第7話 リゴスへの道 1


 古い石橋を渡って、歩き続けて、2時間ほど。

 どうもダーカスからサフラまで歩きとおし、数日の休みが入ったことで足の筋肉が太くなったのかもしれない。

 歩いても疲れない。

 王様を見てみると、やはり足取りが軽い。まぁ、良かったよ。


 人数はサフラではほとんど減らなかったけど、荷物の3分の1はなくなった。

 その分の荷物を運んでいた荷車は、ダーカスからサフラへのプレゼントにした。

 だから、今の荷車を引っ張るローテーションは、いきなり緩いものになった。一回引っ張ったら、そこそこ忘れるほど次の順番が来ない。

 なので、にぎやかに喋りながら歩く。

 こうやって、音を出していれば、トオーラだって襲ってこないからね。


 俺、本当は、ローテーションから外されている。

 でも、引っ張るのには訳がある。

 疲れたら、荷車の上に乗るっていうの、全員アリだから。

 で、一度も引っ張らなかった荷車に乗るほど、俺、VIP扱いされることにまだ慣れていない。

 冗談じゃありませんよ、図々しい。


 お昼ごはん。

 これは、サフラの王宮料理人さんが持たせてくれたもの。

 雪が降る前の、森の恵だって言ってたな。

 てか、容器がもう、森の恵。

 蔓を編んだ籠だもん。


 そっか、蔓も輸出品になるじゃん。

 「だめです」

 蔓の籠をしげしげと眺めている俺の考えを、ルーは読んだみたいで、いきなりのダメ出し。

 「ダーカスに持っていくと、乾きすぎてほろほろと崩れちゃうんです。

 ここでは頑丈なんですけどね」

 「じゃ、ゴム引きにしたら?」

 「ああ、それなら強いかもしれないですね。でも、ゴムの中で腐るかも……」

 「水の中に沈めとくと、見飽きるほど腐らず頑丈ですよ」

 とこれは、案内人さん。

 この人、なんにでも詳しいなぁ。

 そっか、じゃあ、鮭を獲る水車の網は、この蔓でいいじゃん。金より丈夫で軽いよ、きっと。

 そう口に出しておく。そうしておけば、これも、ルーが手紙として記してくれる。

 こんなダーカスから離れたところでも、グループルーは、健在だ。



 で、籠のフタを開けたら、たくさんのブルスケッタ。おもわず、「おおーっ」とか、声が漏れてしまう。

 きのこ、レバーペースト、チーズ、木の実、森のベリーとか、色とりどり。

 この世界オリジナルの食事としては、ダーカスでも見たことがないくらい華やかだ。

 で……。

 この世界、麦の収穫はまだだったことを思い出して、よくよく眺めてみると、いつもの芋だ、これ。

 細く細く細く刻んで、一か所に積み上げてから押しつぶして、油で焼いてある。マクドナ○ドのハッシュドポテトみたいな感じだけど、すごくさくさくした歯ざわりでとても美味しい。

 こんなん、食べたことがなかった。

 さすがに、王宮料理人ともなると、いろいろな工夫をしているんだなぁ。

 


 午後も、同じ。

 特筆すべきことなし。

 右、森。

 左、砂漠。

 歩く、歩く、歩く、以上。

 でもね、事件は2つ、夜に起きた。



 道沿いにある、宿泊できる村にようやくたどり着いた。

 サフラから先触れがでているので、食事も用意してくれてあった。

 

 手足を洗って、顔も洗って、絞ったフェルトで首筋とかも拭いて。

 ルーと待ち合わせて、食堂になっている建物に入ろうとしたとき、低い唸り声がした。

 ぐーとか、ごぐごぐというか、複雑に絡み合った声。

 夜目に判るほど、ルーの顔から血の気が引いた。

 「どしたー?

 なんの音、つか声?」

 「とととと、トオーラです。

は、はは、はやく建物に入ってください」

 そう言われて、必死に駆け込む。

 ルーの怯え方はただ事じゃない。


 「トオーラがでました!

 外に出ないでください!」

 後ろから、ルーの叫び声。

 いつになく上ずっている。

 入り口のドアが乱暴に閉められた。

 ルー、ぎりぎりのところで、必死で転がり込んでいる。

 村のあちこちから、ドアや窓を締めたであろう音がする。


 「さすがのトオーラも、戸締まりした家を壊してまでは入ってきません。

 どうかご安心を」

 案内人さんが言う。

 部屋になんとなく安堵の雰囲気が漂った瞬間、王様の声が響いた。

 「余の書記官が、我々を追ってここに辿り着こうとしている。

 その者を救わねば!」

 そうだ、サフラに俺の思いつきを形にするため、書記官さんが一人残ってたんだ。

 で、書類をいくつか書いたら、俺たちのあとを追ってくる話になっていた。たしかにその人、まだ追いついてきてない。明るいうちに着くはずだったんだ。

 ヤバいじゃんか、それ!



 「王よ、行って参ります。

 お心安らかにお待ち下さい」

 トプさんが、王様に一礼して、急遽部屋に用意された棍棒を握って、建物から出ていこうとする。

 「トプ、しばしお待ちを」

 そう言って、最年少の魔術師さんも立ち上がった。

 「魔法の助けなくしてトオーラと渡り合うは、自殺に等しい。

 同行いたしましょう」

 「それはならぬ」

 止めたのは、ヴューユさんだ。

 「お前は、これからリゴスで学びを極める身。

 魔法で簡単に治せないほどの怪我などしたら、任を果たせぬ。

 また、『留学予定者に怪我をさせるとは、ダーカスに人はいないのか』とのそしりを受ければ、王の恥。

 私が行こう」


 「私も行きます」

 俺も口走っていた。

 魔法もなにも使えないのに。

 コンデンサを繋いで、電撃を食らわせることもできないのに。

 でも、俺の思いつきを形にするために、書記官さんがトオーラに食われたなんてことになったら、夜も眠れなくなっちゃうよ。

 建物の出入口の横に停めた荷車に、工具箱が積みっぱなしになっている。なんたって、旅の目的には他国の円形施設キクラの修理も入っているからね。

 猛獣と戦える工具なんて持ってないけど、それを持っていこう。

 でも、大型のカッターナイフや電工ナイフじゃ、勝負にゃならないだろうなぁ。


 「私も行きます」

 これはルー。

 俺が行くと言えば……、どこへでも付いてくるだろう。

 たぶん、ルーの方が俺より生きのびる力は強いだろう。魔法も使えるし。

 それに、4人になれば、死角も減る。


 「それは……」

 王様がなにか言いかけるのを、申し訳ないけど無視をして。

 「行って参ります」

 そう礼をした。



 俺たちが建物を出ると、その背中でドアが閉められた。

 そのままそそくさと、閂が掛けられる音がする。

 なんか、締め出された感がハンパない。

 よほどに恐ろしいのだろうな。

 ヴューユさんとルーが呪文を唱えている。

 トオーラが現れてから、悠長に唱えている時間はないからだろう。

 最後のキーになる単語以外、すべて唱えておいて、あとはその時を待つんだ。


 いよいよ噂に聞くトオーラとご対面だ。

 あのミスリルクラスのケナンさん達をしてさえ、「恐ろしい」と言う相手だからね。普通の村人Aとかじゃ、絶対勝てないんだろう。

 まぁ、王宮で見たトオーラの骨格標本の大きさを思い出せば、無理もない。

 人食いライオンの、体長5m版を想像すれば良いんだ。

 たぶん、人間の振り回す棍棒なんて、絶対当たらない。

 魔法で一瞬でも動きを止めて、その瞬間に頭蓋を殴り潰すとか、心臓を貫くとかしかないんだろうね。


 俺、荷車から工具箱を降ろして、使えるものがないか中を探る。

 まぁ、ねぇ。

 電気工事士のプロボック○の車中ならともかく、工具箱に野生動物と戦えるものなんか入ってねーよなぁ。

 ごそごそして、ペンチだのカッターだの取り出して、戻して。

 うーん……。


 トプさんの声が響いた。

 「幸運です。風はサフラの都の方角、歩いてきた方向に向かって拭いています。

 書記官が歩いてくるにおいは、よほどに近づくまでは、ここには届きません。

 だから、今のうちに……」

 ぐーる、ごぐごぐ、という唸り声が、トプさんの語尾に掛かった。

 俺たち、背中合わせに四方の闇を睨んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る