第31話 勝敗
結構な力で放り投げられたらしい。
トプさん、肩から着地したけど、そのまま地面をごろごろと転がっていく。
そして、そのままの勢いで立ち上がったけど……。
なんかもう全身擦り傷だらけで、血が滴っている場所すらある。
「終わったら治癒して貰えばいいんだから、安心していたぶられていろ!」
「ダーカスの魔法が、本当に効くんならなぁ!」
野次が飛び、エディの人達の間で、どっと笑いが湧いた。
トプさん、立ち会いからのぶちかまし、なんでしないんだろう?
普通に戦って勝てる相手じゃない。
だって、小学校3年生と大人の戦いみたいだよ。
再び、ギュチさんとトプさん、向き合う。
てか、トプさん、なんで向き合えるんだろう?
俺なら怖くて、逃げるかしゃがみ込むかのどちらかになってしまいそうだ。
再び、上空から手が降ってくる。
トプさん、また一歩下がる。
今度は恐ろしいことに、ギュチさんの手、逃げるトプさんの頭を悠々と掴んだ。そしてそのまま突き飛ばす。
今度はトプさん、地面の上を後ろ向きに転がっていく。
また、エディの人達の間で、歓声が湧いた。
トプさん、一度は立ち上がったけど、がくんと片膝を突く。
ダーカスの人達の間から、悲鳴が上がった。
王様、手を蒼白になるほど握りしめている。顔も、真っ青だ。
「トプ、済まぬ、トプ……」
そうつぶやく声が、聞こえてきた。
ルーの顔色も蒼白だ。
たぶん、俺だってそうは違わないはずだ。
トプさん、なんか作戦があるのかもしれないけど、これじゃ、それを実行する前に死んじゃうよぉ!
トプさん、ゆらゆらってぐらい、覚束無い足取りで立ち上がる。
ギュチさんの手が、まだ構えてもいないトプさんを捕まえて、抱え上げる。これで数歩も歩かれたら終わりだ。
ダーカスの人達の間からは悲鳴が、エディの人達の間からは嘲笑とブーイングが起きた。
「まだ決めるな!」
「もっといたぶれ!」
「もっと教訓を与えろ!」
「この場をダーカスのトラウマにしてやれ!」
そう声が上がり、足を踏み鳴らす音が響く。
ギュチさん、歩きかけた足を止め、トプさんを丁寧に地に降ろして立たせた。それから、ぱんぱんって体についた埃を払ってやり、それから改めて両手で突き飛ばした。あくまで、殴るではない。押しているんだよ。
トプさん、なにもできないまま空を飛んで、また地面を転がっていく。
もう、これ、車にはねられているみたいなもんだ。
エディの人達から、爆発するような勢いで笑いが湧いた。
「いいぞ、ギュチ!」
「ギュチ! ギュチ! ギュチ! ギュチ! ギュチ!」
熱狂的な掛け声が湧く。
トプさん、なにかの信念に縋って立つのだろうけど、ぼろぼろなんてもんじゃない。
腕、絶対骨折しているよね。
立っている地面にも、ぽたぽたを通り越して、つーっと血が滴っている。
「トプ、もう止めてくれ……」
王様の声が、ダーカスの人達の悲鳴を圧して響いた。
でも、トプさんが立っている以上、そしてまだやるという意思を見せている以上、審判も試合を止められない。
タオルはないのかよ、この競技には……。
「決めてやれ、ギュチ!」
ついに、ご老人の声が響いた。
「楽にしてやれ!」
「ギュチ相手に、根性を見せたのは認めてやる!」
ついに、そんな声がエディの人達から湧いた。
再び、2人が向き合った。
さっきと同じように、ギュチさんの手が、はるか高みから降ってくる。
初めて、トプさんがそれに合わせて前に出た。
ぐんとしゃがみ込み、骨折していない方の半身をするりとギュチさんの胴体近くに滑り込ませる。
慌て気味にトプさんを捕まえに行ったギュチさんの手は、トプさんの身体の油で滑った。
どん、って音が響いた。
トプさんの足音だ。
今回初めて見る、トプさんの力強い動きだ。
地面に深い穴があくほどの勢いで足を踏み降ろし、トプさんの肩がギュチさんのみぞおちに食い込んだ。そして、次の瞬間、伸び上がったトプさんの額、ギュチさんの顎に当たっている。
ギュチさんの両足が宙に浮いた。
なんか、すべてがすごーくゆっくりに見えた。
ふわぁってギュチさんが宙に浮き、仰向けにゆっくりと地に落ちる。
そのときには後を追って跳躍したトプさん、ギュチさんの胸の上に膝立ちで着地している。
そのまま、大きく1呼吸、2呼吸。
審判、呆然とそれを見ていたけど、3呼吸目で初めて我に返った。
そして、もう1呼吸を待ってから、ようやく叫んだ。
「勝者、ダーカスのトプ!」
宣言。
練兵場は、静まり返った。
王様の顔、蒼白で目玉が飛び出しそうだ。
きっとまだ、なにが起きたか理解しきれていない。
それでも、ぱらぱらとダーカスの人の間から拍手が湧きだした。
そして……。
「今の勝負は無効だ!」
「ギュチが本気を出せば、一瞬で勝負がついていた!」
「今のは不意打ちだ。狡いぞ!」
そんな声が、エディの人達から聞こえてきた。
わあって声が湧き、殺気立った視線がこちらを向く。
「ここから逃げた方がいいです。
集団リンチなんかになったら、目も当てられません」
ヴューユさんが、焦って早口になって進言する。
さらに、エディの人達から怒りの声が湧いた。
視線の束がこちらに向かってくる。
俺、船の連中に持ってきて貰ったものを、使う覚悟を決めた。
エディの人達の、高めの頭上を狙ってぶっ放す。
船だからね。遭難したときに居場所を知らせる用に、黒色火薬でいい加減な花火をでっち上げたのを積んであったんだ。信号弾だな。
爆音が響いた。
響いたなんてもんじゃない。練兵場全体が鳴動した。
立っていた人はしゃがみこんだり、地に倒れ伏した。
そりゃそうだ。
無限に広い海上という空間で、「ここにいるぞ」って知らせるには普通の音量じゃ足らない。俺の配下の海担当の連中と、「もうちょっと行っちゃう?」「いきましょ、いきましょ」なんて、盛大に火薬を詰め込んだ逸品だからね。
これで、水平に撃ったら、恐ろしいことになっていたと思うよ。
耳鳴りがまだ止まない中、ルーの声が響いた。
うん、女性の声ってのは、こんなときでも通るな。
「『豊穣の現人の女神』として、エディの民に問う。
これは、競技か?
それとも2人の人間の殺し合いか?
エディとダーカスの国家間の戦争か?
それぞれの回答に対し、ダーカスはすべての対応がある。
そして、それは諍いの相乗を生み、結果として不毛という子しか産まぬ。
まずはそこを問おう」
俺も、その尻馬に乗ることにした。
「同じく、『始元の大魔導師』として問う。
エディの
私は、今のこれは競技だと思っていた。
その競技が原因で、戦さを起こすとすれば、『エディの奪い合いを抑止する力としての戦力』という大義名分は二度と成立しない。
あくまで、最強の名を守るためだけの醜い力だということだ。
そもそも今回のこの競技は、世界を救うに辺り、『エディの奪い合いを抑止する力としての戦力』の重要性と、『ダーカスの奪い合いの必要がないほど豊かになる』という考え方の違いを整合するためのものであったはず。
共に重要で、この世界を救うという意思に違いはない。
『豊穣の現人の女神』の問いへの返答如何によっては、再度、この雷槌をエディ全体に起こさねばならぬ。
なぜなら、リゴスを始め、豊かになりつつある国々は、この返答次第でエディを決して許さぬであろう。この大陸が戦火に焼き尽くされるのであれば、その前にここに雷槌を落とし、戦火を最小限に留める。
さぁ、『豊穣の現人の女神』の問いへの回答は如何?」
「これは競技である」
静かな声。
あらら、ご老人、まっ先にあんたからその回答が来るとは思わんかったぞ……。
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