第30話 対戦開始


 「『始元の大魔導師』殿。

 本当に申し訳ないが、トプが勝つ方法はなにかないものだろうか?

 余の口にしたことで、皆に負担を掛けるのは誠に忍びないことなのだが……」

 いつになく、王様が神妙な顔している。


 「我が王よ。

 私がコーヒーについて話してしまったのも、原因の1つ。

 私に対してはそのようなこと、お気になさらないでいただきたいのです。

 それに、今回のようなこと、私は初めてです。

 ここにいる誰もが、そう多いことではないと思っているようですね。

 我が王がいつもと異なり、お気持ちを優先されたというのは、それだけのことであったと思います。なので、ことについて精一杯務めさせていただき、微力を尽くしたいとは思います。

 ただ……、果たして役に立ちますやら。

 たとえば、魔法による助力などは、無理でしょうね?」

 「おそらくは、エディの魔術師が監視に当たるだろう。

 それに、トプはそれを潔しとしない」

 これは、ヴューユさん。

 はい、案その1、没。


 「ルールは、今聞いただけですか?」

 俺、もう一度、確認をする。

 「はい。

 あ、あと、急所は攻めちゃダメでしたね、確か」

 「はい」

 トプさんが答えてくれる。

 「相撲と言うからには、『ぶちかまし』は?」

 「『ぶちかまし』って?」

 えっと……。


 あのな、小学校までしか相撲って見てないんだよ。

 中学高校に行けば部活があって、相撲の時間には家に帰れない。就職すれば、勤務時間帯だ。

 遠い記憶を手繰る。

 「俺の世界にも、相撲はありました。

 どうも話を聞く限り、こちらでいう相撲は、私の世界ではレスリングと言われるものみたいですね。

 で、俺の世界の相撲は、まずは『ぶちかまし』という体当たりで始まることが多いんです。顎を引いて、額とか肩で思いっきり当たるんです。肘から当たって、相手を『かち上げ』ることもあります。

 巨大な男同士がぶつかり合いますから、ごつんっていうすごい音が響き渡ります。

 で、そのまま相手を円形の場所から押し出せれば勝ちです。あとは、足の裏以外の部分が地に付いても負けですし、殴る蹴るもいけません。

 もしも、今のルールで『ぶちかまし』が使えるのであれば……」


 「相手の顎とか、みぞおちに、思い切りの体当たりを出会い頭に見舞うということですね。

 確かに、ルールでは禁じられてはいませんね」

 と、トプさん。

 腕組みをして、考え込む。


 「こんな感じです」

 俺、恥ずかしいけど、席を立って、仕切りからかち上げまでを実演してみせる。

 上手くなんかできないけど、俺だって必死だ。

 「なるほどな。

 これは使えるかも知れません。

 おそらく対戦相手は、私より遥かに身体の大きい男でしょう。

 まともに掴み合ったら、どうやっても勝てない。

 でも、体当たりという打撃技であれば、もしかしたら……」

 トプさん、黙り込んで目を瞑ってしまった。


 こうなるともう、俺達にできることは、祈ること以外になにもない。



 − − − − − − −


 翌朝、朝の日差しが強い。

 でも、ダーカスより、リゴスより冬の寒さは厳しく感じるな。

 朝起きるともう、俺はいても立ってもいられなくて、王様の居室にルーと向かう。

 「負けたら、どうしたらいいんでしょう……」

 ルーがおずおずと聞く。

 「戦う前から負けたあとのことなんか考えるな、とは言うけど、なぁ……」

 俺も、なんか弱気になってしまう。


 扉をノックして名乗り、王様のお声掛りを待つ。

 「『始元の大魔導師』殿。

 お入りを」

 そう声がしたので、ドアを開ける。

 王様はろくに寝られず、椅子に座って手持ち無沙汰に気を揉んでいたようだ。

 テーブルの上には茹でた芋が乗っており、その前で、トプさんが黙々と腕立て伏せをしていた。


 「トプがな、一服盛られたら最初からなにもできなくなると申してな。

 なので、ダーカスの船から朝食を運ばせたのだ」

 王様、俺たちが部屋に入るなり、そう説明する。

 よほど不安なんだろうね。

 黙っていられないらしい。いつになく饒舌だもん。


 「大丈夫です。

 イメージができつつありますから」

 立ち上がったトプさんが、そう言って笑う。


 トプさん、信じてます。

 あー、他力本願な、この言い方が嫌だ。

 でも、他に言いようがない。



 − − − − − − −


 エディの練兵場は、思っていたより遥かに広かった。

 なんか、解っちゃったよ。

 円形施設キクラが2つもある国なのに、そう豊かそうではない理由。

 軍事がどうのこうのは、俺には判らない。

 また、エディの国の方針に口を出すつもりもない。

 でもね、これだけは言える。

 農地が狭い。

 つまり、生み出す富が少ない。


 円形施設キクラが作る、安全な面積は決まっている。

 その中での目的別面積の割り振りは、その国の考え方を示している。

 この国は、ここでは食糧生産より軍事を選んだということだ。

 そして、それがこの世界の平和を守ってきたと彼らが言う以上、そういうもんなんだろう。

 ああ、そうか、それで昨夜の話にも繋がるんだ。

 エディのつはものは世界最強で、この大陸に奪い合いの戦争を起こさせない抑止力だってこと。


 俺の立場、ひいてはダーカスの立場は違う。

 「奪い合う必要がないほど、収量を増やしてしまえ」という考えだ。

 どっちが正しいとか、間違っているとか、そういう次元の話と違わないか、コレ?

 なんで争うことになってんだよ?


 船の連中、いないかな?




 そうこうしているうちに、「どおおん」って、太鼓が鳴った。

 練兵場は、外まで人で溢れている。

 そして、熱狂的に片手を天に突き上げて、みんな叫んでいる。

 「ギュチ! ギュチ! ギュチ!」って。

 

 現れたのは……。

 筋骨隆々としたとか、説明するのもめんどくさいレベル。「ウ○グル獄長」、それだけで、十分見た目の凶悪さの説明になる。

 人の範疇を超えてるよ。でかくてゴツくて、このギュチって巨人と並んだら、俺は肩より低いだろうな。

 戦えなんて言われても、踏み潰されて終わりだよ。


 こちらから、トプさんが進み出た。

 トプさんだって、俺よりも大きいけど……。

 悪夢だ。

 申し訳ないけど、悲しいほどトプさんが小さく見える。背の高さ以上に、身体の幅と厚みが違うんだ。

 ったく、同じ人類かよ?


 練兵場の熱狂は、さらに増す。

 油が運び込まれ、ギュチさんが頭から油を浴びるようにして全身に塗り拡げる。

 トプさんも、油を頭からかぶった。

 

 「身の程知らずめが!」

 刺々しい声が聞こえる。

 ああ、いたのね。

 ご老人は執念深いわ。朝まで昨夜の怒りが持続しているのか。

 すげーな。

 


 トプさんと、ギュチさん、いよいよ向かい合った。

 太鼓が再び鳴らされる。

 2人とも、両腕を上げて腰を落として、距離を保ちながらゆっくりと回りだした。

 コレ、相撲じゃねーよ、やっぱり。

 レスリングみたいだ。


 ギュチさんの腕が伸びて、トプさんを捕まえに行く。

 トプさんが一歩逃げるのを、さらに追う。

 ギュチさんの動き、予想より遥かに速い。これはヤバい。力だけの、スローモーな人を想像していたからね。

 さらに執念深く、逃げるトプさんの腕を、上から抑えるように掴みに行く。


 トプさん、あっけなく捕まって、体に油を塗っているのに逃げられない。

 エディの人達から歓声が湧いた。

 そのまま地面から引っこ抜かれて、無造作に空に放り投げられた。

 これ、土俵はないし、背中以外なら地に付いてもいい。

 トプさん、空中で身を捩って、肩から落ちた。

 ダーカスの人達から、安心のため息が漏れる。

 でも、このため息、絶望の色に染まり始めていた。

 

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