第25話 参入秘儀 1


 「早いですね。

 まさか、こんなに早く戻って来られるとは思いませんでした。

 魔術師への通過儀礼イニシエーション、先というお話になっていましたよね?」

 言うと思った。

 魔法学院で、一番偉い魔術師さんと再度話をしている。


 ま、きちんと説明しておこう。

 「実は、私自身がこれからの身の振り方を決めたので、状況が変わったのです。

 申し訳ありませんでした。

 私、このあと、ダーカスに戻った後、他の大陸に旅立ちたいと思いまして。

 御存知のとおり、『始元の大魔導師』はこの世界に2人になりました。

 ならば、引き続きこの大陸は、本郷が残ってできることはするということで。

 私は他の大陸の状況を確認して、残っている円形施設キクラがあれば、それを修理して回りたいと思いましてね。

 で、私と一緒に他の大陸に行くとなると、なにが起きるか分りません。また、犠牲になる人を増やしたくもない。

 となると、ルイーザ殿に魔術師になってもらうのが一番良いかと思いまして」

 「なんと尊いご意思か……。

 そのようなことですか。事情はよく解りました。

 ちょっとお待ち下さい」

 そう言って、お付きの魔術師さんに一言、二言。


 お付きの魔術師さん、立ち上がって部屋の外に行き、1人の女性を連れてきた。

 ううー、すげー綺麗な人だ。

 「紹介します。

 エリフです。

 魔術師ですが、これから、『始元の大魔導師』殿の身の回りに置いていただきたく、お願い申し上げます」

 「ん?

 目的はどのような?」

 「おそらくは、各国すべてが、その船の乗組員として参加するでしょう。

 なれば、我々魔術師も、ということです。

 それにですが、ルイーザ殿の能力如何に関わらず、1人だけではこの先心許ない。他の大陸には、どのようなモンスターがいるかも判らない。船の運行の風起こしに、戦闘に、乗組員の治癒にと、1人では到底荷が重い。

 魔術師は絶対に複数必要です。

 そして、船はどうしても男ばかりになるでしょうから、ルイーザ殿が女性単独で乗組まれる危険というのもあるでしょう。

 エリフは、攻撃魔法を得意とする魔術師ですから、船出した皆さんが無事に帰るために、大きな手助けとなるでしょう」


 うーん。

 ルーの顔をちら見する。

 表情が窺えないなぁ。

 まぁ、いいや。嫌悪感がないなら、同意しちまっても。


 「もしかしたら、長期の航海になるかもしれません。

 いつリゴスに戻れるかも判らないかも。

 それでも良いのですか?

 恋人とかいれば、無理をされない方が……」

 「いえいえ、エリフは天涯孤独の身。

 『始元の大魔導師』殿のお好きにお使いください」

 あ、本人じゃないんだ、答えるの。


 「了解しました。

 では、これからのダーカス王の旅程にお付き合いください。そして、ダーカスにたどり着けば、程なく出航とお考えください」

 そう言っちゃったよ、俺。


 「お認めいただき、ありがとうございます。

 それでは、さっそくにルイーザ殿の通過儀礼イニシエーションになる参入秘儀を執り行いましょう。

 なお、この秘儀は魔術師以外の参加は認められませんが、王と『始元の大魔導師』殿は例外となっております。

 ぜひ、ルイーザ殿の転生をお見守りください」

 「ありがとうございます」

 見られるとは思っていなかった。

 興味はあったけど、野次馬根性出しちゃいけない気がしていたしね。だから、黙っていたけど、お誘いいただけるならば、ありがたいよ。


 「ルイーザ殿。

 身は清められてまいりましたか?」

 「はい」

 「では、お着替えをお願いいたします。

 部屋の移動を願います」

 そう言われて、ルーが案内されて部屋を出ていく。

 「『始元の大魔導師』殿は、秘儀の間にて、ルイーザ殿をお待ち下さい。

 案内いたします」

 「はい」

 なんか、興奮してどきどきしてきた。

 きっとルーは、興奮だけでなく不安もあって、もっとどきどきしているだろう。


 参入秘儀は、魔術師以外の人間には秘密とされている。

 魔術師の娘であるルーですら、その詳細は知らない。

 ルーのおやじ殿もヴューユさんも、今まで説明してくれたことはなかった。

 さあ、それを見てきて、そしてルーの晴れ姿をお祝いしよう。



 秘儀の間は、荘厳だった。

 円形の部屋で、床が中心に向けて三段に低くなっている。

 ああ、これって、円形施設キクラと同じ作りだ。

 天井には、セフィロト大の月スノート小の月の2つの月が描かれている。

 壁際には、ぐるりと等身大の像が二重に並べられていて、部屋の中心を見守っている。数えたら100体。

 これって……。

 案内してくれた魔術師さんの顔を見ると、俺の質問を察して教えてくれた。

 「はい、いにしえの『始元の大魔導師』達の像です。

 この中には、『始元の大魔導師』殿もいらっしゃるはずです」


 マジか……。

 俺、案内の魔術師さんの許しを得て、一つ一つの像の顔を見ていく。

 うーん、知らない顔ばかりだ。

 本郷ならば、判ったりするのかなぁ。

 てか、本郷が判るとしたら、本郷の顔をした像があるはずだ。全員が、この像の顔で、あちこちに転生しているのだろうからさ。

 でも、最後まで確認したけど、本郷の顔はない。

 「この像は、いつ頃作られたのですか?」

 「700年ほど前です。

 口伝で伝えられてきた、『始元の大魔導師』達の記憶を守るためです。

 なので、詳細はあやふやになってしまっている部分もあり……。

 この像のお顔を確認されていましたが、想像で作られたものもあるのです」


 ああ、そうか。

 この世界の人々の寿命は長い。でも、『始元の大魔導師』達が全員死んでしまってからこの像を作るとなれば、そりゃあどうしてもあやふやになるわ。でも、本郷ならば、見分けが付く人がいるかも知れないね。


 「もう1人の『始元の大魔導師』にもこれを見せていただくことはできませんか。彼ならば、彼なりに見分けが付く人がいるかも知れません」

 案内の魔術師さんの顔が喜びに輝いた。

 「それはそれは。

 ぜひ、お願いしたいところです。だんだんに記録も失われ、判らなくなっていることはあまりにも多いのです」

 まぁ、1000年だもんなぁ。

 記録自体は残っていても、それを残した真意なんて、完全に消えちゃっているだろう。

 

 そうこうしている間に、ルーが案内されてきた。

 たくさんの魔術師さん達もぞろぞろと。

 うーん、ここにはまだこれだけの魔術師さん達がいるんだな。

 素晴らしい。


 俺は、100体の像の隙間に身を置いた。ま、『始元の大魔導師』だからね。

 大部分の魔術師さん達は、像の前の一段低いところに立った。

 さらに3人の魔術師さんが、さらに低いところ。うちの1人は、一番偉い人だ。

 そして、床の中心の一番低いところに、ルーが1人で立つ。

 服装は『魔術師の服』。

 ただ、見慣れたのと違うのは、純白であること。

 形は同じでも、別素材かもしれないし、ただ単に形を模しただけのものかもしれない。


 ルー、緊張している。

 もーひと目で分かるわ。

 顔色も白いし、強張っている。

 ま、笑顔でいられたらおかしい雰囲気だしなぁ。この部屋の荘厳さまでが、すべてルーの緊張に繋がっているだろう。


 「これより参入の儀を行う」

 高らかというより、むしろ静かな静かな声で宣言がされた。

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