第13話 そして、晩餐会
「ヴューユさん、なんでここの魔術師に名前を知られているの?」
さすがに10分近くも眺めると、眠っている本郷の顔にも十分満足したので、そっと聞いてみる。
「『始元の大魔導師』様。
私は、この世界で唯一の、戦争に魔法を使った魔術師ですよ。実態なんか吹っ飛んでしまって、最強と目されても仕方がないですね。
その正体を突き止めようと、調べられるのは当然でしょう。
まぁ、覚悟はしてましたよ」
ああ、そうなん。
大丈夫なのかと聞こうとして……。まぁ、ヴューユさんがダメなわけないと思い返した。
まぁ、俺も割りと公然と名乗ってるもんな。みんなが遠慮して名前を呼ばないだけで。
ルーだけかな、呼ぶのってさ。
ま、この先、どこかで名前を知られた相手に呪いを掛けられることもあるんだろうなぁ。
ものの30分くらい経って。
早いなぁ。
イコモくらいは備蓄があるのかも。リゴスの王宮だからね。
併せて、ニシンの燻製の焼き魚、緑の野菜の茹でたの。おひたしだなぁ。
意を決して、本郷を起こす。
「本郷。
起きろ。メシだ」
こんな言葉を言える日が、再び来るとはなぁ。
こいつが結婚する前、会社が忙しかったとき、こういうことはよくあった。会社の建物に泊まっちまうからね。
「本郷。
起きろって」
そう繰り返す。
起きないんじゃないかって、怖くなったのを察したのか、ルーが俺の横に寄り添う。
「本郷……」
さらにもう一度。
本郷の、酷く落ち窪んだ目がぽっかりと開いた。
「……鳴滝か?
お前、〇〇さんの現場、もう終わったのか?」
「本郷、寝ぼけてんじゃねーよ。
起きろ!」
そう言いながら、不覚にも声が詰まった。いつまでも泣いているんじゃねーよ、俺。
でもさ、本郷の声だ。
二度と聞くことはあるまいと思ってたんだ。
ゆっくりと本郷の視線が、俺の顔に固定され……。
くわっと、その目が見開かれた。
「鳴滝、テメエ、なんでここにいる?」
「テメェがやったことを忘れたか?
人のこと、断りもなしに連帯保証人にしやがって。
お陰で、ここでもう、250日くらいは追いまくられてるんだよ」
「ま、人間生きていれば、そういうこともある」
「ふざくんな!
俺のお陰で……。言っておくがな、俺のお陰で、今のお前は五体満足だ。
あとはメシ食って、寝て、元に戻れ。
食わんと、明日にも栄養失調で死ぬぞ!」
「……鳴滝。
さすがだな。
お前ならできると思っていた。そして、いつか、必ず来てくれると信じていた。
ありがとうな」
不覚にも、ぐっと詰った。
喉に、固い塊が上ってきて話せない。
30秒くらいの間をおいて……。
ようやく言葉を絞り出す。
「そういうセリフは、奥さんと子供に言え。
「……ああ、そうだな。
一緒に帰ろう。また、会社を立ち上げよう。今度はお前が、代表取締役社長になれ」
「……」
「ん?
どうした?
もしかして……。
横の綺麗な
「!……」
「鳴滝っ、テメェなぁ、俺に感謝しろよな!」
「ああ、感謝している。
感謝しても、し足らない。
俺は……、帰らないと決めた。
ここにいるルーと一緒になって、ここにいる仲間と生きていくよ」
そう言って、不安そうな眼差しを向けるルーを抱き寄せる。
途端に安心したのか、ルー、穏やかな顔になった。
「そうか……。
なんかな、お前ならば、そうすると思っていた。
しかし、現実になってみりゃ、パツキンじゃねーか。
なんか、えらくご馳走様だな。
で、ご馳走様で思い出したが、どうしたんだか、餓死しそうなほど腹が減ってる。
なんか食わせろぉ!」
「焼き魚とご飯、おひたしだ。
味噌汁は諦めろ」
「おい、マジか?」
「ああ、ゆっくり、よく噛んで食え。
内臓も痩せ細っているそうだから、数日掛けて馴らしていけ」
「ああ、分かった。
俺は飯を食わせて貰う。
詳細はあとで聞くとして、とりあえずお前はお前の仕事があるんだろう?
それを果たして来い」
この辺りに気がつくのは、やっぱり本郷だ。
変わってない。
怪我の痛みに耐えるのに疲れて、闇落ちとかしていたらどうしようかと思ってたよ。
「ああ。
ありがとな。
それから1つ、いいか?
俺も、お前と同じ、『始元の大魔導師』だ」
そう、本郷に宣言した。
リゴスの王様に、また偽者論争なんか蒸し返されたら嫌だからね。
本郷、俺の目を覗き込んできた。
そして、なにかを納得したらしい。
「違うな、鳴滝。
お前こそが『始元の大魔導師』なんだよ」
……そか。
ありがとうな、本郷。
− − − − − − − −
晩餐会に先立って、本郷のことが両方の王様に報告された。
同じ世界からやってきた、2人の面識がある『始元の大魔導師』ということで、話は丸く収まった。
ダーカスの王様の、安堵した顔が見られたのは良かったと思うよ。
本郷の存在は、リゴスでもあまりおおっぴらにされていなかったので、大騒ぎになるということもなかった。
そりゃそうだ。
世界を救えるかもしれない人を召喚できたけど、半死半生で寝たきりだもんね。大々的に打ち上げることもできなかろうさ。
晩餐会は華やかだった。
明るい。
この国は、まだ魔術師の数もそこそこいて、コンデンサがなくても照明に魔法を使ったりするくらいだ。
料理はいずれも贅を尽くした、技術の粋を凝らしたということが、俺でも判るものだった。
ただ……。
食材の種類の乏しさは、覆い隠しようもない。
皿の上の風景が地味。
そして、同じ食材の繰り返しになる。
でも、そのなかで蒸したり焼いたり、調理法を工夫して、最期まで飽きさせないように努力しているのがとても良く解るんだ。
なんかさ、切なくなった。
人という生き物がさ、限られた条件の中でも、少しでも高みを目指すものだってことがさ、切ないんだ。で、その努力を、俺が持ち込んだ食材はあっという間に凌駕してしまう。
ダーカス伝統の芋菓子もそうだった。
すごくすごく、申し訳ない。
でも、新しい食材が入ったら、リゴスの王宮料理人の人達はもっと凄いお料理を作れることもまた間違いない。
俺の感情としては、そこに救いを求めるしかないよね。
食事が終わって、王様のあいさつ。これで実務の方向が決まる。
リゴス・ダーカス間の恒久的平和と、魔術師、技術者の交流。
今までに増しての、人の行き来の促進。
農地の拡大を受けての食糧生産の振興と、それによって生まれた余裕の利用について。
そして、最後に政魔軍学間のルールについて。
うーん、そうか、サフラではそこまでの話はあいさつで出なかった。
リゴスの王様、やっぱり、この世界全体の王様という自覚があるんだろうな。
昔読んだ漫画にあったよ。アメリカの大統領は、世界の王として考えるんだって。
リゴスの王様も、この大陸で最大の国家のトップだもんね。同じように考えるのだろうさ。
さらに、サフラのニシンの燻製を一口ずつ試食、ダーカスから持ってきた荷車の進呈とかの実務に踏み込む話になった。
で……。
もう、この国になんでも買って貰えばいい。
話していて、そんな気になった。
人がたくさんいて、産み出される富、半端ない。
ニシンの燻製だけでなく、新巻鮭も、イクラの塩漬けも、みーんな買って貰えばいい。
すげーな、アメリカ、じゃなかった、リゴス。
経済ってことになったら、最終的にこの国には敵わねーよ。
戦いは数だよ、兄貴。特に経済では。
技術でどこまで張り合えるか、だな。
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