第10話 輸出品、発見


 「いい加減、美味しくなくなっちゃうから、食べてくれませんか」

 これ、村の調理担当のおばちゃんの声。

 そうだった。

 晩ごはんを食べるために、この建物に移動したんだった。

 もー、完全にメシのことなんて頭から吹っ飛んじゃってたよ。



 こんな、なんて言ったら失礼だけど、まぁ、こんな辺境でごちそうが食べられるなんて思っていなかった。

 期待をしていなかっただけに……。

 荒く砕いたほかほかほくほくの茹でた芋の上に、これでもかと掛けられた赤いルビーのようなイクラの山。

 おもわず、「ぅおーい!」とか、変な声が出ちゃったよ。

 俺にとっては、今晩2つ目の事件だ。


 木のスプーンを渡されて、大喜びで口に運んで、期待通りの味に思わずじーんときた。

 寿司の軍艦で食べるか、ちらし寿司に散らしてあるか、そんな食べ方が多くて、茹でた芋に乗せるなんてとは思ったけど、相性いいわぁ、コレ。

 さっき、俺、獲れた鮭の内臓捨てるとか言っちゃったぞ。

 なんでイクラのこと、思いつかなかったんだろ。


 あー、元いた世界でも、こんなに贅沢にイクラを食べたことなかった。幸せだなぁ……って、なんで、王様からルーまで全員木のスプーンを握って凍っているんだろう?

 「すごく美味しいですよ。

 食べましょうよ」

 「……こ、これはどのような食物なのか。

 このような鮮やかな赤い粒、見たこともない。野菜に見えず、肉に見えず、魚でもない。なにかの木の実か?

 しかもだな、全部がこちらを睨んでおる」

 「あー、魚の卵です。

 サフラの王宮料理で出た、ソモですよ。ソモの卵。

 ものすごく美味しいものとして、私のいた世界では珍重されていました」

 「さ、魚の卵だと!?

 そのようなもの、食えるのか!?

 そもそも、卵とは『始元の大魔導師』様の持ち込みし、鶏という生き物が生むものであろう?」

 「あんたら、随分と失礼だねっ!」

 最後のは、オバちゃんの声だ。

 福々しい外見通りに、錆のある良い声だな。


 オバちゃんの声に背を押されて、ルーが意を決したようにスプーンを握り直した。

 一口。

 「これは……。

 これは美味しいです!」

 そうだろうなぁ。


 ルーの声につられたように、意を決して口に運ぶダーカスの面々。

 「なんと、これは旨いではないか」

 「口の中で、なんとも柔らかく潰れる感触が楽しい」

 なに、勝手なこと言ってんだよ……。



 俺、一番に食べ終えていたから、オバちゃんのところに行って聞いてみる。

 「すみません、ここの人達、魚の卵なんて、生まれて始めて食べてますから」

 オバちゃんに対してフォローする。

 「あんたは、最初っからがっついてたけど、食べたことあるのかい?」

 「ええ。大好きなんですよ。

 高価なんでしょう、これ?」

 「いや、ソモの身肉は高くてねぇ。

 卵は廃棄物みたいなもんだから、塩したのが安く運ばれてくるのさ。

 私ゃ、美味しいと思うし、村のみんなもそう思っている。

 ま、世の中、味の解らないやつばかりだよ」

 「ですねぇ。

 じゃあ、漁師の村があってそこから来るんですね?」

 「そうだよ。

 このあたりじゃ、まだまだ海まで距離があるからねぇ。自給自足だけじゃ、こんなものは食べられないよ」


 なるほど。

 魚卵と言えば……。

 全然思いついてなかったけど、ニシンがいたよね。

 良くは覚えてないけど、たしか、数の子ってニシンの卵だったよね。


 「沿海に押し寄せてくる、銀色の魚の卵は食べたことがありますか?」

 「ないねぇ。

 その銀色の魚ってのは見たこともあるし、食べもしたけど、卵はねぇ。

 そうそう、身の方は、明日の朝食に出すよ」

 「それは楽しみです」

 そか。鮭の次はニシンか。

 ここは北海道だなぁ。


 「ところで、銀色の魚の卵の塩漬けを、ダーカスに送ってくれたから買うって言ったら、そっちの村の人達、喜んでくれますかね?」

 「そりゃ、大喜びだろうさ。

 どこだって、現金収入に飢えているからね。

 獲るのが大変だけどねぇ」

 「獲るのは大丈夫なんですよ。

 水の上を走れる船と漁具が届きますから。

 あと、明日の朝は、塩焼きですか?」

 「ま、似たようなもんだ。

 やっぱり生じゃ運べないからね。

 塩して運ばれてきたのを、半日真水に漬けてから、ここの森の蔓で燻すんだ。

 やっぱり信じちゃ貰えないだろうけど、旨いんだよ」

 「それは、楽しみすぎます」

 燻製じゃないか。

 食事にもいいだろうけど、つまみに最高だろうな。こっちの世界、あんまり、良い酒もないけど。


 「煙を当てたあとは、保ちますか?」

 「よく乾かしてやれば、10日ぐらいは保つかねぇ。

 暑いときはダメだよ」

 「そりゃそーだ」

 「解ってるねぇ。

 で、アンタ、何者なんだい?

 さっきから、やけに大切にされているじゃないか」

 「いえ、しがない二種の電気工事士です」

 「それがなんだかは判んないけど、がんばりぃ。

 せっかく王様の近くにいるみたいだから、ご機嫌損ねないように上手くやるんだよ」

 「はい」

 思わず、素直な良い子の返事をしてしまう。



 朝食のニシンの燻製は、素晴らしかった。

 これも、輸入決定したい。

 そうしたら、冬場のお仕事ができるよね、ここの人達にも。

 王様に塩蔵イクラと数の子と併せて提案して、了承。

 さらに、これがリゴスでも売リ込めればいいかなと思ったので、サンプルに買える分を買うってオバちゃんに言ったら、10匹分ぐらいを無償で包んでくれた。


 とりあえず、この辺りの輸出の話は、ルーがお手紙にして、村に残していく。サフラの王様あてと、ダーカスの王宮あてだ。

 手紙を村に残していくのは、一人での行動は危険なので、移動人数が集まったときに一緒に手紙も持っていってくれるという制度なのだ。

 ちなみに、昨夜、到着が遅れた王宮書記官さんは、俺たちがなにを言うまでもなく、村の人達に念入りに説教をされていた。

 どうやら、マジで道草を食っていたらしい。途中で疲れて昼寝して、寝過ごした、と。

 まったくもー、だよ。

 冗談抜きで、猛獣に喰われるよ、と。



 あとは、ミライさんが、周囲のゴーチの木を回復させる以外、特に事件はなかった。

 てかさ、毎回トオーラに襲われちゃかなわないから、俺たちの対策が完璧なものになったんだ。

 採用の意見が割れていた、ケナンさんのパーティーのジャンさんの発明した臭い液も使うことにした。

 簡易レシピは、わざわざジャンさんが手紙で知らせてきてくれていたからね。この世界では汎用性か高い素材だったから、いつでも作ろうと思えば作れたんだけど、リバータの入り江での骨拾いの参加者からは、「アレ、使うのぉ?」という露骨な拒絶があったのだ。

 でも、一度トオーラに襲われると、そんな声も無くなった。

 臭い液の効果はてきめんで、そのあとは唸り声1つ聞くことはなかった。

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