第26話 参入秘儀 2
「ダーカスのルイーザよ。
汝、何処より来たりて、何処へ行かんとするか?」
重々しい声が円形の部屋に響く。
「薄明の過去より来たりて、慈光の中へ進む」
ルーの声、張り上げている感じはないけれど、はっきりと聞こえてくる。
「汝、そのために如何様な道を歩むか?」
「大道を行くものなり」
「そのために、高貴なる義務の重荷を下ろさず負い続けるか?」
「死に至るまで、その荷を下ろすことなし」
「その言の証、如何にして立てるか?」
「我が身を焼くことにて」
魔術師さん達の詠唱が始まった。
全員が、声を揃えてのものではない。少なくとも3種類、いや4種類はあるかも。
魔術師さん達は男女ともにいるし、いろいろな声が混じり合って、円形の部屋の反響でうわんうわんと共鳴する。聞いていた俺、頭がくらくらしてきた。
なんの呪文か考えて……。「我が身を焼くことにて」って。
え、まさか!?
怖い。
これ、魔素流が流れてきているときと同じだ。次になにが起きるか、俺は知っている。
ルーの身体が一気に炎上した。
驚きと恐怖で声も出ない。
それでも、ルーのところに駆け寄ろうとした俺は、魔術師さん達の背で遮られた。
魔術師さん達の肩越しに見えていたルーは、焼け焦げ、崩れ落ちて見えなくなった。
「ダーカスのルイーザよ。
立ち上がるがいい」
再び、重々しい声が響く。
ここからでは、崩れ落ちたルーの姿が見えない。
仕方なく、俺は元いた場所に戻る。壁際は、高さがあるだけ視界が広がるからだ。
ルーは無事だけど……。
着ていた服のすべてが、焼き尽くされていた。
素っ裸になってしまっていて、それでも立ち上がる。
俺がそれを見てしまって、とっさに目を逸らす前に大きなローブが投げかけられた。
「これが、貴君の2回目の誕生である。
今までの貴君は死に、焼き尽くされた。
新たなる誕生とともに、これからは宣言せし大道を歩み、
ルー、ローブの前を合わせて答える。
「慈愛の御手にて生まれし我が身、高貴なる義務に捧げることを誓う」
「新たなる魔術師の誕生に、祝福を」
一斉に拍手が湧いた。
うーん、つまりは、死と生まれ変わりの儀式なのかなぁ。
相当に驚きもしたけど、なるほどって思った。
そして、魔術師というものを受け継いでいくのは、こういう
− − − − − − − − − −
他の魔術師さん達に祝福されながら、ルーと建物を出て歩き出す。
「ルー、痛かったろ。
派遣魔法のときと同じだもんなぁ」
周りに、俺たちの話を聞いている人がいないのを確認して、そう声を掛けた。
「いえ、それがまったく……」
「えっ?
どういうこと?」
「魔術師、たくさんいましたからね。
全部が制御され尽くしてましたよ。
魔素流に見えるのも、あれ、本物と違います」
「ええっ、どういうこと?
死と再生の儀式に見えたから、痛いのかと思った」
「必要に応じて痛いそうです。
着替えているときに、『今まで一番辛かったのはなに?』って雑談みたいに聞かれたので、『『始元の大魔導師』様のところに派遣されたとき』って答えたんです。
文字どおり、全身が焼け焦げて、指なんかも燃え落ちてって話をしました。そうなると、『治癒魔法が痛い』ってのを話したら、『じゃあ、もう必要ないな』って。
そのときはなんのことか解らなかったのですが、儀式の中でようやく思い至りました。
まぁ実際、
そか。
ルーは死に匹敵する痛みを経験しても、心が折れていない。
もう、死の疑似体験を重ねる必要はないんだ。
「崩れ落ちたのは、足が燃えちゃったんじゃないかって心配したよ」
「いえ、あれは指示されていたんですよ。
『死のあとは生まれるわけだから、胎児の格好になれ』って」
ああ、そういうことかぁ。
儀式って、いろいろ手順があるんだなぁ。
「あとさ、エリフさんってどうなん?」
「ナルタキ殿も気がついているでしょう?
言葉は悪いですが、学院のスパイでしょう。
まぁ、力持ちの男の魔術師よりはマシでしょうね。
あと、攻撃魔法が得意というのは牽制だと思います」
「な、なるほど」
「あとですねぇ……。
ナルタキ殿、これからは、割りとあからさまに女性があてがわれることになるでしょうね」
「待て待て待て待て、なんだって?」
さらっと言うなぁ、そんなことをさ……。
「各国や、各組織の取り合いは熾烈になりますよ、『始元の大魔導師』様の。
もう、そのためには手段を選ばないという状態になっていくと思います」
「えっ、じゃあ、俺、もう、まともに女性と付き合えないの?」
「……ナルタキ殿、私の存在はなんでしょうか?」
「い、あ、スミマセン。
自覚が足りませんでした。
しばらく2人きりでいることが、あまりになかったので……」
「いいですよ、もう……」
いや、未だにさ、自分に恋人とか婚約者とかいるのが、ときどきどころでなく信じられていないんだよね。
でも、まぁ、失言だなぁ。ルーがふて腐れてしまっている。
「ルー、今日はもう他に予定はない。
お祝いしよう。
俺、銀貨に糸目はつけないよ。リゴスの一番いいレストラン行こう」
「えっ、良いんですか?
一応、今日のことは王様に報告した方が……」
「ホームシックに罹っている王様に報告したら、次はどうなるか判っているよね?」
「お祝いの一席を設けるぞ、でしょうね」
ルー、ちょっと悪い顔になった。
「俺
王様のお祝いに同席するのではなくてさ。
うーんと……。
ルーが焼かれる衝撃の儀式だったので、俺が激しく動揺していて御前に出るのは遠慮したい。ルーは俺は立ち直らせるために、にぎやかな場所に連れ出しているって、伝えて貰おう。
いいかな?」
「焼かれるのは内緒ですよ。
儀式の内容、王様が知るのはいいですけど、伝える人が知るのは良くないです」
「大丈夫、ヴューユさんに頼もう」
「なら、大丈夫ですねっ」
おへその位置が直ったかな。
リゴスの街は、いつもどおり賑やかだ。
横を歩くルーも、それを楽しんでいるように見える。
「ルー、夢がかなったなぁ。
おめでとう」
「ありがとうございます。
すべては、ナルタキ殿のおかげです。
それから……」
「ん?」
「大好きです、ナゥム♡」
そう言って、ルーは俺の左腕に巻き付いた。
うん、良かった。
で……。
ルーの香りを聞いた瞬間、さっきの儀式のときの生まれたまんまの姿が頭に浮かんで、俺の頭は沸騰した。
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