第11話 リゴス到着


 道は、サフラから東に進むだけ進んで、それから一気に南下する。

 これは、魔素流が地を焼く場所を少しでも避けるだけ避けた結果だ。

 緯度を下げなければ安全だからね。

 もっとも、緯度が高いと農業ができないから、どっちにしてもこの世界に理想の地はない。


 南下を始めると、気持ち暖かくなる気はするけれど、ダーカスからサフラに移動したときほど劇的に変わった感じはしない。

 もしかしたら、海流が気候に影響しているのかもしれないね。

 暖流と寒流が、ダーカスのちょっと北でぶつかりあってるとか。

 だとしたら、船での漁、めちゃくちゃ期待できる。

 あ、社会の時間に教わったことが正しければ、だ。


 なんとなーく、薄ら寒い気候の中をリゴスに近づいていく。

 王様が、到着を知らせる、先触れの使者を出した。

 「ヴューユさん、ここで魔素流が襲ってきたらどうなります?」

 答えはなんとなく判っているけど、聞いてみる。

 「円形施設キクラなしで、魔素流の制御はできませんから、焼かれて終わりですね。

 たくさん魔術師がいれば、力場を作ることも可能でしょうけれど、誰も試したことがありませんからね。

 ま、来たら、走って逃げるのが得策でしょう。

 それ以外の手は、なかなか考えられません」

 まぁ、そうだろうなぁ。

 デリンさんもここにいるけど、試す勇気はないよ。



 荷車も、ルーが干している毛がついたまま鞣したトオーラの耳とコンデンサ以外、もうほとんど空。そのコンデンサ自体も、ほとんど空。ミライさんが、ゴーチの木を癒やしまくったからね。それも、サフラ・リゴス国境を超えてからも。

 備蓄食料も食べ尽くしたし、水も飲んでしまった。

 これで銀貨の袋もなくなっていたら、さぞや心細かったろう。


 でも、各王への贈り物はリゴスに先行しているはずの船に積まれているだろうし、魔素の充填されたコンデンサも届いているだろう。

 ま、少なくとも今引っ張っている荷車は、リゴスへの贈り物としては良いものなんだと思うよ。台数もあるから、金額からすればちょっととんでもないし。


 あと、コンデンサも、元々はリゴスでの本郷の治療に使う分まで運べるはずだったのに、魔素を使い果たしてしまった。リゴスまで船で運ばれた分を使ってしまったら、エディとブルスで使う分は、またダーカスから持ってきて貰わないとだよ。

 ま、エディは内陸だから、船で行ってからさらに川を遡る必要がある。そこで手分けして、時間が掛かる間にダーカスまで取りに行ってきて貰えばいいや。



 リゴスの街が見えてきた。

 まったく、ダーカスは国=首都=街っていうシンプルな国だったけど、リゴスは街が3つもあるからね。湖沿いの首都リゴスと、その湖から流れ出す川の河口イズーミ、それから、もう1本ある大河の中流域パムカと。

 とりあえずは、リゴス、そのあとイズーミで船に乗る予定だ。


 リゴスの街は、城壁に囲まれていた。

 と思ったら、堤防だってさ。

 湖が増水することがあって、そのために土塁で囲った歴史があるんだって。でも、今は雨が減ってしまったので、堤防に水がかかることなんか無くなってしまって、城壁のように見えているんだそうな。火山灰コンクリートで固められていたら、水も入らないだろうけど、壊すのも大変なんだろうね。


 で、ダーカスともサフラとも違うのは、建物の様式。

 半球型の屋根がやたらと多い。

 その半球型の屋根を支えるのは、4等分した球の屋根。

 屋根の構成要素がさ、どこまでも球なんだよ。

 ここまで、国によって差があるとは思わなかった。

 ダーカスは尖塔のような屋根が多かったし、サフラは方形づくりか寄棟だし。ま、サフラは古ーい木造が多かったから、そういう屋根になるね。

 ともかく、これはこれで面白いなぁ。



 街に入ると、ここがこの世界での憧れの地であるってのがよく解った。

 さすがは5万人都市。

 とはいえ、俺が元の世界で暮らしていた街の、7分の1しか人口がいない。まぁ、正直言って、かなりこぢんまりしている。

 それでもだ。ダーカスの800人に比べたら、そりゃあもう、都会としか言いようがない。店の数もレストランの数も、それこそみんな、桁が違う。屋台で、ヤヒウの肉を長い串に刺して焼いて売っているなんて、ダーカスにはなかったからね。


 さらにもう一つ。

 ここ、街総出のお迎えとかがない。

 そりゃそうだ。

 5万人を動員なんかできるはずがないし、自然発生するほどの一体感が持てる少ない人数でもない。

 こちらとしては、ただ、にぎやかな街に入っていく形だ。


 歩きだして、しばらく行くとバザール。

 ショッピングモールなんて、この世界にあったんだ。

 アーチが至るところにあって、天井が形作られている。

 天井はあっても、ところどころ光を入れる穴があって、真っ暗ではない。

 で、そこにはたくさんのお店があって、鍋釜から、アクセサリーとか、布や服までみんな揃っている。絨毯まであるぞ。

 食料品も単なる農産物ではなくて、加工したものが売っている。お菓子のようなものとか、干して作ったなにかのいろいろな粉とか。

 なんか、すごいなぁ。

 俺、ちょっと感動している。

 滅びに面していても、人の日々の生活はこうやって続いていくんだねぇ。



 バザールを抜けると、一転して落ち着いた風景になった。

 この辺りが、この世界の魔法の総本山らしい。確かに学校って雰囲気がある。

 その向こう側に、王宮の建物が見えてきた。

 規模が大きい。

 ダーカスの王宮も、豊穣の女神を祀っていたりして大きかったけど、その倍では利かないかもしれない。

 そして、そこに、リゴスの王様とその家臣の人達がいた。



 「ダーカスの、よく参られた。長旅でお疲れであろう。再会を祝す前に旅の埃を落とされるがよい。すべてはそれからよ」

 「リゴスの、再会、喜ばしいぞ。

 まずはお言葉に従おう」

 「これ、ダーカスの一行をハマムに案内せよ」

 リゴスの王様が視線を外して、お付きの人達に向かって言う。

 俺たちは移動を始めた。

 って、この世界にも、風呂、あるんじゃんか。なんで誰も言ってくれなかったんだ。

 


 ……これは違うわー。

 日本人の俺に、こういう風呂は考えつかないなぁ。

 なんだ、この贅沢なのは。

 というか……。

 発想の根拠が違う。

 俺の考えている風呂ってのは、誰もが仕事が終わったら汗を流して、きれいになって寝台に潜り込むためのものだ。だから、老若男女、だれもが毎日入る前提がある。だから、いくら贅沢に作っても、健康ランドになるんだ。

 でも、ここは違う。

 一部の金持ちしか入らない、入れない。


 完全に、風呂を贅沢品と考えているんだ。だから、贅沢さと快適さが先鋭化する。

 温められた石の台、そこで体を洗ってくれる人、マッサージをしてくれる人、お湯の浴槽に水の浴槽、飲み物だ、お菓子だと持ってきてくれる人、サービスに隙がない。もっとも、男だけの世界で、性的なサービスは微塵もないけどね。

 てか、人に体を洗って貰ったなんて、子供のとき以来だ。


 これ、ダーカスの人が健康ランドと別のものと認識しているの、当たり前だなぁ。風呂ではなくて、風呂機能付きのサロンだよ。

 サフラのサウナもそうだったけど、自前で森林を持てる国では、こういうの、滅びなかったんだねぇ。

 いや、違うな。

 極端なまでに贅沢なものとして、1つだけ残されたんだ。

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