第12話 最上位治癒魔法


 なんか、全員でふわんふわんになって、リゴスの王宮に戻ることになった。

 なんか、みんなちょっと複雑な表情。

 ティカレットさんに至っては、もう、完全にアレな顔になってる。

 ここのお風呂の贅沢さに、してやられているんだ。

 そして、ダーカスで完成間近の健康ランドが、幾段も劣ったものに感じている。


 まぁ、ねぇ。

 王様は、分かってくれているけど。

 「『始元の大魔導師』殿のお考えは、あまねく民の救済ぞ。

 ダーカスに生まれ、ダーカスにて生活し、ダーカスにて老いて死んでいく者達のことを考えることこそが我らの務め。

 誰もが温まり、誰もが身ぎれいに暮らす。そのための施設を『始元の大魔導師』殿は考えておられる。

 それと、このような恵まれた一部の者のための施設ものを同列に語るでない。そもそも、リゴスであってさえも、ここに来れる者がどれほどいるのか、ということだ。

 2つを比べるのであれば、その生み出すさちの総量で比べよ。

 我が王宮に、そのような判断の間違いを犯すものはいないと信じたい」

 

 ざぁっ、て音がした。

 みんなが、いっせいに王様と俺の前に片膝をついて、右手を胸に当てる。

 「我が不明をお許しください」

 トプさんの声。

 「我が王の言葉、胸に染み入りましてございます」

 これはルーだ。

 トプさんやルーが、こんなこと、間違うわけがない。

 こうやって、場を収めてくれたんだ。



 リゴスの王宮に戻った。

 もうちょっとしたら、晩餐会の予定があると。

 でも、まずは本郷が気になる。

 さすがに重傷の人の病室に、土煙巻き上げるコキタナイ格好ではと思ったけど、メシよりは本郷の方が心配だ。

 って、比べちゃいけないけど。


 まずは、俺と同じ世界の人間か、会わせて確認させて欲しいとお願いした。

 したら、ダーカスの魔術師だけでは力不足だって。リゴスの魔法学院の錚々たるメンバーを呼んであるので、すでにダーカスからリゴスの王宮に運ばれているコンデンサも運んで、一緒に行くということになった。


 道すがら、ヴューユさんがコンデンサの使い方について、リゴスの魔術師さん達に説明してくれた。

 デリンさんも、なんとなくって感じで付いてきてくれている。ルーも、俺のすぐ後ろにいる。

 最年少の魔術師さんは、ダーカスの王様の隣を離れない。やはり、いくら友好国だとしても、外国で護衛の人と魔術師が王様の身辺を離れることはないらしい。



 広い廊下を延々と歩き……。

 古い重厚な木の扉が現れた。

 自分の心臓の音がやかましいってくらい、どきどきする。

 本当に本郷なのか。

 この世界で、俺は、仲間に再会できるのか。

 通夜に葬式、四十九日と、何回も何回も焼香したぞ、俺。

 その相手が、本当に生きているのか。

 いろいろな思いや考えが渦巻いて、立っているのが辛いほどだ。

 ルーが、そっと俺の背中に手を当てた。

 そか、背を押してくれるのか。


 ドアが開けられた。

 八畳間くらいの広さの部屋だ。

 窓は大きくて、外が眺められるようになっている。

 中には、寝台が1つ。

 そして、フイゴのようなポンプを押している2人の介護の人。


 毛布の盛り上がりは、極めて小さかった。

 話をあらかじめ聞いていなかったら、俺、取り乱していたと思う。


 下半身が足より上、下腹からない。

 そか、自力では呼吸もできないのか。

 で、ポンプで空気を肺に、人力で送り込んでいる。

 この世界での1年近くを、交代しながらえんえんとポンプを押し続け、本郷の命を繋いできてくれたんだ。



 ……革のパイプを鼻と口とに取り付けられ、本郷は眠っていた。

 本郷は、本郷は……。

 涙と嗚咽と。

 一気にこみ上げてきて、俺は本郷を起こさぬよう、歯を食いしばりながら泣いた。



 「眠っている間に、施術しましょう。

 私達も使ったことのない術式です。失敗の可能性がないわけではない。なので、寝ている間であれば、本人にショックを与えなくて済みます。

 コンデンサをこちらに。予備も含めた20個すべてを。

 これで、治癒魔法を100度唱えるに等しい魔素を使う、最上位治癒魔法を使います。そして、それを2人がかりで同時に掛けて、完璧を期します。

 通常であれば、どれほどの力持ちであっても、体内にそれほどの魔素を持つ者はいません。伝えられていても、誰も唱えることのできない呪文だったのです。 

 なので、正確に、どれほどの魔素を使うかも判りませんが、我々の誇りにかけて成功させます。

 では……」

 リゴスの魔術師さん、すごく丁寧に泣いている俺に言って……。


 詠唱が長い。

 2人で声を揃えているせいか、お経のようにも聞こえる。

 でも、それも終わってみれば一瞬。

 「ごにゃるらる、ごにゃるらる、へくまりさんば、へくまりさんば、へいげん、へいげん、ホンゴウ」


 光に満ちるとか、そんな劇的なことはなにもない。

 あとで聞いたけど、上位の魔法ほど無駄なく魔素のすべてが目的に向くんだそうだ。

 ただ……。

 毛布の膨らみが伸びた。取りようによっては不気味ですらある。

 それは、とてもではないけど、「膨らんだ」とは言えない。ただ、薄く、伸びた。


 呪文を唱えたリゴスの魔術師さん達、膝をついた。

 コンデンサを使っているはずなのに、顔色が青黒いと表現しなければならないほど衰弱しきっている。

 「もう、自力で呼吸ができるでしょう。

 はやく、ポンプを外してください。

 それから、無から有は生じません。半分しかない身体から無理やり五体満足にしました。

 その分、その身体はすかすかです。

 筋肉は元となる筋のみ、骨も薄く、内臓も細い。すべてが最小限でしょう。

 あとは、食べてもらって、身についたものを再構成するしかありません。

 その過程で、また魔法が必要になるでしょう。

 ですが、彼はもう、自力で生きられます」

 うん、うん。

 ありがとうございます。

 頬を伝わるものが、切なさから、嬉し涙に変わった気がするよ。



 ヴューユさんが、呪文を唱える。

 自分の魔素を分け与えたのだろうね。リゴスの魔術師さん達の顔色が少しだけ戻った。

 「ダーカスのヴューユ、その名は密かに聞いている。

 その者の癒やしを受ける光栄を浴し、感謝の極み」

 「さ、これを」

 ヴューユさんが、小瓶に入った琥珀色の液体をリゴスの魔術師さんの口に順番に当てる。

 ああ、ブランデーだ。こうなることを見越して、わざわざ持ってきていたんだね。


 リゴスの魔術師さん達、むせながらなんとか飲み干して。

 「おおぅ」

 と呟いて、1人は下を、1人は天井を向いて動かなくなった。

 間をおかず、くうくうという寝息といびきが聞こえてきた。

 ああ、本当に疲れ果ててしまったんだね。

 ありがとうございます。



 さっき見たよりも、さらに落ち窪んでしまった本郷の顔を見たら、また泣けてきた。

 そうだ。

 サフラから運んできたニシンの燻製を焼いたのと、ご飯をまずは食べてもらおう。リゴスのあのバザールならば、イコモだって絶対売っている。

 リゴスの王宮の人、俺のリクエストを聞いて、用意するって言ってくれた。

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