第24話 王様会議の準備


 船は、底荷の調整をして、喫水がぐんと下がった。

 何人もの男たちがエモーリさんの指示で、船の右舷から左舷、左舷から右舷と走って、復元力のテストをしている。見ていると、調整されて完成した船ってのは、結構傾いても平気なもんなんだなと思うよ。

 そうだねぇ、漁網を引き上げたりすることも考えれば、こういう安定性も必要だよね。


 もっとも、まずは釣りだろうし、それでもこの世界の羊であるヤヒウぐらいの大きさの魚は釣れそうだ。なんといっても、手つかずの海だからね。魚だってスレてないだろう。

 日に数匹、そんな大きさの魚がトーゴとエフス、そしてダーカスに供給されたら、これは本当に素晴らしいことだ。1匹あたり可食部分が30kgの魚で、1人100gのタンパク質源が、300人分だからね。2匹だったら600人分だよ。

 これで、と畜されるヤヒウの数が相当に減らせるから、来年以降、一気に繁殖させて数を増やせる。

 まぁ、俺も、肉も魚も大好きだから、そのあたりもとても嬉しい。


 それに、大きな魚は、可食部分以外は最終的には重要な肥料になるだろうし、そこに辿り着くまでだって、この世界ならば利用し尽くすだろうね。きっと、鶏や犬や猫までがアラとか骨とか食べ尽くすんだろうし。

 さらに、手当り次第、海藻とかウミウシとかクラゲまでも農地に肥料として入れられたら、来年の実りも確保されることになる。

 山にも肥料を入れて植林が進んだら、そして、そんなふうに陸地が豊かになれば、また海にもその豊かさが戻っていくことになるだろう。そして、緑化が進んで雨が増えだしたら、これはもう、自然界まで含めて回復したと言えるんじゃないかな。

 まぁ、これも魔術師さん達の製塩魔法で、海産物から塩気が抜けるからできることだけどね。



 再度、エモーリさんの声が響いた。

 「もう1艘も進水させるぞ。

 今度はロープを忘れるな!」

 ああ、学習したんだーね。

 濡れ鼠の『始元の大魔導師』様は、今日はもう、閉店休業です。



 − − − − − − − −


 進水式が終わって、俺とルー、ダーカスに戻っている。

 ネヒールの大岩にはエレベータが完成していて、水車の動力で上がり下りがされていた。

 もう嬉しくて、3回くらい往復しちゃったよ。

 ちなみに、まだ少ない方だからな。

 ダーカスのみんなが押し寄せて、延々上り下りしているんだから。


 で、いよいよ王様会議サミットの準備だ。

 『始元の大魔導師』という立場にいる俺は、その会議にオブザーバーとして出席することが決定している。

 もう、この世界の歴史に記されることが間違いない、大事業だよ。

 ちょっと悪い夢でも見ているような気がするけど、逃げるのには踏み込みすぎているよなぁ。


 「……ルー、会議なんだけどさ」

 「はい。

 なんでしょうか、ナルタキ殿」

 「ルー、逃げるなよな。

 逃げられないように、掴まえとくからな」

 捕まえとくではないあたりが、いつもどおりだ。後ろ襟首を掴まえとかないと、すぅっていなくなるからね。


 「……実は、怖いんでしょうかね?」

 「な、なにがよ?」

 「わかりやすく動揺しますねぇ。

 大丈夫ですよ。

 『始元の大魔導師』様の業績は、どの王より大です。気後れして、おどおどしちゃダメです」

 ……それはそうかも知れないけどさぁ。だからといって、ふんぞり返れるのであれば、俺だって苦労はないんだよ。

 でも、怖いじゃん。単なる電気工事士の俺が、アメリカの大統領とか総理大臣とかいるサミットの席に一緒に座っているって想像したら……。

 ……それこそ、悪夢だ。



 「ダメですよ、ナルタキ殿。

 今回初めて開かれる王様会議サミット、議題は、ほとんどみんなナルタキ殿に絡むんですから。

 それこそ、逃げちゃダメです」

 「……そんなにぃ?」

 「えっと、ですね。

 そもそも、ナルタキ殿がいるから王様会議サミットが開かれる、ってのを忘れないでくださいよ。

 で、議題のうち、

 1、円形施設キクラと避雷針アンテナによる、大陸全土の安全網の構築について

 2、それらを可能にする技術の情報公開について

 3、それらの技術を共通の概念で扱うために、各国で単位の統一を行うことについて

 までが、ナルタキ殿の提案ですからね」

 「そんなぁ……」

 「忘れたと言わせませんからね(威圧)」

 ……追い込み方が怖いぞ、ルー。


 「それから、

 4、大陸全土の安全網構築後の多国間安全保障について

 5、安全保障を可能とする三権分立を基本とする政治体制の変革について

 6、安全保障を可能とする政軍魔分離について

 と続きますけど、これも、ナルタキ殿が概念をこの世界に持ち込んだことですからね」

 「そんなこと言われたって、政治なんて解らないぞ、俺」

 「もう遅いです。

 今からでも勉強してください(威威圧圧)」

 くっ、鬼がいる。殺せぇ。


 ルー、容赦なく続ける。

 「さらに、

 7、大陸全土の発展を確保するための陸水路の充実について

 という議題があって、そこで陸上各街道の整備と、定期航路の開拓と、ゼニスの山を貫通するトンネルの掘削が提案されます。

 この辺りは、各王の承認も必要ですからね。

 さらにさらに、これに関連して、以下が続きます。

 8、輸出入と商業の活性化について

 9、労働人口の国家間の流動化と、それに伴なうその親族及びその親族候補の移動について

 これは、トーゴで頼まれた、嫁さん探しですね。

 それで、最後が

 10、ダーカス・サフラ戦争の戦後処理にかかる各王からの承認について

 です。

 以上ですが、みーんなナルタキ殿が関わっていますからね」


 「……ルー、いっそ、俺の世界に一緒に逃げないか?」

 「は? (威威威圧圧圧)」

 ルーの背景に、ゴゴゴゴゴとかの効果音が見える。

 わかったよ。

 会議には出るよぅ……。

 ……はぁ。



 しかたなく、俺がルーに脅されながら勉強をしている頃、4日間の猛訓練を経て、船、2艘とも出航していった。

 最初は1隻の予定だったんだけど、王様が3人も乗ることになったからね。あまりに窮屈だと申し訳ないって話になった。

 で、そんな急ごしらえでも、天候が恵まれているとはいえ、安全な航行を可能にする魔法、凄い。

 でも、風は制御できるけど、船自体を動かすのは大変ってのが、また万能感がない。変なもんだよね。

 「自然界の制御と力場の制御では、魔法の質が違う」って言われても、俺、違いの判らない男だから。


 で、俺、16人の連中の懐に、銀貨を届けている。

 なにか変わったものがあったら、即買ってこいって。

 で、それがダーカスで売れたら、儲けの1割は上納させるけど、残りの儲けは全部やるって伝えたら歓声が湧いたそうだ。

 さて、初めての船舶貿易のテストケースだ。

 上手くいくや否やだなぁ。

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