず』と言われたときは、安心してそれが顔に出そうで困りましたよ」
そうかー、あれで俺は、余計に怖くなっちゃっていたけどなぁ。
「3回はいたぶらせて、それに耐えようと思っていました。
だから、いつも同じパターンに持ち込み、腕を掴まれても本気では逃げず、私がなにもできないと思い込ませたのです」
「もう、突き飛ばされて吹っ飛んでしまうたびに、死んじゃうんじゃないかって心配で心配で……」
「『始元の大魔導師』様、あのですね、転がったからこそ、あの程度の怪我で済んだのです。
踏ん張って耐えようとか、力で対抗しようなんてしていたら、もっと酷いことになっていました。
脳震盪とか内臓を傷めるとかは、戦闘不能に直結しますからね。衝撃は逃さないと、なんです。
一応、全部計算ずくではあったんですよ」
「だが、トプよ、『始元の大魔導師』殿だけではない。
余もそちが死んでしまうのではないかと、もう、心配で心配で……」
そう言う王様、まだ手が震えている。
「ギュチでしたか、彼は、この競技に特化していましたね。
元は兵を鍛えるための競技だったのでしょうが、強い者を選抜してさらに技術を磨かせた結果、彼は兵ではなくなってしまった。
殺し合いも視野に入れねばならない、軍の兵ではなくなってしまったのですよ。
片腕を斬り落とされたからと言っても、もう片方の手に棍棒を持っていればその兵はまだ戦う力がある。それを忘れてしまったのが彼の敗因です。
我が王よ、私は身体の動く部分が残っている限り、戦う覚悟があります。
それが、ダーカスと豊穣の女神に仕える者の務めですから」
「ダーカスはよき忠臣に恵まれた……」
王様、俺、あなたがこんな感じに泣くのは、初めて見ましたよ……。
− − − − − − − −
「で、アスランというあのご老人、結局なにがしたかったんでしょう?」
ヴューユさんが、誰ともなく聞く。
王様が答えてくれた。
「1つ目は、エディ国内をまとめるためだろう。
どこの国にも守旧派はいる。
ダーカスが勝てば、その者たちも仕方なく黙る。
エディが勝てば、満身創痍のトプに免じ、勝者の余裕をもってダーカスの提案をいくつか受け入れてやっても良い、とやらかすつもりであったろう」
なるほどなぁ。
ルートは変わっても、結果は同じかぁ。
「その証拠に、摂政殿を責めたではないか。
あれこそ、守旧派をまとめるための言いぐさよ」
あ、あれは、エディ国内の仲間割れじゃなかったと。
つまりは、不満を持つ者達を釣りあげたんだ。
で、自分の考えを周りに明らかにしたところでギュチさんが負けて、立場を失った。
すげーな、あのじーさんの腹芸。
たぶん、ギュチさんが勝っていたら、じーさんのとっては味方につけられていたはずの人達なんだろうなぁ。
そう考えると、「身の程知らず」って絶妙な言葉だ。
「まだ決めるな」とかの、致命的な言葉に比べてね。
軽い言葉が生んでしまったことに対して、早々に責任をとって、自分を安全圏に置いた。
いやらしくさえ、あるな。
「問題は、2つ目よ」
「2つ目とは?」
俺、思わず反射的に聞いてしまう。
「ダーカスとリゴスが結ぶと、必然的にエディの価値が下がる。それを心配したのよ、あの御仁。
ゼニスの山があるとはいえ、そこにトンネルを掘ったら、エディはダーカスとリゴスから挟み撃ちに合うかもしれぬ。
エディの命運を他国に握らせるわけにはいかぬと、そう思っていたに違いない。なので、ダーカスの力を測ろうとしたのだ。
その上で、対リゴスのために、ダーカスとエディで軍事同盟を結びたいと思っておろう。そのために、まずは1回、きちんと
「同盟を結ぶために、諍うのですか?」
これはルー。
こんなん、もー、俺には解らねーよ。
「通常であれば、軍事同盟以前に、平等な関係の平和条約から結ぶのが筋であろう。
いきなり運命共同体となる軍事同盟は難しい。だが、勝敗という上下関係が生じてこそ、軍事同盟は結びうる。
それなき軍事同盟は、烏合の衆と同じよ。どちらが戦いの指揮権を持つかも決められぬ。結果として、片端から切り崩されてしまうだろう」
ああ、平和条約と違って、実際に戦争が起きたときのことを決めとかないといけないのか、軍事同盟は……。
「トプの勝利、『始元の大魔導師』殿の火薬。
これは、あの御仁にとって、エディの負けを確定させる良い材料であった。
まして、今までゼニスの山に阻まれ、没交渉気味であったのだから、軍事同盟の話題自体を切り出せなかったはず」
「となると、『すべてを対等にし、恩義は恩義、返礼は返礼』と言ったのは……」
「そうよ、余も今、気がついた。
つまりは、そういうことよ」
王様、ヴューユさんの問いに答えた。
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