第21話 妥結
魔術師さん、呻くように言う。
「……無償で魔素を配布することが非現実的というのは、総組合長の言葉で納得できました。
病人の治療は相変わらず無償で行いますが、それ以上のことは対価が必要というのも納得できなくはありません。
人というものが魔素を己の欲望のために悪用する、そのために嘘を言うというのも仕方ないことでしょう。
それを経済的に網を掛け、管理権をもって制御するというのも解りました。
もはや、ため息しか出ませんが、『始元の大魔導師』殿によってこの世界もそういう時代になったということですかねぇ」
……なんか、スミマセン。俺のせいですかぁ。
そんな深々と、ため息吐かないで欲しいわ。
「いえ、問題はここからです」
これはルー。
「おそらく、この世界が滅びる前も、魔素は同じような管理がされていたはずです。
そして、1000年前の滅びへの分岐がどこだったのか、正確に見極める必要があります。
それは、律を司る、魔術師にしかできません。
『始元の大魔導師』様の電気はこの世界でも作れるのでしょうが、それはまだまだ先の話です。ですが、『社会を支える柱は何本あってもいい』というのが、『始元の大魔導師』様のお言葉でした。
今は、魔素を使って日常生活を豊かにし、社会の活性化を図ることが重要です。でも将来を見据えて、電気というものの存在も考慮の上で、滅びへの分岐を違えないようにするために、魔法学院での詳細な研究と模擬実験が必要でしょう」
「なるほど、慧眼でありますな。
その現実的な線に沿ってであれば、ギルドも全面的に協力いたしましょう」
これは、総組合長。
これでなんとか、話は纏まったかな?
そうは問屋が卸さないな……。
雰囲気に終了感がない。
総組合長が聞いてきた。
「ダーカスのハヤットから報告が来ています。
『始元の大魔導師』殿が現れてから、ダーカスの地区支部での冒険者の死者はゼロだと。
願わくば、リゴスでもあやかりたいと思っております。
ですが、すべてがうまく行き、農地も増え、人口も増す。行き着く先は、1000年前の滅びということになりかねない。今のお話のとおりにね。
なので、我々はそこに甘んじているわけにはいかない。
魔術師のトップもこの場にいます。
今のルイーザ殿の提案どおり、先々の研究もされるでしょうが、まずは『始元の大魔導師』殿の今のお考えを聞いておきたい。
どうか、お話願いたい」
ま、聞かれるよなー。
「あくまで、一例としてお話します。
ダーカスでは、すでに義務教育を始めています。
とりあえずは4年制で、子どもたちに読み書き計算、さらには社会の仕組みや自然の理を教えているのです。
社会に余裕ができるごとに必要年数を増やし、最終的には12年まで伸ばすことになるかもしれません。
これは、社会全体が発展するのに、必要不可欠な制度です。次の世代が、みんな共通の知識基盤を持ちますからね。また、ダーカスでは、リゴスに留学させるほど優秀な子供の発見にもつながっています」
……そんな不思議そうな顔をするなよ。
これから本題に入るからさ。
「これは、表向きの成果ですが、裏には別の考えもあります。
義務教育により、親は年端も行かぬ子供を働かせることができなくなりますから、子育てのコストは跳ね上がります。結果として、一夫婦で5人も6人も子供を作ることはなくなっていくのです。
もちろん、この義務教育は一例です。
他にも、個人の生活を豊かにしつつも、子供の数を一定に押さえる手段はいくつも考えられるでしょう。
そのあたり、リゴスであればリゴスなりの良い案があるものと思います」
「なるほど。
子育てのコストか……。
考え方は解った。社会全体の幸福度を上げながら、人数を減らす、これは矛盾しない。いろいろと考えることはできそうだ。
行き過ぎると、どうなるか興味もあるがな」
総組合長の方が食いつきがいい。
やっぱり、ギルドは実際の社会に近いんだろうね。
不幸な次男三男、次女三女をしこたま見ているだろうしね。
「たぶん、リゴスの王様は、ダーカスの学校を視察されていますから、義務教育は考えられているでしょうね。
あとは、先程ルイーザが言ったとおり、社会を支える柱の本数を増やすことです。電気というのも一つの選択肢でしょうし、それ以外にも柱になりうるものはすべて育成する必要があるでしょう。
魔法のみに依存すれば、魔法がコケたときに社会全体がコケてしまう。
魔術師さんを前に言いにくいのですが、魔術に頼りすぎないことが必要でしょう」
この世界に来て、ダーカスでさんざ検討したことだからね。
そりゃあ、元コミュ障の俺でも、立て板に水を流すように説明できるぞ。
「解りました。
『始元の大魔導師』殿が、ダーカスにて大公位すら用意される理由もです。
まさしく、王の発想ですな」
えっ、そうなの?
元の世界から来たら、誰でもそう考えると思うけど……。
異世界から来た人間ってのは、やっぱり、発想と文化の移動をさせる者なんかねぇ。
ともかく、魔術師さん達とギルドの人達の協力が得られて、リゴスの王様も同じ方向を向いている。
で、リゴスで動き出したら、エディもブルスも右に倣うだろう。
俺のやっていることが正しいことかなんて、この世界の100年後とかの人が決めることだ。
でも、今、俺が見ている範囲では、良いことをしたんだと思いたいな。
話し合いが終わって、王宮に戻る。
ルーは、今までの魔術師さん達とギルドの総組合長との話が、みんな上手く行ったって王様に報告するっていうから、そろそろ心配になってきたことをぶつけてみた。
「あのさ、ルー。
そろそろケモ耳付けていかないと、王様がどうしたかと聞いてくる頃じゃない?
ずっと干していたし、そろそろ大丈夫な……」
「あれは腐りました!」
「えっ、どっちの意味で?」
「やかましいっ!
腐ったから捨てたんです!」
ふーん。
無理があるな。
まぁ、滅多にない機会だから、調子に乗って責め立ててみよう。
「本当に捨てたん?
夜、鏡の前で付けてみて、耐えられなくて捨てたことにしたんじゃないん?」
ふむ。
首から順番に登って、額まで赤くなったな。
図星だ。
「一度は王様に見せないと、やっぱり聞かれると思うんだよね、俺。
一応は、賜りものだからさー」
「あれは、あれで、その、あれはあれであれはあれで……」
「ほら、壊れてないでさ。
ちょっと付けて見せてみ。
『やらずに後悔するより、やって後悔する』っていうじゃん」
「やらずの後悔の方がなんぼもマシ……」
「王様の執務の終わりぎりぎりに行くなら、あまり人に見られなくて済むし。
ホレホレホレホレ」
ん、観念したな。
よしよし。
震える手で、俺に背を向けて頭に乗せる。
いやー、王様、いいことを思いついてくれたねー。
この世界に来てから、ルーに先手を取らればかりだからね。確実に勝てる手を貰えるってのは、こんなに楽しいもんかねぇ。
「さて、ルー、ケモ耳付けたら、まずは本郷のところにお見舞いに行くぞ」
あ、絶望って表情になった。
耳、折れるんだな、うつむくと。
いかんなこれは。
そ、想像以上に……、これは…………。
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