第20話 電気って、とことん便利


 「『始元の大魔導師』殿の案、今ひとつ、頭の中に像を結びません。

 円形施設キクラから、各家庭に金の線を引くのですか? すべての家に?

 具体的にどのようなものになるのでしょうか?」

 ま、そうだろうな。

 電気というものをおぼろげにでも知っているのは、この世界ではルーしかいない。あ、あと本郷がいたけど、なんか、カウントするのは違うような気もする。


 「私のいた世界では、魔素はありませんでした。

 代わりに電気というものがありまして、その力でいろいろなことを成していました。

 電気によって部屋を明るくし、暖かくし、涼しくし、食品を冷やして長持ちさせ、夏に氷すら作っていました。

 これによって、荷車も動かすことができましたし、劇を見たり、音楽を聴いたりするのも電気の力で、いつでも何回でも、好きなだけ楽しめたのです。

 本来、私はその電気の技術者だったのです」

 「そのような、そこまで応用範囲が広いものなのですか、電気とは?」

 ま、そう思うよね。

 口調がもろに半信半疑だ。


 俺の代わりに、ルーが答えてくれた。

 「私も世界を超え、『始元の大魔導師』殿の邸宅にお邪魔したことがあります。

 掃除も、学びも、肉を焼くことさえ電気の力で行っていたのです。

 本当に、驚きの世界でした」

 そりゃそーだろ。

 6畳1LDKの大邸宅だからな。

 で、シャレにならないのは、その規模でもアメニティはこの世界の王宮を超えていることだ。


 俺、説明を続ける。

 「その便利さのために、電気の分配のシステムが社会に構築されていました。

 発電所で作られた電気は、人々の生活の場の各家に入り込み、さらにその部屋の一つ一つにまで分配されていたのです。さらには、各工場、お店、電気の使えない建物はないと言って良いのです。

 そして、それらの家や工場等には、電気を計量する機械が全て取り付けてあり、使用量に応じて支払いがされていました。

 電気を悪用しようとすればいくらでもできますが、従量制の料金からは逃れられません。また、それぞれに安全装置も組み込まれていて、システム全体に及ぼすような悪影響を遮断し、事故を防いでいます。

 まぁ、そこまで細かく分配されていますから、盗むというのは、よほど特殊な場合に限られます」

 「その特殊な場合とは、どのようなものでしょうか?

 そのシステムを導入するとしたら、問題点を知っておきたいのです」

 これは、お供の魔術師さんの質問。

 合いの手を入れるような感じで、みんなの理解を深めるために聞いてくれたんだと思う。


 「そうですね……。

 1つ目は、電気を使って遠くにいる人と会話をする機械があります。

 使いすぎて、その機械に貯めた電気が無くなったときに、盗む人がいます。軽微なものですが、盗んだことに変わりはありません。

 2つ目は、1つ目にも言えるのですが……。

 ぶっちゃけて言えば、盗まれる方にも理由がある場合です。

 電気の取り出し口を家主の目の届かないところに設置するとか、家の外に設置した上でその家にいないとか、電気の取り出し口を広場に設けて、でも年に一度しか人が来ないとか……」

 「そ、それは盗まれて当然なのでは……。

 やはり、己の財産は、己で守るべきです。

 そのお話は参考になりません。

 では、その電気というものを分配するシステムとか、発電する場所から盗むというのはないのですか?」

 ま、そうだよね。外国ならもっとえげつない例もあるけど、日本だと携帯充電ぐらいで、こんなもんだ。あまりに特殊すぎる例は、挙げてもしょうがないし。


 「電気の送電網から直接盗むのは、かなり難しいですね。

 まずは、送電網が空中の高いところか、地中にあるというのが1つ。送電網ではあまりに高い電圧で送っているので、素人が触るとほぼ確実に死ぬということも1つ。それでも強引に工事をして自宅に引っ張り込んでも、電圧が高すぎて繋いだ機械はみんな壊れてしまうというのも1つでしょうか。

 各家の直前で、圧力を下げて分配していますから、それ以前の段階で盗むのは自殺行為なんです

 また、圧力を下げたあとに、その家に入る引込線が何本もあったら、これはもう誰が見ても怪しいですしねぇ」

 「なるほど……。

 よくできたシステムだ」

 ……感動されちゃったよ。


 いや、高電圧で送電する理由は、ホントはそこじゃないんだけどね。

 同じ電力を送るのであれば、電圧を高くして送れば、電流値を下げられるんだ。

 「電力=電圧×電流」だからね。

 で、なんで電流値を下げるかと言えば、オームの法則だよ。

 「送電線でロスになる電圧=電流×送電線の抵抗」だからね。

 電流が少ないほど電圧は下がらなくて済むんだ。だから、町中の電柱の上ですら6600V(ボルト)なんて高電圧が掛かっている。


 ただ、魔素が変換器トランスによって圧が変えられる性質があるのであれば、こんな手も取れるかもだけどさ。そもそも正確には、ダーカス・サフラ間の長距離伝送による、魔素のロスの測定をしてからじゃないとものは言えないよ。



 「では、発電所はさらに高い圧で電気を作っているのですね。

 だからそこからは盗まれないし、そこを乗っ取ろうともしない……」

 これは、ギルドの総組合長。


 「発電所の破壊は、その国に対して反乱を起こすに等しいことです。

 国民の全員が電気の恩恵を受けていますから、それを破壊するということは、国民全員を敵に回すことになります。なんと言っても、日常の便利さを奪うことになりますから、これは恨まれますよー。

 なので、他国との戦争でも起きなければ、まず破壊の対象になりませんね。

 また、社会全体として、電気が止まらないように発電所も数多く用意されています。なので、自分専用に発電所を1つ2つ設けても電気の独占はできませんし、発電所を乗っ取るという話にもなりまん。悪事にしても、コストに対して利益がなさすぎです。

 電気だけのことを言うならば、あまりにどこへでも行き届いていますから、好きなところで使える力なのに、わざわざ発電所まで行って乗っ取る必然もないですからねぇ。

 それに悪いことするなら、隠れられる場所の方が良いでしょう?」

 乾いた笑いが湧いた。

 まぁ、すごいよね、電気の日常への入り込み具合。


 高校で教わったよなぁ。

 ファラデーが電磁誘導での発電を発明したとき、「それがなんの役に立つのか?」と聞かれて、「生まれたばかりの赤ん坊がなんの役に立ちますか?」と聞き返したってさ。確かに、改めて考えると俺の世界、電気なしじゃ生活できないくらい役に立ってるもんな。

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