第22話 ケモ耳の真意


 本郷の部屋は、香ばしい香りに満ちていた。

 看護の人が、小さなコンロで焼いたヤヒウの肉を食べさせている。

 胃腸に負担を掛けないよう、少量ずつでも回数を分けて、ちょっとでも多く食べるって話になっていたからね。


 まぁ、相変わらず痩せこけている感じだけど、血色はいい。体に栄養が回ってきているんだろうな。

 「おう、どうだ、力が戻ってきてるんじゃないのか?」

 そう声をかけると、本郷の奴、「う、ううう、うー」とかうめきながら、ぷるぷると震える腕を持ち上げて、かくんって落とした。

 やめろ、ベルセ○クごっこは。

 俺、あれ、トラウマなんだからな。


 本郷に付ききりで看病していた係の人、俺達に気を使って、一礼して部屋から出ていってくれた。

 後で、なんか差し入れでも渡してあげたいよね。


 「メシが旨い。

 日に日に、楽になる。背骨が直にベッドに触っているみたいだったからな。

 ようやく筋肉が挟まってきて、楽になってきたよ」

 「それはよかった」

 「で、なんでお前の彼女、ケモ耳付けてんだ?」

 「王命だからな」

 「王様、マニアなのか?」

 「それはない。

 ま、自業自得だ」

 「ふーん……。

 そか」

 ルー、居場所がないって感じで、恥ずかしさに身悶えていれけど、無視しておく。


 「で、自業自得と言えばさ。

 俺、この先どうしたらいいと思う?

 俺の葬式、済んでるんだろ?

 帰れると思うか?」

 本郷の声が、深刻なものになった。

 「お前なら、なんか考えつくんじゃないのか?

 金だって、どう売るか、考えてあったんだろう?」

 「あんなもん、わきゃない。

 でかいるつぼで溶かして、仕事で出た金属残渣でも放り込んで粒金にして、先祖代々の箪笥から出てきたってことにすりゃあいい。

 否定する材料なんか見つからないさ。

 間違っても、『ロシアから持ち込んだ』なんてやらかしちゃダメだけどな」

 「えっ……」

 「……ひょっとして、やっちまったのか?」

 「……」


 「……ま、まぁいい。

 良く無事で切り抜けられたもんだ。

 でも、俺が生きて戻る方が、金よりよほど難しい。

 ……言い訳ができん」

 「帰っちゃえばなんとかなる、ってことはないのか?」

 「鳴滝、お前のせいで無理だ。

 たぶん、お前も戻ったら、公安がどっかに引っ張られるぞ。

 そこで俺が戻ってみろ。

 現代の日本だっていうのに、拷問さえされるかもしれんな……」

 「すまない。このとおりだ」

 俺、頭を下げたよ。

 そか、ダメだったかぁ。


 「いや、そもそもそれを言い出したら、無断でお前を連帯保証人にした俺が悪いんだ。

 いっそ、こっちで暮らすことにして、真奈を呼ぶか。いや、あいつ、来ないかな?」

 「奥さん泣いてたぞ。

 来るんじゃないか?」

 「うーん、間が空いたからなぁ。

 一年なりの間に、どこかの男が言い寄っていたら、それはそれであいつには幸せかもしれん」

 「奥さんはいいけど、子供は可哀想だぞ」

 「うーん、手紙書いても、届かないよな?」

 「届く」

 「世界を渡れるのか、手紙は?」

 「ああ、何度もやり取りをした。

 手紙程度の派遣と召喚ならば、そう大変じゃない。

 実は、この世界を救うための資材を買い付けに行ったんだ。その際のやりとりに、な。

 で、そんときに、フレコンバック半分に、ルーはいろいろと自分の分として持ち込んでな。

 その結果がアレだ」

 そう言ってルーを指差す。

 「ああ、あのケモ耳はそういうことで……」

 あ、ますますルーが小さくなった。



 「手紙を送るには、絶対座標が判らないと送れない。だけど、お前、自分の家ならば、明確に想像できるだろう?」

 「さすがに、それはできるな」

 「じゃあ、無理ではない。

 ただ、方法論以前に、奥さん、お前からの手紙だって信じるかなぁ?」

 「それについては手がある。

 向こうからは、どうすればこっちに届くんだ?」

 「特徴的な返信用封筒を、最初の手紙と一緒に送っておくんだよ。

 その封筒のイメージをがっちり作れるような特徴的なヤツをな。それに返信を入れて貰えば、適当な時間を見計らって封筒ごと召喚すればいい」

 本郷の俺を見る目付きが、妙なものになった。


 「鳴滝、お前、変に頼りになるな。

 俺が死にかけている間に、余程にいろいろあったのか?」

 「あった。

 ゴジ△、ガメ△と共に戦ったし、もっと大きな魚とも戦った。あんときは、マジ死にかけた。

 ライオンの倍の体高の肉食獣とも戦ったし、街も2つ作った。農地面積も数十倍にはしただろう。

 戦争にも勝ったし、リゾートや健康ランドも作った。

 あ、ケーブルシップもエレベータも作ったし、造船もした。そしてなにより、リングスリーブをカシメてこの世界を救った」

 「……鳴滝、話を盛るにしても、お前、バカだろ?」

 「そう思うだろうけどな、実話だ。

 俺だって、同じこと言われたら、なにを盛っているんだって思うよ」

 改めてピックアップすると、確かに異常なまでの濃縮度で仕事しているよ。


 「ただなぁ、そこまでやって、ようやくお前を助けに来れたんだ」

 「……そこまで、この世界、お前に水が合ったかよ?」

 「どうやら、そうらしいなぁ。

 みんな、俺を大切にしてくれたんだよ。

 ありがたいことだよ」

 「まぁ、それだけご活躍であればなぁ……。

 で、彼女もその一環かよ?」

 「ああ。

 この世界に来てから、一番一緒にいる時間が長いからな」

 「本当に可愛くて、お前にはもったいないくらいだ」

 「そうか?」

 「うん、可愛い」


 「『始元の大魔導師』さぁーまぁあああああー!」

 「なに、ルー?」

 呼ばれて振り返ると、なぜか、ルー、涙目で思い切り俺を睨んでいた。

 怖いぞ。

 ケモ耳までもが。

 それ、感情によって動くような仕込みがしてあるのか?

 で、一体、また、なんだって言うんだ?

 恨まれる筋合いはないぞ、たぶん……。


 「言ってくれないと判らない。

 なんかしでかしてる、俺?」

 「言えるかぁ!!」


 「鳴滝、お前、少し黙れ。

 やっぱり、お前、ダメだ。

 ちょっと見直していたんだけどな。

 想像はつくよ」

 本郷、そう言って、大きくため息を吐いた。


 「ルイーザさん。

 俺が謝る。

 どうやら、俺にも問題の一端があったようだ。

 30数える間だけ、部屋の外で待っていてくれないか。

 数え終わったら、戻ってきて欲しい」

 「……はい」

 ルー、よくは判らないけど、本郷の言葉に打ち拉がれた顔で、とぼとぼという歩調で部屋から出ていった。



 本郷が、俺に視線を合わせて言う。

 「鳴滝、お前、ルイーザさんに『可愛い』って言ったことあるか?」

 「ん……、可愛いとは思っているぞ」

 「お前な……。

 それで伝わると思っているのか?」

 「えっ、あ……、無理だな。

 確かに無理だ……」

 「王様も、お前の問題点が解っているから、言わせようとしていたんじゃないのか」

 う、前にも王様が絡んで、同じ構造のやり取りがあった気がするぞ。


 ……思い出してみれば、トオーラを倒したあとのケモ耳の話のときに、王様、妙に俺のことを無視していると思ったんだよな。そうまでして、押し付けたいのかなって。

 王様とルー、妙に馬が合うからなぁ。

 「『始元の大魔導師』様は、可愛いとか絶対に言ってくれないんですぅ」とか愚痴るのって、すごくありそうだ。


 とすると……。

 ケモ耳付けるとき、あの嫌がりようは……。

 怖かったのかな。

 ここまでしても、可愛いとか言ってもらえないとか心配で。

 で、王様が俺に言わせようと図ったのも、ルーにとっては「嬉しさ」半分、「余計なことを……」が半分だったのかな。


 ……「やらずの後悔の方がなんぼもマシ……」って言ってたよな。

 で、そのあとの、絶望って表情も……。

 みんな、俺が悪いんか?

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