第29話 エディの油相撲
「そもそも!」
あー、頑固ジジイの正論が聞けるぞー。
「そもそも」が出ちゃったからね。
「代々の王は、エディの独立独歩を旨とし、リゴスと国境を接しながらも飲み込まれず、おのれの国力を維持してきた!
ダーカスにて『始元の大魔導師』殿が現れたからと言って、尻尾を振るは先王、先先王に対しても申し訳が立たぬ!
聞けば、『始元の大魔導師』殿は、ゼニスの山を穿つとか、大ぼらを吹いているとか。
そのようなことが実現できないのは、火を見るより明らか!
したがって、『始元の大魔導師』殿のいるダーカスとの国交は、エディのためにならぬ。
通商によって国を富ますことはよろしかろうが、魂まで売ってはならぬ。
王宮より外に持ち出されることのなかった、この黒き飲料を、よりにもよって『始元の大魔導師』殿に売るなど、言語道断!
この、エディ3代の王に仕えし老骨が事態を糺さずして、誰がこれを糺し得ようか。
摂政殿の、女王陛下が幼いことを良いことに行う専横の数々、もはや見過ごすことはできぬ。
かといって、『不要な争いを起こした』はおろか、『客人を弑した』などと言われるのも心外。
ダーカス王と『始元の大魔導師』殿は、早々に立ち去られるがよかろう。
そのあとは、摂政殿をきつく糾弾し、屹度、エディの国を元の形に戻してみせようぞ!」
しーん。
まぁ、ねぇ。
こんなに大っぴらにクーデター宣言するとは、だよ。
で、恐ろしいことに、本人はそれに気がついていないんだろうねぇ。
誰も反応できなかろうよ、そりゃあさ。
そんな中、ダーカスの王様が立ち上がった。
「帰れと言われれば、帰ろう。
だが、1つ問う。
ご老人、このままではエディの
ご老人がエディにとってかけがえのない忠臣であることは、余にも判ること。だが、忠によって国が滅びてはなんにもならぬ。
それについて、どうお考えか?」
王様の静水のような問いに、激流のような返答がされる。
「エディは滅びぬ!
むしろ、今を生き延びても、魂を売ってしまえば100年を俟たずして滅びるは必定。
ならば今、魔素流に焼かれようとも、不滅の魂を残す選択以外ありえぬ!」
なんで、歳取ってんのに、こんなに熱いんだ?
うー、狂信者の物言いかも知れない。
でも、エディの人達の中に、頷く人は案外多く見える。
うーん、俺なら、「生きのびるためなら、相手の靴だって舐めちゃうぞ」って思っちゃうけど、そういうのはここでは無理なんだろうね。
王様、激流に飲み込まれずに続ける。
「なるほど、エディの誇り、見せていただいた。
では今度は、その誇りについて問おう。
我がダーカスは豊穣の女神を祀り、この世界に実りをもたらしてきた。
それに対し、エディはなにを以って、その誇りを形にするや?」
「知れたことよ!
我がエディの
この大陸の中心にエディが位置し、精強なる兵がいて、かつ他国に侵略は行わなかった。だからこそ、
女神などに仕える、腑抜けた兵とは違う!」
「では、女神に殉じるダーカスの兵では、精強なるエディの兵に勝てぬとお言いか?」
「当然であろう!
豊穣が大切であることは認めるが、エディの精強さには敵わぬ!」
あ、王様、かちんと来たかな。
「では、こうしよう。
エディから、もっとも強い兵を1人出されるがよい。
ダーカスからも、最強の兵を出そう。
戦さではないのだから、その2人での、血を見なくて済む戦いで決着をつけようではないか」
「よかろう。
では、明日、練兵場にて、相撲にさせてもらおうかの」
「負けたら、潔く身を引かれることだ。
去り際を潔くし、忠臣の規範となるが良い」
「決して、そのようなことにはならぬ。
エディの覚悟、見せてくれるわ!」
珍しいな。
王様が喧嘩を買ったよ。しかも、売り言葉に買い言葉で。
こんなこともあるのか……。
− − − − − − − −
そのあと、王様にあてがわれた部屋で、ダーカスの面々が集った。
「ダーカス最強の兵といえば、トプさんですよね」
そう聞いてみる。
トプさん以外の全員が頷いた。
「トプ。
すまぬ。
あの老人を見ていたら、余としては黙っていられなかったのだ。
あれ程の忠臣が晩節を汚すなど、あって良いことではない。おそらくは、あれこそがエディのアスランと呼ばれた男よ」
俺以外のみんなが深く頷く。
えっ、有名人だったんだ……。
「余は、あえて名を聞かなかった。
それは、余がアスランと知って諍ったという事実を残したくなかったのだ。余は、名も知らぬ他国の老人をたまたま、そう、たまたまやり込めたにすぎぬ。そうしておきたい。
さすれば、あとはエディの面々がなんとかするであろう」
あ、王様、喧嘩を買ったわけじゃないんだ……。
「でも、あの方、
俺、そう聞く。
「来るはずもない。
あのとき、他国はすべてダーカスを疑っていた。
今でこそ、笑い話だがな。
エディの女王と摂政亡き後、エディを背負い、ダーカスに報復の戦さを仕掛けられるのは、アスランをおいて他にない。そういう男よ」
……エラいのにイチャモンつけられたなぁ、おい。
「
と、王様は続ける。
「トプ、相撲ということだが……」
「我が王よ。
王の思いは臣下として理解しております。
ですが、明日の戦い、勝つと明言できぬ不甲斐なさをお許しください。
エディで言われる相撲とは、全身に油を塗り、草の上で戦うものです。
相手を抱えあげて歩いてみせるか、1呼吸分の時間、相手の背を大地に付けるかで勝利となります。
殴る蹴るは、禁じられております。
ただ……。
ダーカスではこの競技、行われていないのです。
私もやったことはありません。
おそらくはあの老人、そこまで考えていたかと」
そう話すトプさんの顔色、冴えない。
てか、冴えるはずもないな、こりゃあ。
「全身に油を塗るのはなぜ?」
油まみれで戦ったら、ぬるぬるしてやりにくいじゃんって思ったので聞いてみた。
「相手に掴まれたときに、逃げやすくするためです。
殴る蹴るが禁じられている以上、相手とは掴み合いをするしかありません。つまり、なにをするにも怪力が必要になります。
おそらくは……。
人間の形をした岩、そういう男が出てくるでしょう」
トプさん、なんか、覚悟を決めたのか、急にさばさばした口調になった。
そか、逆に、やりにくくするために油を塗るのか……。
トプさん、俺なんかに比べたら遥かに筋肉質だけど、どちらかといえば均整の取れた綺麗な体をしている。
そりゃそうだ。
トプさんは、この世界の相撲を取る人じゃなく、軍人だからね。怪力だけじゃなく、スピードも考えた体になってるんだ。
つまり、この競技に関しては不利ということだ。
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